第23話

 段々と、何かを相手に引き下がってくる刑事たち。俺は膝立ちの体勢で、皆の視線の集まる先を見る。そこにいたのは――。


「おいてめえら! 機動隊を引っ込ませろ! でなきゃ、あたいの釘バットちゃんが火を噴くぜ!!」


 あまりにも、あー……斜め上を行く展開だったので、俺は眩暈を覚えた。

 サーチライトが一斉に、中央で釘バットを振り回すパフォーマーに注がれる。戦闘少女・月野摩耶の誕生である。

 あれだけの照明を一身に受けていたら、暑くて暑くてしょうがないはずだ。が、今の摩耶は、そんな悪感情にかかずらわっていられるほど暇ではないらしい。


「いいか、よく聞けポリ公諸君! 今日、この場で大規模な取引が行われるであろうことは、既に知ってのことと思う! だが、ここで我々、鬼羅鬼羅通りの守護神、『メシア・オブ・キラキラ』を止めることはできない! どうしても我々の居城を潰したいというのなら、あたい……じゃなくて、我輩を倒してからにしていただこう!!」


 場が、沈黙した。

 不良グループの制圧、及び危険物回収の命が下っているのに、どうしてこんなに静かになったのだろう?

 同じタイミングで黙り込めるように、皆で揃って練習でもしたのだろうか。

 いいや、そんな馬鹿な話はない。摩耶の挙動と宣言があまりに突飛すぎて、皆が理解するまでに空白が生じてしまったのだ。


 演説を終えた摩耶は、再び例の釘バットを取り出した。

 それを見て、俺ははっとした。

 さっき俺を引っ掴んでいた刑事。あいつは釘バットで吹っ飛ばされ、別の刑事に体当たりをかましてダイブ。

 そこに俺が寝っ転がっていたということになる。


 いや待てよ。

 釘バットというのは、バットに突き刺さった釘の尻の部分で他者を傷つけるものだ。

 それなのに、摩耶のスウィングに触れた負傷者の中では、誰も鋭利な凶器を喰らった様子が見られない。

 ただの釘バットではなかったということらしい。後で仕組みを説明してもらおう。


 などと考えていたら、摩耶が何事かを叫ぶのが耳に入った。


「美耶の後を追いかけるな……?」


 僅かな音声と口の形から、俺は摩耶の叫びの主旨を推し測った。ほぼ間違いなく、そう言っているはず。

 

 その後も鬼羅鬼羅通りの入り口前で、摩耶は釘バットを振り回した。

 ぶわん、ぶわんと弧を描く釘バット。


「ここは……絶対に……通してやったり……しねえからな!」


 これはマズい。というか容認できない。俺は刑事たちを踏んづけながら、摩耶に正面から向かい合った。その間、約六、七メートルといったところか。


「摩耶、大丈夫か?」

「ってあんたか、柊也!」

「一人で入り口を守るのは大変だと思うが……俺も今回ばかりは、大人たちの意見に賛成だ」

「は、はあっ!? 何言ってんだよ!?」

「よく考えろよ、摩耶。お前らがどうやってその日の飯代を確保しているのか。まともな手段じゃないってことは、俺にだって分かってる」

「なっ、何言ってんのさ? あたいにはわけが分からねえ……」

 

 摩耶のスウィングの邪魔にならないように、また、周囲の騒音に紛れることのないように、俺は大声で説明した。


「今までお前らは、多少のいざこざがあったにしても、余程のことがなければ他人を死傷させることはなかった。サワ兄の態度からして、それは明らかだ。だけど今回は違う。銃は人を殺傷し得るんだよ、摩耶。そのくらい分かって――」

「分・か・っ・て・る!!」

「なら話は早い。すぐに道を空けるんだ。今ならまだ、銃刀法違反の初犯で執行猶予もつく。この通りにいる皆の人生、終わりじゃないんだ。でも実際に誰かを殺してしまったとしたら、もう言い逃れはできないぞ」


