三 初調査 -1-

 翌日の朝。

 社務所に残った者たちで、昨日と同様に座敷へと集まり朝食をとった。俺は普段、東京で一人暮らしで、朝はトースト一枚で済ましている。瀬戸が作ってくれた味噌汁の出汁の旨味と、卵焼きの控えめで優しい甘さは、そんな俺の体には染み入るようだった。昨夜同様に白米は存在しておらず、椀には、蒸した島芋が輪切りにされてのっていた。島芋自体はとても美味しいのだが「数日もしたら、米が恋しくなるだろうな」という予感がすでにある。

 誰も口に出しはしないが、調査隊の面々は、皆同じような感想を抱いているのだろう。芋を食べる速度や順番で、彼らの心情もなんとなく察することができた。

 皆の様子を眺めていて、俺の横に座っている健が妙に眠そうにしていることに気がつく。半熟に仕上げられた卵焼きを持つ箸もおぼつかない様子だ。

「健くん、大丈夫?」

 一夜明け、テンションが高く元気いっぱいだった健の変化が気になり、声を低めて問いかける。

「ああ、すいません大丈夫です。昨日、うまく眠れなくて」

「枕が変わると眠れないタイプとか?」

 今回飛び入り参加した俺とは違い、健は、家茂と共に年中さまざまな秘境を巡っているはずである。意外に思いながら言葉を重ねると、健は首を振り、それから俺だけに聞こえるように、声をグッと潜めた。

「昨日、なんかずっと妙な物音がしてませんでした?」

「いや、俺は気が付かなかったな。古い建物だから、風に軋む音などはしたと思うが」

「そういうんじゃないんですよね。それに、中庭に白い化け物がいるのが見えた気がして。目を閉じると、それが近づいてくるんじゃないかって」

 不穏なことをボソボソと話していた健の後頭部を、俺とは反対側の健の隣に座っていた家茂が軽く叩く。

「何をコソコソと話してんだ。失礼だろうが、さっさと食べろ」

「はーい」

 家茂に叱られると、健は素直に返事をして姿勢を戻す。それからは、先ほどより眠気が薄れた様子だった。

 朝食を済ませてしばらく歓談していると、準備のために席を離れていた瀬戸が俺たちを呼びに来た。彼に案内されるまま社務所から出て、砂利の上を歩きながら向かったのは、社務所の裏手にある本殿だ。本殿は、社務所と建物の作り自体は似ているものの、建物やその周囲の格式が増している。横から直接本殿に入るのではなく、奥に建つ赤い鳥居をくぐり、そこからつながる参道を通って本殿の中へと入っていく。

「鳥居はこちらにあったんですか。こう見ると、こちらが神社の正面だということがよくわかる。俺たちが昨日見ていたのは、あくまで神社の裏側だったわけだ」

 昨日、疑問を呈していた家茂が感心したように言う。後藤は俺たちから少しだけ離れたところで、忙しなくカメラのシャッターをきっている。

「そのとおりでございます。我らがお祀りしている根っこ様は、いつもは大穴にいらっしゃると考えられているため、神社への通り道も大穴の方を向いているのです」

 そう説明する瀬戸は、先ほどまでとは違って袴の上に白い狩衣を着ている。いわゆる神主の正装だ。

 正面の扉から本殿の中へと入る。するとそこには、白い着物に身を包んだ四季子たちがすでに待っていた。建物の中にはお香が焚かれているのか、うっすらと白い煙が充満していた。何の匂いであると形容し難い、独特な甘い香りがする。

「こちらにお座りください」

 四季子たちに促され、板張りの床に置かれた円座の上に腰を下ろす。正面には祭壇があり、その奥には御簾がかかっているのが見える。全員が座ったのを確かめると、本殿の扉を閉め切った瀬戸が皆の前に立ち、一礼。

「これからご祈祷をはじめ、根っこ様を大穴からこちらにお呼びいたします。四季子と共にお一人ずつ前に来て、根っこ様へのご挨拶をしていただきますようお願いいたします」

 瀬戸は、説明を済ませると祭壇に向き直った。祭壇前の一段高くなっている座敷に座って祭壇へと深く一礼すると、姿勢を正して祝詞を唱え始めた。発声の仕方が違うのか、普段話している瀬戸の声とはまったくの別物のように聞こえる。おそらく日本語ではあるのだろうが、なにを言っているのか聞き取ることは難しい。

 本殿に窓のようなものはなく扉も閉まっているが、風の流れが不思議とあるようで、清々しい空気が満ちている。

 正座をして祝詞を聞くことしばらく、俺の前に座っていた家茂の元に春樹が近づいていった。彼は無言のまま、家茂の手をとって促すと、瀬戸の真後ろに立つ。春樹が先に促し、家茂がそれに続く形で祭壇へ深く頭を下げる。二人は長めの礼拝を終えると、また春樹が先導し、元の円座に腰を下ろした。

 次は、夏久に誘われて健が立ち上がった。この二人が並ぶと夏久のほうが背が高い。健も礼を終え円座に戻ると、続いて千秋に誘われ、後藤が立つ。先ほどまでたびたびシャッターをきっていた後藤も、千秋に手を握られている間だけはカメラを首から下げるままにしていた。

 最後は俺の番だ。冬夜がそっと俺の手を握る。昨日も思ったが、肌に触れる冬夜の指先はひんやりとしている。共に前へと出て、皆がしていたように頭を下げる。すると、部屋に充満する甘い香の匂いがいっそう強まったように感じた。

 ふと、俺の手を握っている冬夜の手が、小刻みに震えていることに気がついた。頭を下げたまま思わず冬夜を見るが、彼もまた同じように頭を下げているので表情を見ることはできない。ただ、その震える冷たい手が妙に哀れに感じて。俺は、彼の手を強く握り返していた。

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