第九話 ずっと一緒にいられるなら

 

「まずは、対話をすることだ。ネオンとヤツオには相互理解が必要だ。何故ヤツオはネオンに嫌なことをするのか、直接話をしてみるんだ。例えば、ネオンが無意識のうちにヤツオに迷惑をかけたり、不快な発言をしていて、そのことにヤツオは怒ってるのかもしれない。もしかしたら、ヤツオの嫌な言動は不運な偶然が重なってそう見えていただけかもしれない。ヤツオは単に口下手で誤解されやすいタイプなのかもしれない」

 

 タツは棚に寄りかかり、近くに置いてあるぬいぐるみを二体持って向かい合わせにしている。

 ネオンは何も言わず頷いた。

 

「ネオンが話し合いたいと申し出たのに、ヤツオが応じてくれない、ということもあるだろう」

 タツは片方のぬいぐるみを棚に置いた。 

「うん」 

「さらに事態がエスカレートして、ヤツオが必要な連絡事項をネオンに教えてくれなかったり、体育祭実行委員の仕事に支障が出るような嫌がらせするようになった。これは他の生徒たちの迷惑にもなる。この場合、どうしたらいい?」

 

 ネオンは暫く考え、口を開く。

 

「んーと……話し合いはダメだったんだろ。そんなら、決闘申し込んで、俺が勝ったら言うこと聞け。他のやつらの迷惑になるから、やめろって言う」

 

「脳筋の極みですわ!」

 手を叩いて笑っているアシュレタルトをタツは睨みつけた。

 ネオンはふたりの反応に首を傾げている。

 

「……魔界ならそれもアリなのかもしれんが、この時代のこの国で、暴力で解決しようとすることは『してはいけないこと』に該当する。せめて百メートル走のタイムを競う、くらいにしとけ。暴力行為は停学、下手したら退学だ」

 タツは溜息をつき、もう一体のぬいぐるみを元あった場所に戻した。

  

「……なんとなく、そんな気はしてたけど……じゃあどうしたらいいんだよ!」

 ネオンは唇を尖らせている。

 

「そうだな。俺が高校生だったら……まずは、体育祭実行委員の仕事に関わる場面では個人的な感情は持ち込まない、という約束をさせる。できれば実行委員長や先輩、立場がヤツオよりも上の人に間に入ってもらい、約束する時も立ち会ってもらう。実際に業務に支障が出ているなら、それくらい引き受けてくれるはずだ」

 

「なるほど。立場が上のヤツの手を借りるのか。じゃあ、センセーに相談する手もありなのか?」


 タツは再びぬいぐるみを二体持って向かい合わせにした。

 

「先生に相談すると、まずはヤツオとネオンはそれぞれ個別に先生と話し合いすることになるだろうな。そのあとで先生立ち会いのもとヤツオとネオンの話し合いだ。もしかしたら、この話し合いでヤツオが何故ネオンに意地悪するのか、本当の理由がわかるかもしれない。例えば、ネオンのことが羨ましくて意地悪しているのかもしれないし、単にネオンと仲良くしたくても素直になれず、つい意地悪してしまっただけなのかもしれない」

 

「ツンデレかよ」

 顔をしかめて吐き出すように言うネオンにタツはくつくつと笑う。

 

「ヤツオはネオンに今までの言動を謝罪。ネオンもヤツオを許す。雨降って地固まる。ネオンとヤツオは友達になりました。めでたしめでたし、というわけだ」 

 タツは持っている二体のぬいぐるみを横並びにさせた。まるで手を繋いでいるように。

 

「おおお!」

 感心したような、感動したような表情で拍手をしているネオン。

 アシュレタルトは「なんですか、その安っぽいご都合主義展開は」と言いたげな目でタツを見ている。

 

「ネオンが体育祭の実行委員をやめたり、ヤツオをぶん殴って追い出してしまったら、こういう結末にならないかもしれないな?」

「……あ」

「まぁ、これは人に相談してうまく解決したというひとつの例だ。実際には、こんな風にうまくいかないかもしれない」

「うん」


 タツはぬいぐるみを元に戻し、再び部屋の中を歩き始めた。

 

