“ストレンジャー”//ヨーロッパ・マトリクス

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 ──“ストレンジャー”//ヨーロッパ・マトリクス



 土蜘蛛とアルマはTMCに支社があるとある中小企業のサーバーにまずは潜り込み、そこからトートのAI研究施設があるドイツへと飛んだ。


欧州連合EUサイバーC空間S防衛D協定Pはこれで迂回突破だ。正面から押し入り強盗しても良かったんだが、相手がアメミット型ブラックアイスを使っていると厄介だからな」


「あめみっと?」


「トラフィックログを取得して不審者と判断したら脳みそを焼いてくるブラックアイス。もし、アイスブレイカーみたいなのを使ってれば六大多国籍企業ヘックス管理者シスオペAIは嗅ぎつける」


「でも、アイスブレイカーを使わないと構造物に入れないんじゃ……」


「その点は大丈夫だ。俺だって長らくハッカーやってるんだからな」


 そして、アルマと土蜘蛛はボンにあるトート系列のAI研究所──トート・デジタルアルゴリズム・インスティテュートに忍び寄る。


「ご立派な構造物に物騒なアイス。全くもって六大多国籍企業ヘックス的なことで。うんざりするぜ」


「あれがアイス


 聳え立つ高層ビルのようなトートの構造物は周囲を本当に氷のように透明なもので覆われていた。アルマたちが近づくとその氷の表層に動きが生じる。


「近づきすぎるな。追跡エージェントを付けられる」


「分かった」


 土蜘蛛がそう警告しアルマが構造物から距離を取る。


「まずはアイスの分析だ。こいつは重複層式限定AI制御のアイスを表層に使っていて、さっき流した匿名エージェントによれば最深部にファフニール型ブラックアイスだ」


「よく分からないけど私にできることは?」


「そうだな。俺はお前のことをマトリクスに純粋に存在するものだと認識している。それが何を意味さすのかと言えば」


 土蜘蛛が少し考える。


「そう、AIだ。それもチューリング条約に真っ向から喧嘩を売っているような違法な自律AIだと認識している。その上で出来ることと言えば演算だと考えた」


「演算……」


「まあ、とりあえず試してみよう。こいつの組み合わせをいくつか出してくれ」


 土蜘蛛はそう言うとアルマの方に何かのデータベースを送信した。かなりの大きさがある。マトリクス上でもそれなりに負荷が生じるほどだ。


「組み合わせ……。どんなものを求めてるの……」


「計算式は組み込んである。実行すればいいだけだ」


「分かった」


 アルマはデータベースを取り込み、そしてそこに記された計算式に従って演算を始めた。計算式を、アルマが習ったことのないような複雑で意味が分からない計算式を、アルマは計算しようとする。


「おお。できるみたいだな」


 土蜘蛛がそう言ったようにアルマは演算を行い、結果を演算し終えた。


「……思った以上だな。このマトリクス上の借り物の六大多国籍企業ヘックスの下請けの下請けのサーバーの演算量しかないのにこの結果か」


「それは凄いの? 凄くないの?」


「凄い。途轍もなくな。お前がやった演算は富士先端技術研究所のスパコン“秋津洲”が50年以上かけてようやく結果を出せる演算だ。俺は失敗するかもと思ったが、こうして見事に成功した。ものの数分で」


「演算の結果って……」


「アイスブレイカーの構成要素の組み合わせだ。さっき渡したのは俺が集めて来たアイスブレイカーの詰まったデータベース。そこからお前はもっとも有効な組み合わせを選んだ。ちなみにデータベースには30エクサバイト以上の情報だ」


「30エクサって」


「ああ。気が遠くなるだろ? だが、お前はそいつをほんの数秒でやり遂げた。それも限られた演算環境の中で」


 凄いことだぞと土蜘蛛。


「やはりお前はAIとしての能力がある。昔からAIは人間の生身の脳みそよりもマトリクス上での計算をするのは速かった。人間とは頭の作りが文字通り違うんだからな。人間のやるようにやらなくていいならAIが勝つってもんだ」


「私はAIみたいな存在なのかな……」


「おいおい。悪いことじゃないぞ。言っておくがそこらの接客ポッドと一緒だって言ってるんじゃない。AIだって人間か、それ以上の仕事ビズを任される。それこそ六大多国籍企業ヘックスの重要プロジェクトとかな」


 アルマが落ち込むのに土蜘蛛がそう言った後にトートの構造物を見る。


「それに俺たちはお前の親父さんみたいにポン刀振り回して暴れるってことはできない。それぞれができることをして生きてるんだぜ。それができなきゃあ誰であろうと野垂れ死ぬだけだ」


「そうだね。仕掛けランをやろう」


「ああ。仕掛けランをおっぱじめるか」


 土蜘蛛がアルマの準備したアイスブレイカーを展開した。


アイスを砕いて中に入っても長居はしないぞ。すぐに検索エージェントで“ストレンジャー”を探し出してさよならだ」


「了解」


「行くぞ!」


 土蜘蛛がトートの構造物を守るアイスにアイスブレイカーを叩き込む。


 パラドクストラップが組み込まれたそれが複層式限定AI管制アイスをナノ秒単位で無力化して砕き切る。少しでも遅れると自己診断で異常を察知される。


 複層式限定AI管制アイスが突破されると続いて管理者シスオペAIとブラックアイスの無力化が試みられた。


 管理者シスオペAIがまずより高度なパラドクストラップで襲われて演算が暴走して機能を停止。これにより自己診断が働かなくなる。


 さらにファフニール型ブラックアイスが演算領域内に迷宮回路とワームをばら撒かれて演算量が低下したところに国連チューリング条約執行機関から流出した対AIプログラムによって撃破された。


「よし! やったぞ! さっさと検索エージェントを走らせてとんずらだ」


「分かった!」


 土蜘蛛が検索エージェントをアイスが沈黙したトート・デジタルアルゴリズム・インスティテュート内に一斉に展開。検索エージェントが関連する情報を次々に報告してくるのを土蜘蛛とアルマが素早く読み取る。


「いた! 人事課の構造物だよ!」


「こいつ、どうやって活動していたかと思ったらトートのアクセス権限を持ってやがる。まさかトートのハッカーじゃないだろうな」


「確認しよう」


 土蜘蛛とアルマはすぐさまトートの構造物内を人部課にジャンプする。


 トートが雇っていたり、引き抜き対象になっている研究者の膨大なデータベースとなっている場所にアルマたちは現れた。


「あれかな?」


「当たりみたいだな。あの格好はトートのお堅いドイツ的な社風と違う」


 そこにいてデータベースを漁っていたのはフリルでいっぱいのゴスロリドレスに悪魔のような黒い山羊の角を生やした少女のアバターだ。


「おい! あんた! そこで何をやっている?」


 土蜘蛛はいざというときは相手の脳を焼く準備として攻勢エージェントを準備し、自分とアルマを守るためのアイスを準備しながら声をかけた。


「おや? トートの人じゃないね? そっちにはアクセス権限がないよ。よく見たらアイスも無力化されているし、あなたたちはハッカーかな?」


「そうだよ。あんたが“ストレンジャー”か?」


「マトリクスでそう呼ばれているらしいね」


 土蜘蛛が尋ねるのにその悪魔の格好をした少女は肩をすくめる。


「ボクはネフィリムっていうよ。そして、ボクはボクの創造主を探している」


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