第5話 教義と違和感(1)
ようやく村まで来たというのに、嫌な予感と吐き気がこみ上げてきた。眼下に見えた鳥浪村は、どうにも心を騒がせ、そればかりか私は奇妙な既視感に襲われた。もちろん、不動産に案内されて、一度はここに来たことがある。しかし、ずいぶんと前のことだ。以前は、これほど不穏な空気感はなかった。
道を下って、ようやく鳥浪村の敷地内に入ると、左隣の開けた場所に車を停めた。ここが駐車場らしい。私たち以外にも、一台だけワゴン車が停まっている。前回不動産に案内されたときと、まるで変わっていない。駐車場というが、白線が引かれたわけでもない。ワゴン車は前と同一のものだ。
「空気が新鮮ねえ」
「たしかに。でも村がごちゃごちゃしていて、気持ち悪くなってきたよ」
背の低い木造建築が、巨大な生き物のように近接している。直線の道が、二本だけ平行になっているのを除いては、車が通ることも出来ない。もちろんコンクリートは使われていない。小道もいくつかあると思われるが、複雑に入り組んでおり、おそらく迷ってしまうだろう。鳥浪村は規模が大きい。駐車場から見て、多少距離があるにも関わらず、視界の端から端まで古い軒並みが続いている。それでいて、人はほとんどいない。
集合体恐怖症でなくとも、異様な光景に映るだろう。けして村だと言われても、納得が出来ない。どこか幻想的で、恐怖すらも覚える。
村に近付こうとしたとき、
「気になるかい」
隣で声がした。驚いて右を見れば、長身で日焼けをしたスキンヘッドの男がいる。いまだ活力のある年寄りらしく、深い皺と元気そうな声が対照的だ。「父さん、その人はさっきからいたよ」
息子と妻は笑い合っている。
「ハハッ、ちょっと疲れていたもので」
「こっちも声を掛けて悪かったなあ。六十八年生きてきて、村に人が来るのも久しぶりでなあ。俺の名前は國枝
「こちらこそよろしくお願いします。私の名前は松坂
「さっき全部聞いたよ。あんた医者なんだって? 俺が死にそうになったら、あんたを頼るぜ」
もし村でそうなれば、老人は助からないだろう。病院に着く前に死ぬはずだが、私には関係のないことだ。しかし、この村でまともな人間が彼しかいないことに、このときの私は気付くはずもなかった。
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