第15話 彷徨者
四人で行った地下迷宮の冒険から6日が経った。今日も彼等は一緒に地下迷宮へと赴く。あの冒険で彼らはパーティを組むことを決めた。
「さあ!今日も頑張りましょう!」
「今日はあの分かれ道の左の方から探索してみようぜ〜?」
「ハヤテさん!行きましょう!」
「……はい」
マリネシアをリーダーに据えて、パーティ一行は地下迷宮へと入場する。パーティを正式に組んで迷宮へと潜るのは今回で3回目。経過した日数の割に迷宮に潜った回数は少なかった。
その理由としては基本的に迷宮に入った次の日は休息日として、必ず一日以上の間隔を置いてから迷宮探索を行う方針にしていたからだ。
地下迷宮の探索とは周知の通り命懸けであり、想像以上に体力が必要となる。それが数十分、数時間の冒険と言えど、地上に戻れば疲労が時間に比例しないほどに現れる。迷宮内と外ではそもそも体感時間が異なるのだ。
その為、連日の迷宮探索は別の意味で死を招き、基本的にどんなに熟練の探索者であれど1日は休息を取る。何日間も地下迷宮の中にその身を投じるのならばその限りでは無いが……それはまた別の話だ。
そんな理由もあって、日数は過ぎているがそれほど迷宮探索の回数が増えていたわけではなかった。
「明光よ《ルクス》」
「よ〜し、いつも通りの隊列で行こうか〜」
しかしながら既に2回も悪意蔓延る地下迷宮から全員帰還を果たしていたという事実は、彼等の中に少なからず結束感をもたらしていた。
ハヤテ達の周りを照らす光球により、視界が心做しか広がる。数回の冒険を経て彼らが学んだことは、安全を確保する為ならば出し惜しみはしないということだ。
術者や階梯によって魔法や奇跡の使用回数は異なるが、
出し惜しみをして、魔法や奇跡を使う前に死ぬなんてことも新人にはありがちなミスだ。
「いつも通りお願いしますね、ハヤテ」
「……はい、お嬢様」
前衛を務めるのは唯一の戦士職であるハヤテ。フォルタも戦闘時は前線を張るが、盗賊である彼の本職は別なのでやはり戦闘面ではハヤテに頼りがちになる。
本音を言えばもう一人、しっかりとした戦闘員が欲しい。しかし、なかなか条件に合う探索者が居ないのが実情であった。
「こればかりは仕方がないですね……」
不安げにマリネシアは呟くが、それでもこの数日でパーティの練度は着実に高まっている。
チグハグだった歯車が噛み合うような感覚は心地よく、なんだか今ならどんな苦難をも乗り越えられそうな気がしてくる。だが、そんな気が大きくなりそうな時ほど己を律する必要がある。
勘違いに等しい探索者の自信を迷宮は目敏く感じ取り、悪意という形で返してくる。それを分かっているかどうかは定かでないが、彼等は今日も魔窟を進む。
・
・
・
地下迷宮からの地上への帰還というのはそれだけで探索者に恩恵をもたらす。滞在する時間に比例はするが、それでも迷宮探索で得られる経験の密度というのは段違いだ。
パーティ内の関係値や連携の練度は自然と深まり、迷宮に居れば居るほど、彼等は互いの癖や思考を察知、把握してそれに順応していった。
「今日はモンスターがいないですね」
「先行してる探索者がいるのかもな〜」
会話は程々に地下迷宮に入ってから凡そ一時間がたった頃か。今のところモンスターとの接敵も少なく、進む歩みは順調そのもの。
ハヤテはこのことに不満げであったが他の3人は戦闘が無いことにどこか安堵していた。
このまま上手く行けば下の階層へと続く連絡通路が見えてきても可笑しくないという所まで来ていた。順調なのは良い事だが、やはり順調な道程、唐突に不協和音が生じる。
「───ハヤテ、止まってくれ」
「何かありましたか?」
「今歩いてる道と地図の座標が合わない……どうしてだ……」
「迷いましたか……?」
「まさか、逐一位置確認はしていたはずだ……」
マリネシアの言葉をフォルタは食い気味に否定する。突然の事に彼の表情は困惑していた。
「……
「かもしれない。認識阻害か回転床……いや、でも地下一階でそう言った形態の罠の話は聞いたことが……」
アイネの憶測にフォルタは思考を巡らせる。可能性としては……と言うよりも十中八九、位置不明の原因は罠だろう。
完全に今確認している地図と現在地は不一致を起こしていた。これでは来た道を引き返しても帰り道は分からないし、更に状況を悪くしかねなかった。
「……どうしましょうか、マリネシアさん?」
「……」
このパーティのリーダーであるマリネシアに意見を仰ぐが彼女は何も答えらない。初めての不測事態に思考は動揺していた。
「「「…………」」」
負の感情は伝播する。それも指針を示さなければいけないリーダーの動揺ならば尚更だろう。一つの綻びで状況は簡単に崩れ去り、悪い方向へと彼らを導く。
「────ッ! 全員、前に飛べ!!」
突然、ハヤテが叫ぶ。他の三人はその声に驚くが考える前にハヤテの言った通りに前へ飛んだ。咄嗟の指示に全員が困惑するが直ぐにその違和感は拭われる。
「ゲギャギャ!!」
彼らの耳朶を打つ不快な鳴き声。それはモンスターの声だ。しかも不意の
「ッ……お前は初めて見るな───」
鋭く光る長い爪が襲いかかってきた。ハヤテは刀を抜き放ち難なく防御に成功する。
アイネの光の奇跡、そして至近距離に迫ったことによってそのモンスターの識別は容易であった。
「ゲギャ……!」
背丈は幼い子供程、その肌は浅黒く、異様に痩せほっている。かと思えば腹部だけがでっぷりと出ていた。一見、暗闇だと人間と見間違えそうだが、そいつは確かにモンスターである。
「───
その数は全部で3体。常時であれば問題なく対処出来る数だが、今は状況が悪すぎた。不意の強襲によってハヤテ以外の三人は体勢が整っていない。
───さて、コイツらはどれくらい強いんだ?
