無知故の罪①

 ミシミシと不愉快な音を鳴らしながら、農機具小屋の扉が開かれた。その内部はお世辞にも綺麗とは言えない光景だった。

 小屋の奥には、鍬やスコップなどの道具類が無造作に突っ込まれておりとても整頓されているとは言い難い。その脇には薄汚れた如雨露が4つと、草取りなんかに使う細かい道具がちょこんと置かれていた。


「なるほどなるほど。ここで如雨露に肥料を入れて……」


 美化委員の普段の動きを再現するように、宮原くんは如雨露を手に取った。そして小屋の外まで歩くと、出入口付近にあった水道を指差した。


「ここで水を汲んだってことか……ん?」


 彼はいきなり水道の下に屈みこむと、何かを拾い上げる。それは砕けたプラスチック片のように見えた。


「何かしら?これ」

「この色や質感。なんか如雨露に似てないか?」


 宮原くんはそう言うなり、再び小屋の奥に向かうと、乱雑に並べられた如雨露達を一つ一つ確認していく。


「……あった!これだ!」


 歓喜の声を上げると共に、彼は手にした如雨露の一つをこちらに向ける。


「どうしたのよ?」

「おう、センセー!ここを見てくれよ」


 如雨露の裏側を指差し、宮原くんは不敵に笑う。そこには、パッと見ではわからないほどの小さな穴といくつかの亀裂が走っている。


「これは……穴?」

「ああ。このプラスチック片は、元々はこの如雨露の一部だったんだろう。水を汲む際に落としたかぶつけたか……。とにかくこれは証拠になるかもしれない」

「でもいつ壊れたかはわかんないんじゃないの?」

「まあ、そりゃそうだけど。可能性の一つくらいにはとらえておいて損はないだろ」


 宮原くんはそういいながら立ち上がると、辺りの地面をぐるりと見回す。私も彼につられるように視線を落した。


「あら?……これ、花崎さんの言っていた肥料かしら?」


 小屋内に散らばる少量の白い粒。それを見ながら呟いた私に宮原くんが答える。


「そうだろうな。五十嵐君もこの小屋にその、ミネラル肥料とかが保管してあるっていってたし。多分如雨露に肥料を移す時にこぼれたやつが少しづつ溜まってったんだろ」


 如雨露の先端で地面を指しながら、彼は出入口までの道を辿っていく。


「つまり、だ。ここで肥料を如雨露に入れて、外にでる。そして、外の水道で水を汲んだ後。もしくは汲んでいる最中に如雨露を破損してしまった……」

「でもそれって花壇の花とは何か関係があるのかしら?」

「さあな?関係あるかもしれないし、関係ないかも知れねえ」


 そう言うと宮原くんはポケットからスマートフォンを取り出すと、熱心に操作を始めた。


「ちょっと。教師の前でスマホ弄るなんていい度胸してんじゃないの。学内での使用は校則違反よ」

「いいじゃねえか。もう放課後だし、ここはギリ学校の外だろ」

中庭ここは立派な学校の敷地内です!」


 チラリと私を見ると、宮原くんは少し眉間にシワを寄せた。


「頼むよ、センセー。ちょっと調べものしてるだけだって。勿論、今回の事件に関係のあることだし」

「はぁ。しょうがないわね」


 スマートフォンの使用を禁止することは、一応我が土居中高校の校則で決まっている。だが、学内全体の緩い空気によって、ある程度は黙認されているのも事実だ。そしてそれは、私だって例外ではない。


「で、何を調べんのよ?」

「色々だよ、色々」

「でも気を付けなさい。ネットの情報だって何が正しいかわかったもんじゃないんだから」

「大丈夫だって。情報を精査する能力はアラサーのセンセーよりかは長けているはずだしよぉ」

「なんですって!?」


 『アラサー』の言葉に、思わず手を伸ばす。そして、宮原くんの鼻を指でつまむと、ドアノブのようにぐるりと回した。


「あだだだだ!!」

「うふふ。ダメだぞ?宮原くん。そんなこと言っちゃ」

「すんません!すんませんって!」


 バタバタと暴れまわる宮原くんの姿に、私の怒りの炎は少しだけ和らいだ。ので、指を離して彼を解放することにした。

 私から解放された宮原くんは、まるで放たれた弓のように飛び出すと、恨めしそうにこちらを見た。


「くっそ……この暴力教師が」

「教育的指導よ。……それにねぇ。いくら情報を精査できる能力があるからって、単純な勘違いってこともあるのよ?だからネットを鵜呑みにしてはダメ」

「たく。婆ちゃんみてぇなことを……ん?勘違い?」


 ピタリと動きを止める宮原くん。


「そうか、勘違い……。だから動機が……」


 ブツブツと何かを呟くと、彼は何かを閃いたかのように指をパチンと鳴らした。


「センセー。ちょっと調べてもらいたいことがあるんだ」

「調べてもらいたいこと?」

「ああ!結果によっちゃあ、真相がわかるぜ」


 そう言って彼は、屈託のない笑顔を浮かべたのだった。

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