第3話 隠蔽工作

 窓が割れる音がした。

 ありえない話だ。閉めた扉が開いている。バケツには魚が入っていない。ここは二階だぞ。山に囲まれた村で、すでに限界集落と化している。野球とは到底考えられない。この村に来て、子どもを数人しか見たことがない。そればかりか、高齢者ですら十数人しかいない。晴天で嵐が来たわけでもない。ではなぜ窓が割れたのだ。

 水滴が床にれている。目で追っていくと、扉より外に続いていた。考えている場合ではない。私は窓の割れる音がした寝室へと向かった。

 広い和室に、水滴は十分染みこんでいた。不似合いなカーテンは畳に落ち、硝子窓は木っ端微塵になっている。外を覗けば、平坦な土地と古い木造建築が見えるばかりで後は山だけだ。見晴らしこそ良いのだが、國枝くにえだ老人が散歩をしているのを除き、不審な姿は見受けられない。その老人でさえ、平気な顔をしている。老人は犯人の顔を知らないらしかった。廃家はいかは多いのだ。異常なほど密集もしている。数センチ先には家がある。どうりで老人は何も知らないわけだ。

 すぐさま警察を呼んだ。妻子が自宅に帰ってくるまで、大体一時間はかかるだろう。おそらくは食料品か娯楽目的で山を下りた。警察も村に来るのは、夕方頃だろう。だが、魚を飼おうとしたことは隠蔽しなければならない。それこそ、今すぐにでも。

 私は釣り竿を倉庫に入れて、バケツは水撒きに使い、中身を水道でよく洗い流した。古い家とはいえ、他とは比べものにならないほど、頑丈で近代感がある。元々はヨーロッパの貴族が住んでいたらしい。だから、リフォームも幾度かなされており、錠前もしっかりしている。謎は残るが、感謝してもしきれない。なにしろ、妻子を殺しても倉庫がある。その倉庫も頑丈堅固がんじょうけんごで、よそとは違う。他の家はみな、当たり前だが防犯面は最悪で、万が一を考えると非常に住みづらい。

 ここで、私は第二の人生を送るのだ。

 計画が狂ってはいけない。洗脳されていたようだが、所詮は魚ごとき。おかしなことが起ころうとも、結局はなすすべがない。そう思いながらも、私は國枝老人の元へと向かうのだった。

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