第25話


「私を拓翔から引き離した罪は重いよ? 長津」

「勘弁してくださいよ。拓翔さんが明日佳さんを置いてったから俺が挑んでるやないですか」



開始位置についたにも関わらず、明日佳さんは大きな声で話しかけてくる。



「最後にもう一回確認するけど、ハンデは要らないの?」

「要らないですって。この対決の趣旨分かってます?」

「なんだろう。自分の弱点を知りたいとか?」

「ドアホ。下剋上に決まっとるやろ」

「はは、もう一度あるべき上下関係を教えないとダメそうだね」



空気を読んだ審判役のトレーナーが試合開始の合図を出した。

俺は速攻で金属バットを創り、明日佳さんは散歩でもするみたいに歩いて近づいてくる。


俺がバッティングフォームをとると、明日佳さんは少し笑って立ち止まった。

そして、人差し指から硬球くらいの魔弾を放ってくる。


剛速球だが、その魔弾は俺を狙ってなかった。俺のストライクゾーンを通り過ぎるだけなのが読める。本来、俺がバットを構えるのは相手の魔弾が読めてから。先に構えたら、体に真っすぐ向かってくるものを打つのに向いてない野球のフォームは不利に決まっている。


だからこそ、俺は初めて明日佳さんと闘ったとき、この構えを先に披露して挑発をした。明日佳さんはあの時も俺の挑発に乗ってストライクゾーンに魔弾を撃ってきた。


俺のフルスイングと明日佳さんの魔弾がぶつかる。バットの柄以外に付与した俺の魔力特性『反発』によって明日佳さんの魔弾が……、いや、俺の手から金属バットが弾かれた。あの時と全く同じだ…。


『反発』は触れたものすべてをぶっ飛ばすようなチートな魔力特性ではない。必然、相手をぶっ飛ばす力が及ばなければ逆にこっちがぶっ飛ばされる。つまり、俺の膂力と『反発』をもってしても明日佳さんの『加重』が付与された魔弾を弾くにはパワーが足りないということだ。


俺は首を回して、手元から放れたバットが地面に反発を繰り返して一人でに跳ね回っているのを確認する。そしてすぐに体の向きを直す。本当はあと少し見てたかったんやけどな、もう猶予はない。明日佳さんが得物を失った俺を殺しに来ているのだ。


『俺の打席は終わらない』によって明日佳さんの動きを予測する。明日佳さんはまず蹴りを…。と、予測した瞬間に未来が変わった。違う、明日佳さんはまず俺を掴みに…いや、これも変わるか。


決して俺の読みが間違ってるわけじゃない。俺が予測をした瞬間に、明日佳さんも動きを変えているだけのこと。明日佳さんは常に最善手を選択できる。予測に基づいて俺が備えてしまえば、すでにそれは最善手ではない。となれば、明日佳さんの動きも変わってしまう。…読みで闘う俺がバカみたいやん。




結局、俺は何一つ予測を立てられないまま明日佳さんの接近を許した。俺は牽制のジャブを放つが、ジャブすらも見切られる。がっ…!!! 懐に潜られて、至近距離からの膝蹴りを喰らった。そのまま上半身を引っ張られて、地面に倒される。 やばい、『加重』の明日佳さんにマウントを取られたら試合終了やぞ。



「や、ヤバ…」

「残念だね、長津。何も変わってないみたいだ」

「…な訳あるかぁ!」

「!?」



明日佳さんが俺に馬乗りになろうとして、吹き飛んだ。…記念すべき初ダメージやな。せっかくの初ダメージだっていうのに、明日佳さんは猫みたいに空中でバランスをとって、さも平然と着地しやがる。…やってられんな。


予想通り、俺のすぐ近くへと戻ってきたバットを掴み、明日佳さんを打ち飛ばしたのだ。俺のバットは『反発』によって跳ね回る。軌道さえ確認できれば、『俺の打席は終わらない』によって振ってくる位置とタイミングを予測できる。あとはバットがやって来る位置で明日佳さんと格闘して、タイミングを待つだけ、というトリックだ。明日佳さんの動きは読めなくても、バットの動きなら読める。



「拓翔の入れ知恵かな? 戦術の幅が広がったみたいだね」

「どーも。でも、そういう明日佳さんは相も変わらず一辺倒ですやん」

「はは、小学生と喧嘩するのに戦術は要らないでしょ」

「確かに笑えますわ。自分で戦術用意したことなんかないでしょ。全部拓翔さん任せですやん」

「…何が言いたいの?」

「別に、何も」



見えてはいないが、明日佳さんの額に青筋が浮かんだ気がする。この人、ホンマ拓翔さんの名前に弱いよなあ。

明日佳さんがブチ切れを押し隠した笑顔でこちらに駆けてくる。最初みたいな緩い雰囲気は微塵もない。こっからはマジってとこやな。




「…俺、魔弾に『反発』付与できんのですよね。というか創造した武器にしか付与できんのですよ」



明日佳さんはもう答えてくれない。口を閉じたままひたすらに距離を詰めてくる。



「おかげでこんな面倒をしなきゃいけませんでしたわ」



俺は砲丸を掌の上に創り出して、地面に落とした。ただ落としただけなのに、ちょっと引くぐらいの激突音が響く。そして、砲丸はスーパーボールのように跳ねた。『反発』する砲丸、つまり超重いスーパーボールだ。


