無知故の罪②

 相談室の一角。すっかり見慣れたこの教室の定位置に腰を下ろすと、私は教室を見渡した。


(宮原くんったら。昨日は頼むだけ頼んで、その後は急遽ここに集合って……。一体何をするつもりかしら?)


 その時、コンコンというノックが相談室に響いた。


「あの~、圭吾くんに言われて来たんですけどぉ~……」

「同じく」


 そう言いながら、花崎さんと五十嵐くんがひょっこりと顔を覗かせた。


「全く。皆を呼び出しておいて当の本人は遅刻?もう、しょうがないわね」

「え?圭吾くんまだ来てないんですか?酷いなぁ。私には遅れるなって言ったくせに」

「自分的にも遅刻はどうかと思うっスね」


 皆が口々に宮原くんへの不満を漏らし出した頃。ノックも無しに突然ドアが開かれた。そして、その向こう側から私達を呼び出した張本人・宮原圭吾くんがケレン味たっぷりに姿を現した。


「よく集まってくれたな、皆!」

「ちょっと宮原くん、遅刻よ。あなたが遅れてどうするの」

「まあまあ、センセー。それについては謝るよ。でもそんなことより聞いて欲しいんだ。今回の事件……謎は全て解けた!」

「それって!?」


 宮原くんは、窓の外に見える空っぽの花壇を指差すと、胸を張って答える。


「ああ!この『無差別ガーベラ殺花事件』の真相がわかったんだ」

「ちょっと。そんな物騒なタイトル付けないでよ」

「いいじゃねえか。探偵としてはそっちの方がアガるし」

「あなたは探偵じゃありません。帰宅部の高校二年生です」

「おいおい、いいのかよ。教員が生徒の夢を否定するようなこといって」

「正式な手順を踏んでから名乗りなさいと言ってるのよ」


 私の入れた横槍によって、議論の行方が徐々に逸れていく。それを軌道修正したのは、胸の前で合わせた手をモジモジと動かしている花崎さんだった、


「そ、そんなことより、圭吾くん。その真相って?」

「ああ、悪い悪い。その前にセンセー。昨日頼んだこと、調べといてくれた?」

「ええ、まあ。宮原くんの言った通りだったわ」


 その言葉に、宮原くんはニヤリと口角を歪ませる。そして、静まり返った教室で声を上げた。


「これで証拠は揃った。……花壇にあった花を全て枯らした犯人。ソイツはこの中にいる!」

「「「えっ!?」」」


 彼は、一息つくと人差し指をつきつけた。


「それは……アンタだ!」


 その指が指し示す先。それは美化委員一年・五十嵐隼人を指差していた。


「ち、ちょっとなんなんスか。自分がそんなことする訳ないじゃないスか!」

「そうだよ、圭吾くん!美化委員の五十嵐くんがそんなことをするメリットが無いよ?」


 確かに。最後に水やりをした人物ということで五十嵐くんはかなり怪しいポジションにいる。だが、それを証拠と呼ぶには些か弱い気がする。

 そんな私達の心情を察したように、宮原くんは続けた。


「最初に疑いを持ったのは、五十嵐君にここで証言をしてもらった時だ。彼は一昨日の話をしようとする時、しきりに目線を右上にやっていた。これは人間が嘘をつこうとする際の癖みたいなものらしい。あと、花が枯れたという話題が出ると君は何度も下を向いていたな。それは罪悪感を感じた者の行動なんだと」

「そ、そんなの証拠になんないっスよ!」

「まあまあ落ち着けって。あくまでソイツはキッカケだ。……順を追って話そう。先ずはガーベラ達が枯れた理由。倉庫には除草剤の類いもなかった。ならばどうやって花達を枯らしたのか?その答えは、コレだよ、」


 学ランのポケットから彼が取り出したのは、ポリ袋に入った白い粉だった。


「それは?」

「塩化ナトリウム。まあ、言ってしまえばただの食塩だ」


 まるで怪しい売人のように、食塩の入った袋を指先でつまむと、宮原くんはそれをヒラヒラと振って見せる。


「花壇の周りに白い粒が落ちてたのを、俺が舐めたろ?実はあれ、塩だったんだよ」

「で、でも塩に除草の効果なんてあるんスか?」

「ああ。塩化ナトリウムは通常、塩化イオンとナトリウムイオンが結合した化合物だ。そしてこのナトリウムイオンというのは、ほとんどの植物に対して毒性を示す傾向にある。勿論ガーベラだって例外じゃない。これが一つ目の要因」


 そういうと宮原くんは人差し指を立てる。それに続いて彼は二本目の指も立てると説明を続けた。


「二つ目の要因は浸透圧の関係だ。詳しいことは省くが、水溶液には濃度の薄いほうから濃いほうへ水分子が移動するという性質がある。つまり濃い食塩水をまかれた植物の水分は、土中に移り脱水状態になってしまう。これら二つの要因が重なったことによって、今回の事件は起こってしまったんだ」


 そこまで話すと、宮原くんはこれ見よがしに持っていた食塩をポケットにしまい、代わりにメモ帳をポケットから取り出した。


「つまり、あの日の流れはこうだ」


 パラパラとメモ帳のページを捲り、彼は言う。


「花崎に水やり当番を任された五十嵐君は、農機具小屋で如雨露に最後のミネラル肥料を入れ、そのまま水を汲もうと外に出た。しかし水を汲む際、君はあることに気が付いた。如雨露の底にヒビが入り、せっかく作った肥料入りの溶液が全部溢れているということに、だ。新しく作り直そうにも、もう肥料は残っていない。そこで君は肥料の代わりに大量の塩を……」

「ちょ、ちょっとストップ」

「あん?どうした、花崎?」

「いや、その。急に話が飛んだからびっくりしちゃって……」


 花崎さんが戸惑うのも無理ない話だ。私だって今の所彼の真意がわからないのだから。


「仮に、仮によ?五十嵐くんが犯人だったとして、肥料の代わりに何故塩を用意したのかしら?そもそも直前までは水やりをやろうとしていたのに、急に花を枯らそうとした動機もわからないし……」

「わからなくて当然だ。動機なんてない。ただの勘違いだったんだからな。五十嵐君は良かれと思って今回の事件を引き起こしたんだよ。なぁ?五十嵐君」


 彼のその問いに、五十嵐くんは大きな体を縮こまらせ、ただ下を向いて顔を青くするばかりだった。

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