「くははっ……!」
しかし、ハヤテにとってそれらはなんの問題にもなり得ない。寧ろ、彼にとっては好都合ですらあった。
逆境はハヤテの戦意を高める要因にしか成らない。危機であればあるほどに生き残った時の
身体は絶好調。逆にここまで何も無さすぎて少し硬くなり始めていた。
───丁度いいタイミングだ。
ハヤテは地面を勢いよく蹴る。小鬼共との距離は目算15歩、彼ならば一足で間合いに届く。
「ゲギャゲギャっ!?」
奇襲に失敗した小鬼達はまさかアレが気取られるとは思っていなかったのか意表を突かれていた。その為、ハヤテの対処に少しの
「呑気なもんだな」
あたふたする近場の小鬼を斬る。それは
───まずは一つ。
残る小鬼は2体。どうやらコイツらには魔法を行使するほどの
「ギギっ───!」
直ぐに視線は次の獲物へと移る。その鋭い眼光に小鬼たちはお退けた。
所詮は大鼠と同じ
「───二つだ」
怯んだ隙にもう二連撃。右の肩口から胴を斬り裂き、オマケに頭蓋を穿いた。
残るは一つと視線を走らせれば、止まった先に炎が走る。
「燃え、猛ろ───〈
「グギャェっ!?」
それが
呆気なく黒焦げに燃やされる小鬼を見て、ハヤテは一気に血の気が引いて落ち着いていくのを感じる。
「遅くなってごめんなさい」
「いえ……お見事です、お嬢様」
眉根を下げて謝るマリネシアにハヤテは頭を振った。
「ハヤテ、一人で戦わせてすまない……」
「怪我はありませんか、ハヤテさん!?」
フォルタとアイネも地面に飛び込んだこと以外は無事の様子だ。
危機を脱した一同は安堵の溜息を零す。そして彼らは思い出す。少しの気の緩みや動揺で
改めて気を引き締められた気分の中、マリネシアが提案する。
「今日はこれ以上、先に進むのは止めましょう。アイネさん、〈
「───あっ、そうだった……」
マリネシアの言葉でアイネは全く抜け落ちていたかのように思い出す。それは道に迷った時に現在地と出口を確認する魔法だ。
「〈癒し《サーナティオ》〉の奇跡が使えなくなるのは
「わ、わかりました」
先程とは打って変わってマリネシアは迷いの無い判断で次々と脱出を手順建てる。そのお陰か落ち着きを取り戻しつつあるアイネは指示通りに魔法を行使しようとする。
「示し、伝えろ〈位置確────」
これで帰り道の算段は経つ、そう安心しようとした瞬間であった。
「────ッ!!」
前方、暗闇の先に異常な威圧感を覚える。身の毛がよだち、無意識に身体は震える。次いで地面が揺れる。揺れはどんどん大きくなり、近くなる。
「すフゥ───すフゥ────!!」
荒い呼吸音と共に先の暗闇が大きく蠢く。目を凝らして識別するまでもなく、その蠢く影は簡単に視認できた。
「すフゥ───すフゥ────」
「────」
ハヤテ達の前に姿を現したのは一体の大鼠。しかし、その大きさは彼らの知る大鼠の大きさではなく。それよりも一回り───いや、もう言葉では表せない程にデカい。
「…………なんだ、こいつ───」
一番の高身長であるハヤテを軽々と見下ろすその大鼠は決して地下一階で遭遇するはずのない
「GAOOOOOOOOO!!!!」
階全体を揺らしかねない咆哮。
どうやら、迷宮の悪意はまだ始まってすらいなかったようだ。
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