第24話

無事に期末テストを乗り越え、あとは夏休みを待つだけとなった今、私は貴重なオフの日に、拓翔さんと出かけていた。電車に乗り、とある民営試合場へと着いた私たちは待ち合わせ相手たちを探して軽く首を振る。



「もう着いているらしいが…どこだろうな」

「連絡してみますね」



私はスマホを取り出すが、二人の人影がこちらに向かってくるのを見つけたのでポケットにしまう。


銀髪をなびかせ、左目の下には泣きボクロ、どこか余裕のある笑みを浮かべた妙に目立つ女、中曽根ソラ。彼女は大きく手を振ってこちらに存在を示してくる。メガネをかけ、黒髪を後ろで二つ結びにしているタマは隣で居心地が悪そうに縮こまっている。こう見ると対照的な二人だ。



「寂しかったかい? 拓翔」

「お前より六条先生が恋しいよ。よくも俺から先生を獲りやがったな」



中曽根ソラは私には目もくれずに拓翔さんに抱きついた。欧米風な挨拶を装っているけど、それにしては少し時間が長いだろう。やがて拓翔さんは慣れた雰囲気で彼女を引き剥がした。

…ますますこの人のことを嫌いになりそうだ。



「玲奈ちゃん、今日はよろしく」

「…そうだね、よろしく。タマ」



メッセージや電話ではちょくちょく話していたけど、直接会うとなんだか気まずい。加えて、試合前に相手と慣れ合う趣味は私にはない。タマもそれを分かっているからか、端的な挨拶以外何も言ってこない。



「時間だな。ほら、さっさと準備してこい。玲奈」

「はい」

「励みたまえよ、タマ」

「はい」



私たちがあまりにも何も言わないから、拓翔さんが準備を促してくれた。私とタマは互いに沈黙のまま更衣室へと向かう。そもそもこんなことになったのはタマが試合をしたいと言ってきたからだ。まぁ、私も心の奥底ではまた試合したいと思ってたか。でも言ってきたのはタマだ。そっちが気まずそうにするのはおかしくない?


試合はしたかったが、お互いに学校を代表するプレイヤーの一人。自分の都合で手の内を晒すことは好ましくない…かもしれない。練習試合の時に怒られたことを思い出した私は一応、拓翔さんに相談をしたのだ。


そして拓翔さんが中曽根ソラと交渉をした結果、お互い付き添い一名ずつで試合を見守るという条件の下に私たちは闘うことを許された。



「玲奈ちゃん。覚えてる? 最初に話したきっかけ」

「…確か、試合したんだっけ」

「うん。私が僅差で勝ったんだよね。そこから玲奈ちゃんと仲良くなった」

「……」

「だからさ、今日また私が勝って友情をやり直すよ」



◇◇◇


俺とソラは借りた試合場のすぐ傍の観客席に並んで座った。普段は大会の会場としても使われているだけあって近いうえに見やすい。



「それにしても君がわざわざ来るとはね。相も変わらずあの子を贔屓にしているのだね」

「玲奈は強いからな」

「そのようだね、試合を見たよ。隙の少ない良いプレイヤーだ。些か地味にも思えるけれど」

「地味ねえ」



まだ玲奈は公式戦でレーザー状の魔弾を使っていない。多分、今のところの玲奈の印象は近距離が得意で、魔弾も強い、くらいのものだろう。しかしそれで言ったら、翠晴の及川だって似たようなものだと思うが。



「そういえば、霞流蓮静がウチと紫雲の同盟をバラしてしまったらしいね」

「相手をよく吟味しないからだ」

「迂闊だったよ。まさかあそこまで調子のいい男とは思わなかった。ほら、昔から全国で会ってはいただろう? 話したことはないけれど、スター性はある奴だと見込んでいたが…どうやらステージの上以外ではスター性のかけらもない奴だったようだ」



おお、結構怒ってるな。あのソラがここまで悪く言うなんてなかなかに珍しい。霞流は皆から嫌われないようにしようとして、逆に嫌われることが多い哀れな奴だ。当人に悪気はあんまりないが、周りに流されやす過ぎる。本気でソラに協力しようとしたのだろうけど、部員に裏切れと言われればすぐに裏切ってしまう。なぜなら部員にも嫌われたくないから。そういう奴だ。そもそも万人から好かれるなんてのは土台無理。不可能なことをやろうとしているから綻びが生まれてしまうというものだろう。