 俺がそう言い切るや否や、通りの奥から再び轟音が跳ねまわってきた。また銃声のようだ。

 しかし、そのインパクトはさっきの銃声とは比べ物にならない。拳銃なんかじゃない、もっと強い武器だ。

 自動小銃か何かが火を噴いたのだろうか。だとしたら、事態はどんどん悪化する。事は一刻を争う状況になってしまった。


 どうにかして今日の銃火器の取引を潰さなければ。こちらから取引相手に代金を持ち逃げされても構わない。

 かといって、銃火器を手にした鬼羅鬼羅通りの面々は、今後何を言い出すのだろう? 正直、不安で自分の身体が沈み込みそうになる。


「ったく!」


 周囲の騒音やら、照明の暑さ、眩しさやらで、俺は頭の回転速度が随分落ち込んでいるのを感じた。


《おい柊也! そいつは危険だ、耳を貸すな!》

《そうよ柊也くん! 早くその子から離れて! 私たちの後方で待機しなさい!》


 岩浅やら清水やらが、俺を心配してくれている。でも俺はここで引き下がるわけにはいかない。そう胸中で思った矢先のことだった。


 全く以て唐突に、廃ビルの側面に取り付けられたスピーカーが唸りを上げた。

 キィン、と鋭利な音がする。


「なんだなんだ!?」


 釘バットを油断なく振り回しながら、摩耶はさっと目を動かす。俺も上半身を捻じって、スピーカーを睨みつける。もちろん、それが無意味な行為だとは承知している。

 そしてスピーカーからの声をじっと聞いていると、どうやら先に突入した人間のものと思しき声が聞こえてきた。この声……美耶だろうか?


 その文言の中で、美耶は切々と訴えた。摩耶と俺が警察に捕まっても必ず助け出すこと、そして銃火器はしばし所持し続けることなど。


 いや、それはおかしいだろう。

 警察に捕まってから救出、って脱獄か? いくらなんでも無茶だ。それに、どうして銃火器を持ち続けなければならないんだ? クーデターでも起こす気か?

 そもそも美耶、お前は何を考えてる? いつもはあんなに大人しいお前が、どうして?


 他人の考えに寄り添う努力をしても、俺程度の人間にできるのは精々こんなものか。いや、実際何もできていないのだけれど。

 唇を噛んでいると、ぐいっと後方から襟を掴まれた。そして、機動隊員たちの隙間を縫うように、ずるずると引っ張られていく。


「ふう! まったくお騒がせしてくれるわね、さっくん!」

「清水先輩……」

「ちょっと、寝ぼけてないでしっかりしてよ。私が自分の仕事をしている時は、清水でいいわ」

「はぁ」


 俺が全身を脱力させている間に、清水巡査部長を手伝う形で岩浅警部補も合流した。

 半ば引き摺られるように、俺は二人に連れられて行く。

 その時、何かが古いビデオテープの映像のように、脳内でチカチカと点滅した。これは、俺の過去の記憶だ。


         ※


「なあ柊也、あれを見てみろ」

「お月様?」

「そうだ。綺麗だろう? この街では、ちょうどこの時季に花火大会が行われるんだ。来年は母さんも連れて、一緒に見に行こう」

「うん!」


 あれは俺が八歳を迎えた年の夏休み。俺がメンタルを叩き潰される前のこと。

 そしてそれは、まだ俺の両親の仲が正常だった頃のこと、と言うことができる。いつの間にか、両親は人生の頂点から転がり落ちてしまった。

 怒号の飛び交う屋内にいた俺は、共同作業はおろか、自分の心さえ操作できなくなった。


 共同作業を行うとした場合、自分はどんな立場に収まるべきだろうか? それを承知できればこそ、皆が生き甲斐を持って生きることができるのだ。

俺みたいな失格者も、もしかしたら少なくないのかもしれないけれど。


 そんなことを思い出していると、ふっとあるアイディアを考えついた。

 慌ててスマホの画面に見入る。岩浅も清水も驚きの声を上げたが、それよりも俺は冷や汗に包まれて、他人に配慮している暇などなかった。


 スマホにデジタル表示された時刻は、午後八時四十七分。

 

「岩浅さん、花火大会って何時までですか?」

「ん、ああ、午後九時に最後の大花火が上がるはずだが」

「それまでに鬼羅鬼羅通りを占拠してください! 花火の爆発音で、今はまだ銃声は聞き取られずに済んでいます。それに煙幕弾を使えるのも、花火の爆発音で誤魔化すことができる時だけです!」

「つまり、さっさと煙幕弾で不良共を捕まえろ、と?」

「そういうことになります」

「了解した」


 今度の俺の案は採用されたらしい。こちらが使うのが煙幕弾なら、相手を死傷させずに無力化できそうだ。

 しかしその前に、どうしても超えなければならない障壁がある。


「おらっ! どうした! 今度はどこのどいつだ! 滅多打ちにしてやる!」

「おい朔坊、あの嬢ちゃん、なんとかしてどいてもらえねえのか?」

「厳しいですね。余程親しい、気の置けない人間が相手でないと」


 俺もまた、岩浅と同じことを考えていた。摩耶を説得できるのって、美耶ぐらいしかいないんじゃ――。


「岩浅警部補、適任者がおりましたのでご報告します」


「何だと? 教えてくれ、清水!」

「こちらに」


 そう言うと、清水は深くお辞儀をした。と同時に、俺の腕をむんずと掴み込んだ。


「ちょっ、清水先輩!? 何をするつもりで――」

「この朔柊也という人物。彼を交渉役に立たせるべきかと」


 ……へ? 一体何の冗談だ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る