第19話 酒場の噂

 とある酒場の一角。無頼漢な探索者達がテーブルを囲んで酒を呷りながら愚痴る。


「───おい、聞いたか?あのクソネズミが浅瀬に出たらしい……」


「またか?暫く7階で静かにしてるって話だったけど、そろそろ収集物コレクションが無くなってきたのか?」


「さあな、だがこれで当分の間は迷宮に潜るのは控えなきゃならん」


「……だな。また例の如く数日は浅瀬を彷徨ってるだろうし、いつ遭遇するかもわかんないんじゃあ冒険どころじゃねぇや」


〈死体漁り《スカベンジャー》〉が地下1階に出現したと言う話は瞬く間に迷宮都市に知れ渡った。


 やはり〈死体漁り〉は並大抵の探索者では太刀打ちできず。7階層以降を冒険する探索者パーティでなければ倒すことが難しいのが実情、本当の意味で災害的な存在であった。


 しかもその災害は定期的に浅瀬に訪れては、数日は1〜3階の間を自由気ままに徘徊するのが常である。


 この事実に新人や中堅の探索者達は舌を巻いた。誰もが絶対に足を踏み入れなければならない地下一階に死を撒き散らす災害が常駐する。加えて、現在迷宮都市には〈死体漁り〉を倒せるほどの実力を持った探索者が不在であった。


「〈夕凪の剣〉は今、11階に行ってるんだったか?」


「ああ、もう一週間も前になるはずだぜ」


「〈狂気な傀儡〉は?」


「あの異常者どもが今何処にいるかなんて知ってるやつはどこにもいねぇよ」


 迷宮都市にごまんと存在する探索者の中でも群を抜いた実力者たち。そのどれもが一癖も二癖もある異常者だ。しかし実力は確かで、あのクソネズミを倒せるのは彼らぐらいのものだった。


「せめて〈夕凪の剣〉が早めに遠征を切り上げて、地上〈ここ〉に戻ってくる道中であのクソネズミを倒してくれればいいんだが……」


「まあ、これまた例の如く無理だろうな。あのネズミ、自分より強いヤツとは絶対に戦わないで直ぐに逃げるって話だし」


「ケッ!〈深層経験者〉が聞いて呆れるぜ、ネズミ一匹取り逃すんじゃあ程度が知れるな」


 倒すのは自分では無いのに、文句だけは一丁前に吐ける無頼漢たち。しかし、その言葉は本意では無い。寧ろ、大いに限りなく低い可能性に縋っていた。


 他力本願ではあるが、ほんのひと握りのバケモノ達に頼らなければこの異常事態の解決は有り得なかった。つまり、現在の「浅瀬」と定義される階は〈死体漁り〉の独壇場だと言うことだ。


 それは浅瀬を主戦場とする大多数の探索者達にとって死活問題。

 今の地下迷宮は最序盤で死ぬ確率が格段に上がっていて、こんな状況で迷宮探索に赴こうという探索者は少ない。それを臆病だと馬鹿にするものは居ないだろう。


 勇気と無謀を履き違えてはならない。


「早く居なくならねぇかなぁ……」


「まったくだ……」


 誰かに頼るしかない彼らに残された選択肢は、強者が齎す救済か。または災害が自ら本来在るべき場所に戻ってくれるのを待つしかない。それまでは昼間から酒を飲んでやり過ごすのだ。


 それでも地下迷宮へと足を踏み入れる探索者は限りなく零にはならない。それは少数の勇ましさと無謀な英雄願望を抱いた愚か者、無知な新人ニュービーか、はたまた浅瀬を蹂躙する強者の命を虎視眈々と狙う復讐者か。


「……随分と静かなもんだ」


 地下迷宮へと入る出入口もすっかりと活気を失い閑散としている中、一人の探索者が冒険の準備を終えて迷宮へと潜ろうとしていた。


 随分と年季の入った軽装備とその上にはボロ切れ同然の黒い外套を羽織っている。腰に携えた直剣は妙な雰囲気を放ち、何かに吸い寄せられるようにカチカチと音を立てている。


「───まだ、いるな」


 男が剣の柄に触れると音は鳴り止み、静かになる。その剣はよく手懐けられていた。


 最低限の休息と、最大限、迷宮の中に滞在できるように彼が背負う荷物は一人分にしては多い。傍から見れば今から深層に向けて長期の遠征を企てる探索者に映るだろう。


 確かに、その男は今の迷宮都市に存在する探索者の中でそれなりに手練の部類に入る実力者で相違ない。深層でも問題なく通用するほどの力量レベル技量ステータスを有してもいた。


 しかし、そんな実力がありながら彼は深層を冒険することはせずに、只管に上層しか冒険しない変わり者であった。


 更におかしな点を上げるとすれば、その探索者は地下迷宮に無惨にも置いてかれた探索者の死体を見つけては回収して、それを教会や寺院に運び込んでいるという。そんな異様な噂しか耳にしない彼を他の探索者達はこう読んだ。


回収屋コレクター〉と。


 浅瀬ばかり冒険する訳、誰とも知れない探索者の死体を回収するその理由は何なのか?


 ただただ彼が臆病なだけなのか?


 それとも彼も〈死体漁り〉と同じく、死者を収集する癖でもあるのか?


 その真意は誰一人として知ることは無い。しかし、一つだけ言えることがあるとすれば、彼が地下迷宮を冒険する原因が〈死体漁り《スカベンジャー》〉であるということだ。


「必ずアイツは俺が殺すよ、メアリー……」


 誓いを立てるように男はつぶやき、今日も回収屋───ジルバは地下迷宮へと潜った。

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