第2話 異形の魚(2)

 屋根裏部屋は暑苦しかった。汗が止まらない。冷房にすっかり馴れている私にとって、息を吸うのもはばかられた。生き地獄さながらである。

 妻子は留守である。おまけに軽自動車がひとつ消えていた。一度はフッと息を吐いたが、エサを買う暇もない。とにかくバケツを屋根裏に上げることが最優先だった。しかし、軽率だったかもしれない。この劣悪な環境で、はたして魚は生き続けるのだろうか。すっかり暑さ対策を忘れていた。なにせ私は、これまでに魚を飼ったこと、いや、生き物を飼ったことがないのである。

 それというのも、大人になってからペットを欲しいと思ったことがない。ただ金が無駄になるだけだ、というのが私の考えである。妻は猫を欲しがっていたが、私が猫アレルギーだとウソを吐くと、すっかり何も言わなくなってしまった。だからこそ、私だけがペットを飼うと、発狂してしまうかもしれない。あの猫好きを言いくるめさえしなければ、こいつを楽に飼えたというのに。

 意外にも、屋根裏は明るい。ほこりの臭いが鼻孔を満たし、建築に使った大きな木柱が、屋根と心許こころもとない床をつなげている。木柱は何本もあるが、不安でしかない。これのどこが部屋というのか、私には理解しがたい。不動産いわく、前の持ち主が小屋裏収納として使っていたからだという。たしかに収納式梯子はしごがあり、私の書斎から屋根裏に上がれるが、どうにもこれは小屋裏収納のイメージとはかけ離れている。このありさまでは、ただ危険なだけの屋根裏である。

 どのような部屋か分かると、次にバケツを上に運ぶ作業があった。だが、こいつの姿を拝んでからにしよう。私はなぜ、この魚に執着しているのか。もしかすると、こいつを育てていくうちに原因が解明されるかもしれない。

 私は書斎で、フッとバケツのなかを覗いた。

 ――そこには何もいなかった。代わりに、書斎の扉が大きく開かれていた。

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