第22話 迷宮の悪戯
「「「うわぁあああああぁあああああああああぁぁ─────!!?」」」
瓦礫と一緒に自由落下したのは時間にして僅か数秒。手足をジタバタとさせて藻掻くがそれは何も意味を成さない。全てが虚しく空を切り、残酷な現実を打ち付けてくる。
───これは無理だ。
確信。不意の出来事に身構えることなんて不可能。このまま地面に激突すれば良くて全身骨折、最悪死んでもおかしくなかった。
───これはどんな気まぐれだ……?
「─────へ?」
しかしながら
確かにハヤテ達は唐突な床の
正にそれは奇跡としか言い様がなく、悪意蔓延る迷宮の気まぐれで生かされた訳だが、その引き換えとでも言うべきか、直ぐに彼らは最悪な気分に陥る。
それは生き残ったことを考えれば些細なことだったかもしれない。だが、仕打ちとしては最悪で、迷宮はどんな奇跡を起こそうが
「どうして────ひっ!?」
「これは……」
最初に感じたのは妙に柔らかい感触。次いで死臭が鼻を抉った。
助かった理由はとても単純。彼らの下には大量の死体があり、それらが落下した衝撃を受け止めてくれたのだ。その死体は時間経過が激しく、何日前のものかも判別することが難しいほどに腐っていた。
「うぇ……」
マリネシアとアイネは顔を顰める。反射的に胃から逆流したモノを吐きそうになるが既のところで堪える。最悪の気分ではあったが、最悪の事態は免れた。その事実をハヤテもなんとも言えない顔で受け止める。
「……!!」
いつまでも死体の上にいるのは居心地が悪い。逃げるようにそこから退けようとすると視線を感じる。
「ッ───アンタは……」
落ちた先にモンスターがいたのかとハヤテは身構えるがどうやら違う。視線の正体はモンスターではなく人間。それも同業者で……加えて見覚えのある顔だった。
「………なぜ、お前らが上から降ってくる?」
酷く呆れた男の声。それが何時ぞやの命の恩人───
「どうしてこんなことになってる?」
ジルバの疑問は最もであった。しかしそれに対するマリネシアの返答は少しズレていた。
「こんなところで奇遇ですね、ジルバさん……」
・
・
・
「───つまり呑気に罠を踏み抜いて、上から落ちてきたと?」
「はい、そうです……」
マリネシアの口から語られた事の顛末を聞いて、ジルバは今度こそ本気で呆れた声を出す。
冒険の途中で仲間割れをした挙句に、見落としていた罠を踏み抜いて
地下迷宮を冒険をしていれば別にこれほどの悪意はそう珍しいことでは無いが、それでもやはり実際にそんな話を聞かされれば呆れてしまう。
マリネシア本人もこんなことを口でするのは不本意で、その顔は羞恥の色に染まっている。件の原因である盗賊───メイソンはそれを見て目を卑しく細めた。
「おい、自分の立場を忘れたのか?」
「ひいっ!? わ、忘れてねぇよ!だからそんな怒んなって!!」
それをハヤテが目で射殺し咎める。まだ上の階で起こった諍いが納まった訳では無い。それを抜きにしてもメイソンの反応は論外であった。
「はぁ……これからどうするつもりだ?」
くだらないやり取りを横目で聞き流し、ジルバは痛くもないこめかみを抑えてマリネシアに尋ねた。
「とりあえず地上に戻ります……」
「仲間割れをして、満身創痍なその状態で無事に帰れるとでも?」
「………」
「はぁ───」
気まずそうに押し黙ってしまうマリネシアにジルバはまたため息を吐いた。
───いったい俺は何回コイツらと迷宮で遭遇するんだ?
そう思わずにはいられない。確率としては可笑しすぎるし、まるでこれも迷宮の悪意のように感じられた。ジルバはマリネシアの様子を気にせずに言葉を続けた。
「一応言っておくが、アンタ達がいるのは地下3階だ。ここに来た経験は? そんな状態で生きて帰れる宛がまだあるのか?」
「…………」
マリネシアは苦しげに表情を歪め、彼の言葉に首を横に振ることしか出来ない。
────だろうな。
予想通りの返答だ。たかだか最近この魔窟に潜り始めた
「はぁ───」
ジルバは諦めたように息を吐く。
────また変な拾いモノをしてしまったな。
ふと
それは彼が持つ良心の最大の原因であり、唯一守り続けている大切な約束であった。
そんな
───本当にお人好しだよ……。
それは誰に対しての愚痴か。ジルバは今まで考えていた予定を全て破棄する。不測の事態であったが、彼は無理やりそんな事態をこう考えることにした。
───あのクソネズミを誘き出す釣餌〈ベイト〉が手に入った、不必要な肉壁が増えたと思うことにしよう。
そう考えると、別にこんな展開も悪くないなと不思議と思えてくる。
「まあ、これも冒険の醍醐味……か」
久方ぶりにらしくもない思考。されど意外にも彼の心は踊っていた。
依然として困惑するハヤテ達を一瞥してジルバは
それを黙って見送ろうとするマリネシア達に足を止めて彼は急かすように言った。
「何をしてるんだ。このままこんな臭い部屋で野垂れ死ぬ気か?」
「ッ!つ、ついて行ってもいいんですか?」
「これがアンタらを初めて拾うって訳でもない。2回も3回もそこまで行ってしまえばそれは誤差で、大して変わりないしな。だが、今回は直ぐに上に戻れるとは思わない方がいい」
最後の確認だと言わんばかりにジルバは一人の幼気な少女の瞳を見た。そこにはあからさまな動揺と恐怖が孕んでいる。それを気にせずに彼は続けた。
「上まで送り届けるのは俺の用事が済んでからだ。それでもいいなら着いてくるも来ないも好きにするといい。仮に着いてきたとしても今回ばかりは命の保証はできないがな。どうする?」
「────行きます」
彼女達がそれについて行かない道理はなかった。
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