第18話 意思確認
適当なテーブル席につき、今日は酒ではなく果実水で口を湿らせる。久方ぶりに訪れた酒場はやはりと言うべきか、多くの探索者達で賑わっていた。
「……」
「……」
それに反して、彼らのテーブルはとても静かで会話なんて無い。
基本的にお喋りなマリネシアもここ最近は何か考え込むことが多く、口数が少なかった。しかし、今日に限ってはどこか落ち着かない様子で一定の間隔で出入口を見ていた。
───来るだろうか?
主人のあからさまな様子を見て、ハヤテはぼんやりと考える。今日、この酒場には修道女───アイネも呼んでいた。彼らは彼女が来るのを待っているのだ。
あの冒険から、ハヤテ達は地下迷宮の探索を行うことが出来ないでいた。その理由としては盗賊であるフォルタの唐突な死ともう一つあった。それはアイネが先の一件でトラウマを覚えて、冒険ができないほどに精神を病んでしまったからだ。
ハヤテとマリネシアも迷宮での出来事、フォルタの死に、精神的に疲弊したがアイネほどではなかった。
彼女は人が死ぬ瞬間を間近で見たのはアレが初めてだったらしい。マリネシアも同じようなものではあったが、僧侶であり、命を尊ぶ彼女にあの光景は相当残酷なものに写ったみたいだ。
「来てくれる……でしょうか?」
「さあ……どうでしょうね?」
正確に言えばフォルタが死んで今日で4日。彼が死んだことはとても悲しく、残念なことではあったが、いつまでもそれを引きずり、停滞することをリーダーであるマリネシアは良しとしなかった。
薄情だと思われるかもしれないが、探索者とはいつ死んでも何ら可笑しくない職業だ。フォルタもそれは覚悟して、地下迷宮に挑んだはずだ。無理やりにでも割り切る必要がある。
その為に今日、パーティの今後を話す場所を設けた。かれこれ酒場に入ってから一時間。既に約束の時間はとうに過ぎていた。やはり来てはくれないか、と諦めかけた所に彼女は現れた。
「…………お待たせしてしまい申し訳ありません」
とてもか細く、吹けば掻き消えてしまいそうな声。不安げに怯えさえ感じさせるアイネはおずおずとハヤテ達のテーブルに近づいた。
「来てくれて良かった……とりあえず、席にどうぞ?」
「は、はい……」
一安心。まずは今日、ここで彼女と会えたことにマリネシアは安堵する。
「飲み物は同じもので大丈夫ですか?」
「はい……」
下手をすればこのまま何も話し合えずにパーティは自然消滅するかもしれなかった。それはとても歯切れが悪く、マリネシアとしては避けたかった事だ。とりあえず、その心配は今無くなった。
向かい合うように丸テーブルに席に着いたマリネシアとアイネ。ハヤテは相も変わらず主人の後ろに控えて、これから始まる話し合いの傍観に徹する。
直ぐにテーブルに運ばれた果実水でアイネは喉を潤す。喉が渇いていたのか、一気にグラスの中身は無くなった。それを確認してから、マリネシアは話を切り出す。
「今日ここに来てもらった理由は何となく分かりますよね?」
「……はい」
「それじゃあ、前置きは省いて単刀直入に行きましょう。
アイネさん、貴方はこれからどうしますか? どうしたいですか?」
「私は…………」
マリネシアの質問にアイネは口篭る。視線をテーブルに落として、躊躇うような彼女にマリネシアは言葉を続けた。
「───私とハヤテはもうあの時の出来事に折り合いをつけました。そしてもう一度、地下迷宮に行く覚悟も……アイネさんはどうですか?」
「…………」
その問いかけに今度は黙りだ。それに対してマリネシアは怒るでも無く、淡々と言葉を紡ぐ。
「このまま貴方の覚悟が定まらないのであれば、残念ですけれどこのパーティから抜けてもらうことになります。私にはまだ迷宮でやることがあるんです」
