第14話 お楽しみ
「やっ、やった……?」
無事に生き残った安堵感からか、マリネシアは呆然とその場にへたり込む。
眼前には完全に燃えきって形すら無くす空虚な外套の最後。残るのは燻る煙と不安になるほどの闇だ。
───ようやく、倒せた。
彼女の中に実感が湧く。初めての実戦での魔法行使は最高の形で果たせた。その事実が何度も反芻されて、自信へと昇華される。
「お見事でした、お嬢様」
「ハヤテ…………ど、どうですか?私も存外やるものでしょう?」
「ええ、想像以上です」
ハヤテから差し出された手を掴みマリネシアは勢いよく立ち上がる。その表情はとても満足気だ。
「見事な戦闘でした、少し休憩にしましょう。ハヤテさんは怪我の手当です」
修道女───アイネの労いの言葉と提案に二人は頷く。一時の平穏を手に入れたハヤテはその場に座り込む。
「ちょっとくすぐったいと思いますけど、我慢してくださいね?」
「……はい」
「───癒しよ《サーナティオ》」
アイネの祈りによって焼け焦げたハヤテの横腹は見る見るうちに元の姿を取り戻す。初めて間近で体験する〈癒し〉の奇跡に、思わずハヤテは感嘆した。
「神が授ける奇跡って言うのは近くで見るととても綺麗ですね」
「ふふっ、そう言ってくださると我らが主も喜ばれますね。どうですか?これを機に〈明光の夜教会〉に入信しませんか?」
「……いえ、奇跡を施してもらっておいて何ですが、神とかは信じない質で……」
「そうですか……ですが!我らが主神は何時でも貴方の信仰を待っています!!」
「ははは…………」
やぶ蛇だったか……と軽くハヤテは後悔する。依然としてアイネは熱い視線で訴えていた。
「フォルタさん。これって……」
「ああ、これは───」
そんな2人のやり取りを他所にフォルタとマリネシアはとあるモノを発見していた。
「「宝箱」」
地面に残った大鼠の死体の少し先、そこには苔の生えたボロボロの宝箱が無造作に置かれていた。それが命を賭して三体のモンスターが守ろうとしていたものだということは言うまでもない。
フォルタとマリネシアは興味深けにその宝箱に近づいて観察を始める。
「中身は何でしょうか?もしかして地下迷宮の秘宝が入っていたり?」
「……有り得なくは無いが可能性は低いな〜。浅瀬にある宝箱の中身は往々にしてガラクタだって話だ〜」
何かすごいお宝が入っているのではないかと期待するマリネシアに、フォルタはそりゃあ現実的な意見を述べながら更に宝箱に近づいた。
「───フォルタさん?」
「この宝箱をどうしようと俺たちの勝手……勝者の特権だと思わないか〜?」
首を傾げたマリネシアを見て彼は得意げに言った。戦闘もこなして神経が疲れ果てていたフォルタであったが、ここからが彼の本番であった。
冒険の醍醐味であり、迷宮が齎す恵でありお楽しみ───宝箱の開封だ。
「今から解錠作業に入る。危ないから離れててくれ〜」
フォルタは注意してから宝箱の解錠を始める。懐から取り出したのは解錠道具。細長い針金に細い糸、薄い鉄板に小槌と正に職人道具と言った感じだ。
「すぅ……ふぅ……」
慎重に丁寧に、少し震える手先で探るように宝箱の隅から隅を確認していく。その如何にも期待できなさそうな宝箱に要するには少し過剰な集中に、しかして他の三人も固唾を飲んで行方を見守る。
傍から見ればそんな作業が必要か、と思えるような確認作業をこなしていくフォルタ。その額には汗がじっとりと浮かび、先程の戦闘よりも確かに緊張している様子だった。
その緊張も仕方がないだろう。下手をすれば、今彼がしている事はモンスターの戦闘と同じくらいに危険な作業だ。
「───よし……」
地下迷宮に存在する宝箱には様々な罠が仕掛けられている。その全てが理不尽なまでに即死するモノばかり。まず知識と技術の無い者が宝箱に不用意に触れれば死は免れないだろう。罠の解錠に長けた盗賊がいなければ宝箱を開けることは不可能なのだ。
「……開いたぞ〜」
何重にもなる確認を経て、迷宮内に子気味の良く宝箱の鍵が空く音がした。一気に緊張が解けたフォルタはそのまま宝箱を開封する。
「「「………」」」
全員が固唾を飲んでその中身を確認する。果たして、無事に開いた宝箱の中に入っていたのは数枚の薄汚れた銀貨と古ぼけた短剣一つだけであった。
「あ〜……」
宝箱を開けた張本人であるフォルタのなんとも言えない声。気まずい空気が彼らの間に流れる。
銀貨はまだ磨けば普通に貨幣として使える。しかし、短剣の方は明らかに大した金にもならないガラクタであった。
怪我を負い、貴重な魔法と奇跡を使って、精神を擦り切らせて開いた宝箱の中身がこれでは正直割には合わない。
確かにフォルタの予想は的中する。半ば分かっていたこととは言え、やはり実際は気落ちしてしまうものである。
「つ、次はきっといい物が入ってますよ!」
「そ、そうですね!」
「……」
マリネシアとアイネも残念そうに眉根を下げた。ハヤテはその空気の気まずさに耐えきれず、今しがた治してもらった腹をぺちぺちと叩いてい明後日の方向を見た。
・
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結局のところ、その日の冒険はそれで終わりだった。戦闘回数は合計で3回。出口へと戻る途中で大鼠2匹に襲われただけだ。