武器創造魔法はなんでも創れる便利な魔法じゃない。創れるものはある程度のパターンで決まっていて、そこに大きさや重さ、意匠なんかのイメージを各々が足して創造するのだ。その点、砲丸の創造は非常に習得が容易だった。形もシンプルで特に模様などもなく、大きさと重ささえしっかりと把握すれば良かった。



「なるほどね…」



何が起こるかを察した明日佳さんは立ち止まって回避に専念する。



俺はちょうどよい高さまで跳ねてきた砲丸をノックの要領で明日佳さん狙って打ち飛ばす。明日佳さんは避け、

すぐに振り返って、結界の壁で跳ね返った砲丸を再び避ける。俺は戻ってきた砲丸をバットで全力で叩く。大きく左方向に飛んだ砲丸が結界の壁や地面で乱反射を繰り返す。


しかし明日佳さんは脅威ではないと判断したようだ。前進を再開する。まぁ、そりゃそうやな。たった1つならそうそう当たらん。ただ無作為に飛び交うだけの砲丸は怖くもないらしい。


俺もバット片手に明日佳さんに突撃する。

体格なら俺の方が圧倒的に有利。加えて、バットの分リーチも伸びている。明日佳さんの胴を狙って、右手でバットを斜めに振りおろす。この距離で胴を狙われれば後ろに避けるか、屈むしか回避方向はない。けどあんたならどうにかするやろ。


案の定、明日佳さんはほぼノーモーションで高く跳んで、俺のバットを悠々と飛び越えた。そしてそのまま空中で体を捻り、回し蹴りを繰り出そうとして、寸前で止まる。ちっ…、バレたか。明日佳さんの眼前を砲丸が掠めた。上手いことタイミング合わせたんやけどな。


明日佳さんは何事もなかったかのように着地し、俺から一、二歩距離を取る。ていうかどんな体幹やねん。果たして、人間というものはあそこまで空中で自由に動けるもんなんやろか。


俺は空振りを装って、バットを水平に振るう。すると、吸い込まれるようにちょうどよくやってきた砲丸が俺のバットにジャストミートして、明日佳さんめがけて飛んだ。明日佳さんは上半身を反らして、砲丸を避ける。悪いけど無駄やで。反射を繰り返して、砲丸は再び明日佳さんを襲う。『俺の打席は終わらない』で軌道を予測して、全部計算ずくで弾いているのだ。あんたの番はもうやってこない。文字通り、ここからずっと俺の打席だ。


俺は砲丸と反対側からバットを振るえるように野球のフォームでバットを構える。避ければそこを狙うし、それすら避けても反射する砲丸で追撃し、さらにそれを避けてもバットで襲う。いくらあんたでも、これは……



「強くなったね、長津」



明日佳さんは踏み込みと共に左手の甲で砲丸を俺の方に弾いた。『加重』で自分を重くして、俺の砲丸に耐えたってわけか。だが、ノーダメージでは済まないはず…! この耐久戦なら俺が有利!


俺は砲丸を明日佳さんに撃ち返す。まるでテニス、いや卓球やな。……アホなことを考えたせいか? なんか明日佳さんの体が魔弾みたいに光って…。


明日佳さんは何もしなかった。ただ突っ立ってただけだ。だが、砲丸はあらぬ方向へ弾かれる。直撃したように見えるが、違う。俺には分かる…。砲丸は明日佳さんの手前で何かに当たって吹き飛ばされた。あの光が本当に魔力だとしたら…、あれは。


明日佳さんは足の裏が爆発したみたいな動きで、一跳びで俺を通り過ぎる。バットを構えていたのに見逃した。

致命的なストライクだ。


がっ…!!