厳しい言い方になった自覚はあったが、これがマリネシアの本心であった。やはり、これ以上の停滞は容認できない。このまま過去の悲劇を前に足踏みをするのならば、とても残念ではあるが彼女にはパーティを辞めてもらうほかない。
無意識にそんなマリネシアの思いが顔に滲み出ていたのだろう。その気迫にアイネは顔を上げて今にも泣きそうだ。
「あ、の────」
「……」
仕舞いにアイネはハヤテに助けを求めるが彼は何も口を出すことは無い。いち探索者としても奴隷の立場としても全面的にマリネシアの意見には同意だったからだ。
「あ─────」
味方が居ないことを悟り、アイネはキュッと口を結んでまたテーブルに視線を落とす。
また
────これもまた試練なのですね……。
彼女の信じる神は時に苦難を科す。信仰を試す時がある。それが今なのだと、アイネは無意識に確信した。彼女もやはり、ここで探索者を辞める訳には行かないのである。
「─────行きます……」
振り絞るようなアイネの言葉は苦しげでどう考えても無理をしているようにしか思えなかった。それでもハヤテ達も貴重な僧侶をそう易々と手放せるほど選べる立場でもない。
「本当に?」
「はい……!!」
顔を上げて、次はしっかりとマリネシアの目を見て力強く頷く。最後の確認を経て、アイネの覚悟は本物だと認めた。強がりを言える程度には立ち直ったならばそれは僥倖である。
「良かった……正直、アイネにもパーティを居なくなられたら私達は困り果てていました。厳しいことを言ってごめんなさい。そして、覚悟を決めてくれてありがとう」
「いいえ、私の方もいつまでもうじうじと……ごめんなさい。ご迷惑をおかけしました」
お互いに謝り、今までの重苦しかった雰囲気が嘘かのように軽くなる。憑き物が落ちたような二人を見てハヤテも小さく息を吐いた。
「ハヤテくんも、ごめんね?」
「えっ……いや、まあ、別に俺は……」
まさか自分にも直接謝罪されるとは思っていなかったハヤテは、濁った返事しかできない。そんな彼を主人は可笑しそうに笑う。
「ふふっ、一番アイネに助けて貰ってるのはハヤテですし、これからも傷を治してもらうんですから改めてご挨拶をしておいたらどうですか?」
「……そうですね。これからもよろしくお願いします、アイネさん」
「ッ! は、はい!よろしくね!!」
嬉しそうなアイネの笑顔を直視して、ハヤテは妙な気恥しさを覚える。誤魔化すように視線を明後日の方へ流すも、なかなか帯びた熱は引きそうにもない。
珍しいハヤテの反応に女性陣は顔を見合せて面白がる。そんな朗らかなやり取りも束の間、問題が解決したかと思えば別の問題が浮上する。
一頻り笑いあった後に、マリネシアは気まづそうに言った。
「三人でパーティを継続できるのはとても喜ばしことですが、問題はまだあります。それはフォルタさんに代わる人員の補充です」
正直に言ってフォルタは優秀な盗賊であった。人当たりもよく、臆病ではあったが不慣れな前衛も文句を言わずにこなしてくれた。そんな彼の変わりがすぐに見つかるかは甚だ疑問である。
「「「…………」」」
切実な探索者事情に再び静寂が訪れる。仲間を探そうにも一日や二日でそう簡単に見つかるかも怪しい。探索者で溢れかえる迷宮都市だが、必ずしもどんな探索者でも冒険の仲間としてウマが合う訳でない。
そんな現実に三人は辟易として、時間だけが過ぎていく。そんな折にたまたま近くを通りかかった店主のディーグが声をかけてくる。
「なんだお前ら、仲間を探してるのか? それならちょうどいいのが居るぞ?」
どこから話を聞いていたか定かでは無いが、色々と察した様子のディーグの言葉は彼らにとって朗報であった。
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