「だが、霞流から指導されるのは少し羨ましいよ。人間性はともかく、というか人間性を補って余りあるほどにあいつは強いからな」

「そりゃあね。間違いなく私たちの世代で五指に入る強さだ。だからこそ同盟を申し込んだのだしね」

「五指か。差し詰め、明日佳、お前、ココ、霞流、あとは木闇ってところだろうな。…なかなかに黄金世代じゃないか?」

「ふふ、私を五指に数えるのは君くらいなものさ」

「別に世辞じゃないぞ」



明日佳と地区が別だったらソラの成績は霞流たちと同様に輝かしいものだっただろう。実力ならば間違いなく他の世代のナンバーワンにも引けをとらない。ただ、明日佳と比べるとどうしても霞んでしまうだけだ。



「そういえば明日佳はどうしたんだい?」



俺が名前を出したからだろうか、もしくはソラも自分が目立っていない原因として明日佳のことを想起したのかもしれない。



「先輩として仕事中だよ。ていうか、付き添いはお互い一名の約束だろ。来たがってたけどなんとか説得したんだぞ」



誰の影響か、あのカッコつけたがりの長津が明日佳に試合を申し込んだ。練習で明日佳と試合させることはあったが、長津から申し込んだのは随分久々だ。あいつなりに色々思うところがあって何か変えようとしているのだろう。



「あの明日佳が先輩かぁ。まるで想像できないなぁ」

「そういうのはお前の方が得意だったな」

「人心収攬は得意なのさ。尤も、君には敵いそうもないけれどね」

「お前こそ世辞はやめろよ。お前の方が後輩にファンが多かったの覚えてるぞ」

「だけれども、私は君に心を奪われているからね。既に敗北しているようなものだろう?」

「…お!、やっと来たか」

「ふふ、残念だなぁ。もう少しこのことについて話したかってみたかったのけれど」



冗談じゃない。玲奈と伊林が試合場に現れてくれて本当に助かった…!

あの話題をあれ以上続けられるほど俺のハートは強くないのだ。





◇桐島・試合場◇



私たちの最初の思考はかみ合った。互いに魔弾での中距離戦を選んだ私たちは指先に魔力を溜めながら、足を止めずに相手との距離を保つよう走り続ける。やがてタマは私を狙って魔弾を放った。人頭ほどの魔弾で、速度はそこまで速くない。きちんと、私の動きの先を狙って撃ってきているけど、この程度の速さなら回避は容易だ。先を狙っているがゆえに、私が減速するだけで魔弾は自然と外れる。


地面へと着弾した魔弾はその場に水たまりが凍ったような氷の膜を貼った。タマの魔力特性は『製氷』。得意な戦法は魔弾で地面に氷たまりを増やし続け、相手を氷の上へ誘導することでバランスを崩させ、隙をつく『銀盤』。


私が攻略法を忘れている想定なんだろうか。思い切り氷たまりを踏みつけると、氷は細かく砕け、宙に舞った。地面に残った氷はわずかで、踏む方が難しいほどの大きさだ。そもそも私は力仙高校の産山爆速対策にバランス感覚を鍛えてる。この程度の氷なら踏んだところで大した障害にはならない。


今度は私が魔弾を撃つ番だ。私は足を止めて、ちょこまかと走り回るタマに狙いを定める。そして、タマの方向転換のタイミングを見計らって魔弾を放つ。タマは私が魔弾を撃ったのとほぼ同タイミングで小さく横に跳ぶことで魔弾の軌道から外れた。



「これでも玲奈は地味か?」

「変わらないさ。事実、魔弾が強いなんて珍しくもないじゃあないか」

「強いだけならな。玲奈の魔弾の強みは威力より、そのコントロールなんだよ」



私の魔弾は放たれた最初こそ真っすぐ進み、やがて大きく軌道を曲げた。『回転』の魔力特性を活かしたカーブする魔弾だ。私の魔弾は避けたはずのタマへと直撃する。タマは咄嗟に腕で顔面を守ったが、当たり所が悪かったらしい。やけに派手に転んだ。


撃ち合いなら雪寝さんにすら勝てる私に、魔弾勝負なんて通じるわけがないだろう。


私はタマが起き上がる前に大きく距離を詰める。魔弾に当たって吹き飛ばされながらも、タマは小さな魔弾を床に撃ち、罠を張った。彼女への最短距離を通るには氷の膜が邪魔をする。だが、気づいてさえいれば普通に飛び越えられる。上手く隠したつもりだろうが、タマのやりそうなことくらい私には分かる。


文字通りタマに触れる距離に来た私は左手を前に出し、右手を引いて、正拳を構える。立ち上がったタマは姿勢を低く構えて、こちらを向いたまま少しずつ後ろに離れていく。逃げる気満々の構えだ。当然、私は逃がすまいと構えを解かずに、にじり寄る。


ここまで近づかれたらいきなり逃げても無駄だ。背を向けたり、正面を向いたまま後ろに走ったりしようとすれば自分で回避の目を潰すだけ。


タマは私の正拳突きを一度躱して距離を取りたい。対して、私は確実に当てるために、タマが逃げようと大きく動いたところを刈り取りたい。互いに相手の動きを待つしかない膠着状態が訪れた。



「ふー…」

「はっ、はっ…」



私が仕掛けようとした数瞬前にタマは前進して、私の足目掛けてタックルを仕掛けてきた。しまった...!