「ひとりで解決できなければ、他の生徒や先生に相談してもいい。俺でもいい」

「学校のことなのに、部外者に相談していいのか?」

「誰に相談してもいいんだよ。話しやすい人なら誰でもいいんだ。電話やインターネットで匿名で相談出来るところもある。極端な話、道でたまたま会った知らん爺さんでもいいんだ」

「いや、さすがに知らん爺さんはないだろ……」

「話を聞いてもらうだけでも、だいぶ楽になれるもんなんだよ。もしかしたら通りすがりの爺さんの一言で解決策が思い浮かぶかもしれない。人生の先輩だしな」

「そういうもんなのか……」

「ただ、いきなり相談されても相手は困るから、悩みを聞いてほしい、聞くだけでいいからって言ってから話を聞いてもらうことだな」


 タツは窓の側で立ち止まり、息を吐いた。

 

「こんな感じで……対話は人付き合いの基本だ。学校はその練習の場だが、俺は全員と仲良くしなくてもいいと思ってる」

「えっ」

 ネオンは弾かれたように驚きの声をあげ、タツを見る。

 

「もちろん、みんなと仲良くしたいなら仲良くすればいい。ただし、色々な人がいるから、合わない人もいるのは当然のことだと割り切ることが大切だ。どうしても合わない人とは、必要最低限の会話だけでいい」

「そうなのか……」

 

「それにな、学校そのものが合わない場合もある。学校が合うか合わないかは、通ってみないとわからない。もしも、本当に合わなくて辛くてどうしようもないのなら、辞めてもいいと俺は思ってる」

 

 ネオンはじっとタツを見つめた。

 タツは窓の外に視線を向けているが、昔のことを思い出しているように見える。

 

「辞めてもいいもんなのか。一度決めたことは貫けとか言うじゃねーか」 

「無理に通う必要はない。学校に通わなくても死にはしない。学校生活が死にたくなるほど辛いなら、行かない方がいい」


 きっぱりと言い切ったタツがネオンに視線を向けた。

 

「学校なんて行かなくても大人になれるんだ。多少、他の子たちと違う道を進むことになるかもしれないし、学生時代の思い出話が出来なかったりするだろうけどな。だが、それは些細なことだ。多くの人が学校に通うなかで、学校に通わない選択をしたことやその経験は、個性であり強みのひとつになる可能性がある」

 

「んん? ってことは、学校に行かない方がいいってことになんじゃねーの?」

 ネオンは身を乗り出すようにタツに問いかけた。

 

「要は本人次第なんだよ。家のほかに自分の居場所を見つけて、そこで得られるものがあれば良いんだ」

 

 タツはそう言ってから、何か失敗したような、バツの悪そうな表情を浮かべている。

 

「あー、でも、将来なりたい職業にもよるか」

「なりたい職業?」

「特定の学校や学科を出ていないと就けない職業もあるんだよ。例えば、医師や看護師とかな」 

「あー……」

 

  

 ネオンは、思い切ってタツに聞いてみようと思った。


 何度も想像していたことだが、なんだか恥ずかしいような、怖いような気がして、口に出せなかったことだ。

 

 

「もしも、俺が学校行くとしたら……汐緒うしおと、ずっと一緒にいられるのか?」


 タツは目を細めた。 

 ネオンは一気に不安になり、タツから目を逸らしたくなったが、どうにか耐える。

 

「常に一緒というのは無理だが、同じクラスなら一緒にいられる時間は長くなるだろうな」

「そっか……」

 ネオンがほっとしたように息を吐くと、タツは真っ直ぐにネオンの目を見つめた。

 

「汐緒のことは抜きにして、ネオン自身がどうしたいか考えてみろ」 

「俺が、どうしたいか……?」

 ネオンは瞬きをしている。


「そうだ。人間界こっちで生きていくのなら、将来どうなりたいのか、どんな生き方をしたいのか、考えなくてはならなくなる時が必ず来る」 

「将来……」 

「汐緒と一緒にいたい、だけじゃダメだぞ」

 

 言おうとしていたことを先に言われてしまい、ネオンは気まずくなり俯いた。

 

「ネオンが世の中と、どう関わっていきたいか。どういう大人になって、どんな仕事をしたいか。そして、そのためには何を学ばなくてはならないのか」

 

 ネオンは下を向いたまま、ここに連れて来られる前にした汐緒との会話を思い出す。

 


 

  

『……あなたには、将来やりたいこととか、そういうの無いんですか』

『ん? 俺? 俺は汐緒と一緒にいられるなら、他はどーでもいいけど』

『は?』

『いや、だから……俺、汐緒と一緒にいられるなら、他に何もいらねーんだよ』

『私は、よくない』


 

 もしかして汐緒が怒ったのは、勉強の邪魔したからだけではない……のか?


