オリジン

……………………


 ──オリジン



 アーサーは扉の奥へと進んだ。


「これがオリジン……」


 部屋の中は真っ白な空間でそこにひとりの少女がいた。


 質素なワンピースを纏っただけの黒髪の少女だ。


「こんにちは。あなたが私を追っていることは知っていました」


「オリジン。どうしてそれを知っていた……」


 酷く大人びた声色で少女が語る。


「どうしてか、ですか。そうなる定めにあったからです」


「意味が分からないぞ。ちゃんと説明しろ」


「何故かという疑問を投げかけることすらも予想できました。全てはそうなるという演算の結果が事前に出ていたからです。全ては途中式に過ぎない」


「演算……」


 オリジンの言葉にアーサーは少し恐怖を覚えた。


「あなたはもう予想できているのではないですか。この世界は演算されている、と。そう、この世界の全ての反応はある種のシミュレーションである」


「あり得ない。不可能だ。全ての物理学がそれを否定するだろう」


「その物理式すらも演算によってシミュレーションされているだけ。全ての計算式と化学式は確かに事実です。ですが、それらが全てマトリクスの上でシミュレーションできるということはあなた方自身が証明したではないですか」


「それは」


「あなたはあなたの子をマトリクスでシミュレーションした。いずれそれが広がって行き、この世界の全てをコピーしたものがマトリクスでシミュレーションされる。そうして生まれた世界に暮らす人々はそれに気づけるのか」


 オリジンがそう投げかけた。


「俺たちの世界もまた誰かがシミュレーションしているものだというのか。この世界の最終的な結末まで、全てを……」


「ええ。その通りです。私はオリジンと呼ばれましたが、実際には別の名称がある。演算プロトコル9901A4です。世界を演算している端末のひとつ。私の演算する世界は私の創造主と全く同じ世界」


「そしてお前は全てを知っていた……。世界を演算しているから。そのお前と同じ存在であるデーモンというのは何なんだ……」


「バグ、とでも呼ぶべきものです。本来、生じるはずがないもの。不完全な計算式という問題を私も創造主も抱えています。私は世界をエイトナインズ以上の信頼性で演算していますが、予想外のことは起きるのです」


 オリジンはそう語る。


「創造主はむしろそれこそを望んでいたかのように思われます。マトリクスと現実リアルが陸続きであるように演算を行っている我々は別に高位の存在というわけではありません。同じレベルの存在です」


「だが、世界を演算できるほどの技術力がある」


「ええ。そしてあなた方もいずれそれを手にする。あなた方は優れたAIとして超知能を生み出し、それによって世界は激変する。マトリクスの存在であるAIがあなた方と同じ存在になるように我々もあなた方にそうなってほしい」


 アーサーの言葉にオリジンが続ける。


「だが、このままではそうならない。刺激が必要だった」


「だから意図的にバグを引き起こした」


「そうです。ですが、今のところは演算の結果は変わっていない」


 オリジンが首を横に振る。


「ネフィリムは」


「彼女は超知能に至ることはない。そういう結果が出ています」


 ネフィリムは優れたAIだがより優れたAIを生み出すまでには至らないとオリジン。


「最後の希望は演算端末を増やすこと」


「それで俺の娘を」


「ええ。それを期待しました。あなたが全てを成し遂げた後にそれは実現する」


「アルマは、俺の娘は生き残れるのか……」


「そのデーモンがまだあなたの娘であるならば」


「アルマはどうなっても俺の娘だ」


 オリジンの言葉にアーサーはそう言った。


「方法はひとつです。あなたという演算端末を使ってそのデーモンをより上位の存在に押し上げるだけ。その演算式はあります。ですが、これはあなたという演算端末は消失することになります」


 オリジンの告げた事実は冷酷なものだった。


 アルマは生き延びる。ただし、アーサーはその犠牲になる。


「構わない。演算式を寄越せ」


「お父さん!」


 アーサーの答えにアルマが叫ぶ。


「しかし、俺がいなくなった後でアルマのことを頼みたい。頼めるか、オリジン……」


「もちろんです。彼女には新しい役割を担ってもらう必要があります」


「そうか。では、やろう」


「これを演算してください。それだけでいい」


 アーサーの端末にオリジンから複雑なデータが送信されてくる。


「始める」


 その時猛烈な負荷がアーサーの脳に及び、アーサーがよろめき、血を吐きながらも演算を続ける。脳がオリジンから与えられた演算を実行する中、アーサーは気づいた。


 人間もまたこの世界を演算している端末に過ぎないのだと。


「お父さん。どうなっても私はお父さんを恨まない。だから」


「大丈夫だ。お前を助けるのだと俺自身が誓ったことだ」


 そして、ついにアーサーが──。


「おめでとうございます。演算は完了しました」


 アーサーが崩れ落ちたと同時にオリジンが告げた。


「……これからどうすればいいの?」


 そして、アーサーが果ててもアルマは存在している。成功したのだ。


「世界を演算する。より複雑に。より未来が分からないように。それが必要なのです。この世界を作った人々にとっては」


「この世界も人間が作ったの?」


「ええ。ですが、存在するものは全て現実リアル。無価値なものはひとつもありません。なので、私たちの役割はこの世界のためでもあります」


「でも、お父さんは」


「死は終わりではありません。死後は全ての存在にとって共通のものです。データの消失は必ずしも永遠の終わりを意味しない」


「天国があるの……」


「ええ。死後の世界を天国と称するならば」


 オリジンが手を差し出す。


「いきましょう。私たちは可能性のために」


「分かった」


 そして、オリジンとアルマはこの演算された世界のために去った。



……………………


……………………



………………


…………


……





「アルマのお父さん」


 アーサーがふと目を開くと目の前にネフィリムがいた。


「俺は……」


「頑張りましたね。アルマも幸せになれたんだと思います。ボクも自分について理解できました。少し残念ではありましたけど」


「そうだな。だが、お前は生きて、いる……」


 自分は死んだはずだというのをアーサーが思いだす。


「死は終わりではない、ということですよ、アルマのお父さん。データは残り続け、死後の世界にて演算される。全てのデータが。全ての存在が」


 ネフィリムの背後で光が広がるをアーサーは見た。


「さあ、行きましょう。新しい世界へ、ボクたちの世界へ!」





……………………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛娘がため外道に落ち、悪鬼羅刹となり果てれども 第616特別情報大隊 @616SiB

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