二 宴会 -2-

 宴会が終わると、宮松をはじめとした親達が帰っていき、社務所の中は少しばかり静かになった。

 俺を除いた調査隊の家茂・後藤・健は、座敷の中央で集まって何かを話している。俺は彼らから少し離れ、中庭に面した障子を開け放って、縁側に一人で足を下ろしていた。そのまま、調査隊の話し声と、四季子たちが宴会の後片付けをしている物音を聞く。俺も先ほど片付けの手伝いを申し入れたのだが、冬夜に、

「お客さまですから、どうかお気になさらず」

 と丁重に断られてしまった。

 酒気に火照った頬を撫でてていく夜風が気持ちいい。ふと、息を吐いて目を閉じる。今日は四月二十日。東京都内ではまだ肌寒さを感じていたが、ここ勾島では、初夏のような適度な気温と心地よさがある。

「こちらお水です。よろしかったらどうぞ」

 台所からお盆を持って出てきた千秋が、座敷に残っている調査隊のメンバー一人ずつに、水の入ったコップを手渡していく。次に彼は俺の横にもやってきてくれたので、他の仲間たち同様に俺もコップを受け取った。

「ありがとう。つい飲みすぎてしまったみたいだ」

「僕はまだ飲んだことがないのでわからないんですが、島のお酒は飲みやすいわりに、酒気が強いようです」

「そのようだ。料理がどれも美味しかったのもあるな」

「そう言っていただけると、うちの母も喜びます」

「千鶴さんにも、改めてありがとうございましたと言っておいてくれ」

 コップに口をつけて水を飲むと、俺に顔を近づけながら、小さな声で千秋が問いかけてきた。距離が近づくと、柑橘系の爽やかで甘い香りが千秋からする。先ほどまで彼らが飲んでいたタンカンジュースの匂いだろうか。

「あの。浅野さんって、他の調査隊の方と喧嘩とかなさっているんですか?」

「え?」

「なんだか他の方と距離を置かれているような気がして。もしよろしかったら、仲直りのお手伝いをいたしますよ」

 思ってもいなかった提案に目を瞬き、笑いながら、否定の意味を込めて手を振った。

「いや、そういうわけではない。心配してくれてありがとう」

「そうですか?」

 まだ疑っているような千秋の様子に、俺は言葉を続ける。

「他の三人はいつも活動を共にしている固定メンバーのようなのだが、俺は、今回の勾島調査から急遽飛び入りさせてもらった新人なのだよ。だから、あの三人と顔を合わせたのは俺も今朝がはじめてでね。距離を置いているというのはそのとおりなのだが、まだ仲が深まっていないだけで、喧嘩をしているわけではないから気にすることはない」

 そこまで説明すると、千秋はようやく身を引いた。

「なるほど、そういうことだったのですね。差し出がましいことを言いまして、すみませんでした」

「いや、気にかけてくれてありがとう。それにしても、人の様子について千秋くんはよく気がつくのだな」

 千秋は、大きな瞳をいたずらめいて輝かせる。

「僕は、昔から人間模様が気になってしまうんです。島では人間関係の悪化は大きな問題ですから、そういう背景があるのかもしれません。僕の前で嘘は通じませんから、心してくださいね」

「それは、頼もしくも少し怖いな」

 俺は笑いながら頷いた。

 ここは、人付き合いが希薄な都会とは違う。集落が一つしかない小さな島で、島民同士のいざこざが根深くなれば、それは島の存亡すら左右しかねない大問題だ。そのことをふまえれば、人間関係の機微に敏感であることや、何かあったのなら早いうちに解消しておいたほうが良いと促すことも、理解できる気がした。

 そうこうしているうちに、席を離れていた瀬戸が座敷に戻ってきた。

「風呂が沸きましたので、順番にどうぞ。それから、毎日の食事はこちらで提供させていただきますので、明日の朝食は、八時にまたこちらへいらしてください」

「なにからなにまで、ありがとうございます。一番風呂をいただいても良いのですか?」

 家茂が尋ねると、瀬戸は鷹揚に頷く。

「もちろんです。私は最後に入りますのでお先にどうぞ。それと、申し訳ないのですが、明日は朝食の後にご祈祷に参加していただきたいのです。やはり神域に入られますので、まずは神様にご挨拶していただきたいと思っています。調査開始が昼からになってしまいますが、ご了承いただけますか」

「ええ、そういった風習を学ばせていただくこともまた興味深いですからね。ぜひお願いします。ご祈祷の間、写真撮影はしても構いませんか?」

「問題ございませんよ」

 瀬戸からの了承を受けて、家茂が視線を向けると、後藤は心得ているとばかりに頷く。

「では、風呂には俺から入らせてもらうな」

 家茂が立ち上がる。すると、台所から出てきた春樹が、家茂のそばへと近寄っていった。彼は四季子の中でも気弱そうな少年だが、宴会の間も家茂の隣に座っていて、冒険譚を興味津々といった様子で聞いていた。春樹は、家茂の腕に軽く手を添えて背伸びをすると、彼の耳元になにかを囁く。家茂自身も軽く身を屈めていたが、春樹の告げた言葉を聞くと、頷きを一つ。家茂と春樹は共に座敷を出て、廊下を歩いていった。

「浅野さん、どうかなさいました?」

 隣にいた千秋に問いかけられ、なんとなしに彼らの後ろ姿を見送っていた俺は、ハッとして眼鏡を押し上げた。

「いや。春樹くんは、家茂さんにすっかり懐いたようだなと思ってね。引っ込み思案な子なのかなと、見た目の印象で勝手に思っていたのだが」

「うーん。実際、引っ込み思案だとは思いますよ。春樹は、昔から体が弱いんです。それで、あまり活発に外で遊んだりできなかったので、家茂さんのお話が、いっそう楽しかったのかもしれません。僕も、特にインドのお話は刺激が強くてとても面白かったです」

「なるほど。君たちが四季子と呼ばれているという話は瀬戸さんから聞いたのだが、やはり仲は良いのかな」

「僕たちは、血はつながっていませんが、感覚としては四つ子のようなものだと思います。夏久と僕はそれぞれ弟がいますが、兄弟よりも身近に感じますね。どちらかというと、一つだった魂を四つに割って生まれてきたような」

「魂を、四つに……」

 スピリチュアルな言葉選びに、思わず復唱してしまう。

「着物に着替えて神輿に乗ったりするだけなんですけど。お祭りだったり、新年の行事だったり、さまざまな機会で四季子のお勤めがあります。学校でも同学年は僕たち四人だけですし、そうやって一緒に過ごす時間が長いから、お互いのことは何でもわかっているような気になるんです」

「もし一つの魂を四つに割ったとするなら、千秋くんに与えられた魂は社交性かもしれないな。四人とも全然雰囲気が違うから」

 俺が言うと、千秋はクスクスと楽しそうに笑った。

「そうですね。僕が社交性なら、春樹が優しさで、夏久が勇敢さ、冬夜が知性かな」

 楽しそうな千秋の様子につられて笑う。そうして端的にお互いを褒める言葉が出てくることが、彼らの親密さの証左であると感じられた。

 俺は千秋との会話を続けながら、つい気になって、また廊下へと視線を向ける。彼らが去っていくとき、春樹の細い腰に当てられた家茂の大きな手が、なぜだか強く印象に残っていた。

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