 俺が「汐緒といられるなら他になにもいらない」って言ったのが気に入らなかった?

 

 どうして汐緒にはそれがダメなのか……



『私はやりたいことがあるの! 美大か芸大に行きたいから、きちんと授業に出席して、それなりの成績を取って高校を卒業する必要があるの!』


 汐緒には、やりたいことがあるんだよな。

 

 でも、俺は汐緒と一緒にいられれば、他に何もいらないんだよ。


 でも、それは汐緒にとっては、ダメなことで…………



  

 もう少しなのに!

 掴めそうで掴めない答えに、ネオンは頭を抱えて唸る。

 あとちょっとで答えが出てきそうだったのに、するりとどこかへ飛んで行ってしまった。

 

「いや、ちょっとうまくわかんねぇ……」 

「……まだ、ちょっと難しいか」

 タツの言葉にネオンは頷き、床を見つめる。


  

「難しく考えなくていい。何か興味があることをやってみればいいんだ。面白いなと思うこと、わくわくすること、知りたいこと、やってみたいこと、気になること、なんでもいい。小さなことでいいんだ。今だって、そういうことがひとつも無いわけじゃないだろう?」

 タツは静かにネオンの隣に腰を下ろした。 

 黙ったままのネオンの頭にタツが手を乗せる。

 

「俺も七海ななみも仕事がある。汐緒は学校もある。アシュレタルトだって一応仕事がある」

「一応は余計ですわよ」

 失礼ですわね、と抗議するアシュレタルトを片手で制してタツは続けた。


「だから、ネオンがアレをしたい、どこかに行きたいと言っても、相手出来るとは限らない。でも、学校に行けば、色々なイベントもあるし、色々な人と交流することが出来る。勉強や将来のこと、学校生活での悩みは、専門家である先生や学校にいるカウンセラーに相談出来る。友達が出来たら、そいつらとの交流も刺激になるだろう」

 

 タツはくしゃくしゃとネオンの頭を撫でてから、若葉色の瞳を見つめる。

 ネオンは、思わず澄んだ空の色のような瞳を見上げた。

 

「俺はな、ネオン。お前には色々なものを見て、色々なことを経験してほしいと思っているんだよ」


「いろんなことを経験……?」

 

「そうだ。色々な考えや感性を持つ人に会って話をして、音楽や美術、伝統芸能を鑑賞したり、スポーツや地域のお祭り、ボランティア……色々なことを経験して、視野を広げ、ネオンだけの道を見つけてほしいんだ」

 

「俺だけの道……」

 

「ネオンが将来どういう大人になりたいのか。どういう生き方をしたいのか。人生でやり遂げたいことは何か。それを見つけるんだ」


  

 ネオンはなんだか急に怖くなった。なぜかはわからない。


 

 夕暮れのなかで迷子になったような、気分だ。

 

 早く家に帰りたい、安心したい。 

 早く帰らなくては、夜になってしまう──そんな焦りにも似た不安のような……


  

 

 ネオンはタツから目を逸らした。 

 

「……わ、わかんねぇよ、そんな先のこと」 

「あぁ。今はまだハッキリと将来何をしたいのかなんて、わからなくていい。大人になってもそれを探してる人だって少なくないんだ。十五、十六で見つけてる方が珍しいんじゃねぇかな」 

「そう、なのか」

 

 ネオンはゆっくりとタツに視線を戻す。

  

「あぁ。だから、俺も出来る限り探すのを手伝ってやる。ゆっくりでいいから……」


 

 何か興味のあるもの……あるにはある。

 だが、それを望んでもいいのだろうか。


 

 ネオンは、恐る恐る口を開く。


「あのさ、タツ兄……友達って、どういうもん? 漫画とかアニメでもよく見るけどさ。俺、友達いねえから、よくわかんなくて……でも、もしも、俺にも友達がいたら、すげー楽しそうだなって、思う時がある」


「ネオン……」

 タツは息を呑んでネオンを見つめた。 

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