開けた宝箱の数はあの一つだけで、適当な道具屋で売った短剣は占めて銀貨2枚。死ぬ思いをして稼いだ金は入ってきた銀貨と合わせればたったの8枚だけ。
新人ならば生き残っただけ上等、それに加えて稼ぎがあったのならば大金星と言えるだろう。けれどもやはり
「皆さん、今日はお疲れ様でした!」
「お疲れ様です」
「おつかれ〜」
吹けばすぐに飛んでしまいそうな今日の稼ぎは四人で均等に分け合う。
酒場の小汚いテーブルに並べられた銀貨を一人2枚ずつ摘んでいった。
マリネシアとアイネ、フォルタは金額の割には嬉しそう。やはり少ない額でも自分で迷宮に潜り、持ち帰ったモノだと思うとその喜びは一入だと言うことだろう。
「 ───お嬢様、奴隷の俺にも金を渡す必要は……」
ハヤテはテーブルに残った2枚の銀貨を数秒ほど見つめて困惑した。
「関係ありません。それは正真正銘、ハヤテのお金です」
「……」
主人の言葉にハヤテは少し考えてから、所在無さげに残った銀貨を摘んだ。
───なんとも奇妙な感覚だ……。
基本的に奴隷とはその雇用形態にもよるが金を稼ぐことは殆ど出来ない。ハヤテが戦場を駆けていた頃もそれは同じで、奴隷には最低限の衣食住しか保証されないのだ。
劣悪な環境での奴隷経験しかないハヤテにとっては、労働に対してしっかりとした対価を与えられるという感覚がてんで無かった。
「首にある鎖の
ハヤテとマリネシアのやり取りを見て、フォルタは酒を呷りながら言った。アイネも「同意」と言わんばかりに頷く。
「そもそも、どうしてハヤテさんは奴隷に?」
「……え?」
「あっ!それ、私も気になります!!」
「なんで主人のマリネシアちゃんが知らないんだよ……」
在らぬ方向に進み始めた会話にハヤテは更に困惑する。「大した話では……」と濁そうにも場の雰囲気は───主人であるマリネシアは許さない感じだ。
───これは話さないとダメなやつだな。
そう判断したハヤテは渋々と言った感じで語り出した。
「───別によくある話ですよ。碌でもない理由で、生きてくための金が無くなり一家心中で身売り……そのまま戦闘奴隷として5年ほど戦場に放りま込まれただけです」
「碌でもない理由?」
「……俺の父は辺境の田舎で剣術道場を営んでました。大して門生が多い訳でもない、無名の田舎剣術です。そんな道場の経営に父は熱心で……それが行き過ぎた結果、明日の飯も食えないぐらいには貧乏になって、知らぬ間に多額の借金を負っていました。最後は返済にも首が回らなくなり一家で身売りをしたんです」
本当によくある話の内容にハヤテは「ほら、別に面白くもないでしょう?」と締めくくり、水で喉を潤す。
傍から聞けばただ身勝手な父に振り回され、果ては親の不始末で奴隷に落ちた憐れな人間の話。けれど、ハヤテは特にそんな父を恨んではなかった。寧ろ、ある一点に於いては尊敬すらしていた。
「はえ〜、本当に碌でもない親父さんだな〜」
「ええ、全くです」
ハヤテの話にフォルタは酒で顔を赤く染めながら呑気に返す。ハヤテも気にせず同意した。
対してマリネシアとアイネは微妙な表情をしていたが、そんなことを気にせずに次はフォルタが語り出した。
「まあ、人のこと言えた立場じゃないんだけどな〜。ギャンブルのやり過ぎで借金作って、その返済の為に探索者やってんだ。俺もハヤテの父さんと同じぐらいにはゴミだわな〜!」
けらけらと完全に酒が回り上機嫌なフォルタ。異様なペースで酒を飲みまくる彼をアイネは咎める。
「飲み過ぎですよ、フォルタさん。そんなんじゃあ命懸けで稼いだお金が今日の酒代だけで消えてしまいます」
「硬いこと言うなよアイネちゃ〜ん。アイネちゃんはなんで探索者なんかなろうと思ったの〜?」
絡み方が完全に酔っ払いのソレなフォルタの質問に、アイネは呆れ声で答えた。
「───私は修行の一環と……教会で保護している子供たちを養うためです。何処もお金が無いと言うのは一緒なものですね」
「……ははは」
ハヤテの方を見て笑うアイネ。そのままの流れでマリネシアが探索者になった理由を聞く流れになる。
「マリネシアちゃんは─────」
「えー、わたしれすかぁ〜??」
しかし、フォルタが話を振ってみると彼女はいつの間にか呂律が回らないぐらいに顔を真っ赤にさせている。
勢いよく酒を呷ってジョッキを空にするマリネシアにアイネは軽く引いていた。
「うぉー!いい飲みっぷりだね〜!俺も負けてらんないぜ〜」
「……お嬢様、いつの間に……」
フォルタは気持ちの良いマリネシアの飲み方に同調されて店員に酒の注文をする。
「お?なんだなんだ?」
「飲み比べか?」
「さあ、張った張った!!」
「俺はあの嬢ちゃんに銅貨10枚だ!!」
周りの客もそれに混じってどんちゃん騒ぎを始めた。賭けなんかやり始める者も出てきて、これまたアイネが引いていた。
───あーもう、メチャクチャだ……。
そんな光景を傍から見て、ハヤテはどうすることも出来ない。
ある種、冒険を終えた探索者は酒場で大騒ぎするものだと相場は決まっていた。これもまた冒険の醍醐味なのである。
夜はまだまだ長い。
ハヤテはただただ酒の入ったジョッキを勢いよく空にしていく主の有志を見届けた。
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