意表を突かれた私はすぐには反応できなかった。バランスを崩されて後ろに倒れてしまう。その間もタマはずっと私の右足を抱きかかえている。私は急いで、上半身だけ起こしてタマを殴ろうとするが、タマはあっさりと私の足を放して、距離をとった。


タマに長時間触れられたのは大問題だ。両手で抱きかかえられた私の右足の太腿から膝は厚い氷に覆われてしまった。冷たさが刺すように痛いし、足が重い。あげく、膝まで氷に包まれてしまったせいでかなり動かしづらい。このままでは立つこともままならないだろう。とはいえ砕こうとすれば、それはそれで手間だし、隙を晒してしまう。


ここまでの試合展開は全てタマの思い通りって感じだ。拓翔さんから作戦をもらっていない私ではタマの誘導から抜け出すことはできない、ということが証明されてしまった。確かにタマは強くなった。中学時代にあんなヌルい環境に身を置いていたとはとても思えない。



「ふふ、どうだい? 拓翔。随分調子に乗っていたけれど、すべて私の賢い後輩タマの掌の上だったってわけさ」

「上手い『製氷』の使い方だ。クリンチをしただけで相手を封じられるのは驚異的だな。尤も相応に時間はかかるようだから、今回の玲奈のように五秒以上触られるよう大きな隙じゃない限り大した拘束にもならないだろうが」

「…随分冷静じゃあないか。いいのかい? 強さを理由に贔屓した君のプレイヤーが負けるのだよ?」

「安心していい。ウチの三位はこの程度じゃ負けやしない」



タマは走りながら魔弾を溜め始める。機動力を奪ったことで狙いたい放題ってわけね。タマは魔弾を放つ。かなり遅い魔弾だ。タマの魔弾は相手にダメージを与えるためのものじゃないから、推進力にそこまで魔力を割く必要がない。そして、タマは撃つや否や、こちらに駆けだして、自分の魔弾に追いついた。なるほど、魔弾を遅くすることで一人時間差攻撃ができるのか。


私は魔弾を溜めていた人差し指をタマに向けて構える。見せずに勝てるならそれに越したことはなかったが、ここまで追い詰められたなら仕方がない。



「かっ…!」



私の指先から放たれた光線状の魔弾『レーザービーム』がタマの魔弾を打消し、その上、タマの胸を貫いた。私の『回転』で限界まで螺旋状に圧縮された魔弾は一筋の線となって鋼鉄をも貫く。最初からこの『レーザービーム』を使えば試合はすぐに終わっていただろう。



ちょうど心臓の位置を貫かれたタマは倒れ、私たちの負傷が消えていく。試合が終わったのだ。氷が消えたことで、私はやっと立ち上がることができた。


タマはなかなか立ち上がってこない。仕方がないので転がっているタマに近づいて話しかける。



「今度も私の勝ち」

「…っかい」

「は?」

「もっかい!」

「はぁ?」



最近の弱気な態度はどこへ行ったのか、タマはなぜか強い語気で再戦を求めてくる。



「誰も一回勝負なんて言ってないでしょ!」

「こういうのは一回勝負でしょ。それに練習試合の時も私が勝ったんだから実質二勝だし」

「それは初めて会った日に私が勝った分で帳消しでしょ!」

「はぁ? そのあと中学上がるまでは私の方が勝ってたじゃん!」

「嘘だね! 私の方が勝ってた!」



「ふふ、お互い頼もしい後輩をもったものだね。拓翔」

「全くだな。まぁ、何度やろうと玲奈が勝つだろうが」

「おっと? 聞き捨てならないなぁ。あんな初見殺し、タマならすぐに攻略するはずさ」

「やれやれ。負けたくせに言い訳がましいぞ」

「拓翔こそ、辛勝だったくせに自信過剰だろう」



私たちが言い合っていると、拓翔さんたちまで口喧嘩を始めた。普段は冷静な拓翔さんが子供のように意地を張っている様が妙におかしくて、私は笑ってしまう。



「くすっ」



私と同じタイミングでタマが笑った。私たちは堰を切ったように笑い出す。なんで笑ってるのかは私にも分からない。ただ、とても懐かしい感覚がした。










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