振り返る前に俺の肺が潰れる。どうやら後ろから明日佳さんに蹴られたらしい。ダメージはキツイが、ぶっ飛ばされたおかげで距離がとれたのは幸いだ。ここから体勢を…。


…神に誓って俺は全力を尽くした。痛みを必至に我慢して最短で起き上がろうとした。だが、俺が立ち上がるために膝をついたとき、明日佳さんはすでに俺の傍らにいた。



『俺の打席は終わらない』を使うまでもない。ここから明日佳さんに勝てる可能性は……ゼロだ。

膝をついたことで、明日佳さんにとっては俺の顔が殴りやすい位置に来てしまった。岩のように重い拳が俺の頬を打ち抜く。


…痛みは消え、疲労感と恐怖だけが残る。明日佳さんはいつも通り、顔だけは優しそうな表情で俺に手を刺し伸ばす。



「大丈夫?」

「はは、よく言いますわ…」



俺は明日佳さんの手をとって立ち上がる。…正味、助かった。少し腰が抜けているのはバレたくない。



「あれは…なんですか」

「魔弾と身体強化の融合魔法 『魔人』だよ」

「…そんなアホな」

「そう難しいことでもないけどね、潜在魔力を全部使って、薄い魔弾を全身に纏うようなものだよ」



難しいとかそういう次元の話じゃないやろ。

潜在魔力を放出するなんて機能、そもそも人間には存在せん。

自由には使えないからこそ『潜在』魔力なのだ。


血を失えば作られるように、魔力も失えば体が補充する。そして体内で魔力を創る際に源となるのが人間が平時からため込んでいる潜在魔力だ。普通なら魔力を失ってから潜在案力が使われて、ゆっくりと魔力は回復する。だが、明日佳さんは潜在魔力を好きな時に魔力に変えて使用できるということか。いよいよ人間じゃない説が有力になってきたな。



「夥しい魔力を使うから一分で魔力切れしちゃうんだけどね」

「一分…」



明日佳さんは短いかのように言うが、長すぎだ。『魔人』とやらを発動している間、明日佳さんの身体能力はバカみたいに上がってる。というか魔弾の推進力と衝撃力を膂力に応用しているようだった。その上、纏っている魔弾に『加重』を瞬間的に付与することで重厚な鎧と化しているに違いない。俺の砲丸すら何もせずに弾かれたんやぞ。並み大抵の攻撃は魔人を発動した明日佳さんを足止めすることすらできないだろう。


これらが意味するのは明日佳さんが『魔人』を発動してから一分間、恐ろしく早く、一切の攻撃が効かない鬼から逃げ切らないといけないということ。



「…いつの間にあんな技を?」

「別に昔からできたよ。ただ使う機会がなかっただけでさ」

「一応聞いときますけど、まだ何か奥の手隠してます?」

「ふふ、長津。とりあえずさ、水買ってきてよ。そのあとは私が先輩としてなんでも答えてあげるからさ」

「……さっきは生意気いってすんませんした」

「大丈夫、気にしてないよ。また分かってくれたみたいだしね」



…あるべき上下関係が戻ってきた。敗者は勝者に敬意を払う。それがウチのルールやから仕方がない。革命に失敗すればより惨めな生活になるのは至極当然のことだ。



「そういえば…全然気にしてないんだけどさ、さっき私にドアホって言った?」

「さーせんしたぁ!」



とはいえ、この人、ホンマに良い性格をしとるわ。…はぁー、しばらくこのネタでいじられるんやろなぁ…。








「もしもし? 拓翔さん? なんか用ですか?」

『いや、大した用じゃないんだが…、どうだった?』

「なんです? 離婚した父親みたいなキレの悪さですやん』

『バツが悪いんだよ。明日佳のアレを教えてなかっただろ』

「はは。確かに衝撃的ではありましたね。あの人にまだ先があるなんて考えもしてませんでしたから」

『済まない…。お前たちのモチベーションを削ぐことになると思って黙っていた』



随分舐められたもんやな。…でもまぁ、確かに一年ズに影響されるまで諦め気味ではあったか。あの時、明日佳さんにさらに奥の手があると知っていたら本当に心が折れてたかもしらんなぁ。



「流石ですわ。今ちょっと萎えてますもん」

『そうか。だが俺は興奮してるぞ。お前は明日佳に切り札を出させるほどに強くなったんだからな!たった一年と三か月で、だぞ!? それがどれだけ凄いか分かってるか?』



さっきまでのバツの悪そうな雰囲気から一転して拓翔さんは興奮を表に出してきた。この人はいつも俺の成長を親みたいに喜んでくれる。気恥ずかしいような、誇らしいような、やっぱり照れくさいような、複雑な気持ちにさせられる。…桐島ちゃんと初めて闘った後に拓翔さんと話したときもこんなこと思ったっけな。



「さーせん、冗談です。本当は燃えてますよ。やっと背中が見えてきたんですからね」

『珍しく素直だな。それも一年の影響か?』

「アホがうつっただけです」



俺は乱暴に通話を切った。一年ズに影響を受けて明日佳さんに挑んだことはお見通しだと暗に言われて恥ずかしくなったのだ。最近どうにもカッコがつかん…。はぁ、やっぱり後輩なんて放っておくべきやったか。

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スポーツ(バトル)漫画に転生し、ラスボスと幼馴染となった件 カロテノイド @fuokclass1

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