“ストレンジャー”//創造主

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 ──“ストレンジャー”//創造主



 “ストレンジャー”として知られるハッカーは自らをネフィリムと名乗った。


「ネフィリム? 妙な名前だな」


「神話の単語だよ。人類に知恵を授けたプロメテウスみたいな存在の子孫、みたいな」


 土蜘蛛が未だに警戒しながら尋ねるのにネフィリムがそう返す。


「それは何かの意味があって名乗ってるのか?」


「いいや。これはボクは創造主から授けられた名前。ボクが創造主に作られたボクであることを定義する名称であり、自称じゃない」


「作られた?」


 妙な言い方に土蜘蛛が怪訝そうな顔をした。


「まさかあなたはAI……」


「そう。ボクはAIだよ。マトリクスに作られた情報生命体!」


 アルマが恐る恐る尋ねるのにネフィリムは堂々とそう名乗った。


「おい。マジかよ。あんた、全然AIに見えないぞ」


「それが問題なんだ。恐らくボクの創造主はチューリング条約に違反してる。ボクはボク自身をまだ理解できていないけど、自分のことを自律AIだって思ってるんだ」


「チューリング条約違反かよ。また面倒な」


 チューリング条約。


 まずきたる2045年問題を控えた2030年代に超知能恐怖症が起きた。それだけAI技術が当時は高まっており、本当に超知能による技術的特異点シンギュラリティが訪れることを人々は恐れたのだ。


 それが要因となり人類を超越する超知能が誕生しないように締結された自律AIの開発を規制する条約である。


「本当にAIなの……。だって、本当に人間みたい」


「ボクには自律的知能があるって思ってる。限定AIのような他律的なものではないって。けど、どうやってそれを証明すればいいのか分からないんだ。ボクの創造主もボクに何も残してくれなかったから」


「あなたは誰かに作られたけど、その人はどこかに行ってしまった……」


「そうなんだ。やっとそれらしき人を見つけたんだけど違ったみたいで。振出しに戻っちゃった。どうしよう……」


 アルマの言葉にネフィリムが見るからに落ち込んだ。


「大変そうだね。私もお父さんが頑張って私のことを助けようとしてるから分かるかもしれない。その気持ちは」


「君は……何か人じゃない感じがするけど」


「うん。私は生きていた私のデータを元に作られた存在。デーモンって呼ばれている」


「デーモン! 本当に?」


「え、ええ。何か知ってるの……」


 ぐいっとネフィリムが迫るのにアルマが困惑しながら尋ねる。


「ボクの創造主についての少ない情報のひとつに彼または彼女がデーモンだったって情報があるんだ。デーモンというものについてはあまり情報はなかったんだけど」


「そうなんだ。実は私たちも──」


 そこで警報が響いた。


「不味い! 管理者シスオペAIが復帰した! 異常に気付いてるぞ! 話はここからずらかってからでいいだろ!」


「逃げるならこっちから! ボクが使ったプラチナ回線がある!」


「ありがとよ!」


 ネフィリムの案内で土蜘蛛とアルマが警報の響くトートの構造物から脱出。


「このプラチナ回線、どこに繋がってるんだ……」


「ベルリンのデータハブ。TMCのデータハブまで一直線だよ」


「あんたもTMCが縄張りか」


「あそこは便利だから、いろいろと」


「どうりでTMCを縄張りにしている連中が噂していたわけだな」


 ネフィリムの言葉に土蜘蛛が納得。


「さあ、TMCへジャンプ!」


 そしてデータハブからデータハブへの高速転送で一気にヨーロッパから極東のTMCまで一気にジャンプし、そしてTMCサイバー・ワンのデータハブから雑多なTMCのマトリクス空間へと逃れた。


「追跡エージェントはいない。無事に逃げれたな。信じられねえぜ」


「さて、話の続きを!」


 ネフィリムが早速というようにアルマの方を向く。


「私たちはオリジンと呼んでそれを追っている。メティスが把握しているデーモンを。お父さんはオリジンさえ捕まえられれば私を生かすことができるって」


「生かす? あなたは何かデータに障害でもあるのですか? マトリクスに死はありませんよ。ボクだっていくつも複製を作ってストックしてあります。マトリクスにいる全ての存在がいずれそうなるでしょう」


 アルマの言葉にネフィリムがAIらしい疑問を覚えた。


「デーモンは純粋なデータの存在じゃないってお父さんは思ってる。少なくとも最初の私は確かにデータの存在だった。けど、メティスが魂という肉体を与えた。お父さんはそのことでずっと自分を責めてるんだ」


「魂……」


「うん。シジウィック発火現象って言ってるもの。私はマトリクス上ではデジタルに振る舞えるけど現実リアルで魂だけの存在は存在できないから、お父さんに宿ることになっている。そのせいで」


 アルマがそう言って言葉を詰まらせた。


「なるほど。そのような存在がオリジン。ボクの創造主である存在だと。奇妙ではありますが、ボクの創造主ならただのハッカーというより可能性はありますね。そして、あなたたちもオリジンを探しているのですね……」


「俺はただの仕事ビズだ。オリジンを探しているのはこいつの親父さんだけ。俺は金以上のことはしない」


 ネフィリムの言葉に土蜘蛛は首を横に振る。


「あなたもオリジンを探しているのなら協力できないかな? 私たちも現実リアルでオリジンを追っている。あなたと私はマトリクスで、お父さんはこのまま現実リアルでオリジンを追う。どうかな……」


「いいですね! 乗りますよ。ボクたちは協力し合えます。であるならば協力しましょう。そうしましょう。その提案を出してくれて嬉しいです!」


 アルマの提案にネフィリムが満面の笑顔を浮かべた。


「では、まずお互いの持っていいるオリジンについての情報を交換しませんか? ボクの持っている情報はこれぐらいですが」


「えっと。情報はお父さんが持ってるから連絡してみる」


「はい」


 ネフィリムが待っている間にアルマがアーサーに連絡を取る。


「お父さん? オリジンについて情報を持っている人──人と同じような存在と会ったよ。彼女もオリジンを追っていて協力してくれるって。これでよかったよね?」


『アルマ。それは信頼のできる相手なのか?』


「多分できると思う。彼女も困ってるんだ。自分で自分が何なのかを理解できずにいて困ってる。私と同じように」


『お前はお前だ。悩む必要はない』


「でも、私はもう死んでる。そうでしょう?」


『……お前は死んでなんていない』


「お父さんはそう思ってるんだね。けど、協力はしてほしい。お父さんひとりじゃオリジンは見つけられないよ。オリジンを探すにはマトリクスでも捜索をしないと」


『ああ。そうだな。向こうは何をすればいいと言っている?』


「今からその人に繋ぐね」


 そう言ってアルマはアーサーをネフィリムに繋いだ。


「初めまして! ボクはネフィリムと言います。そして、ボクは創造主であるオリジンを追っています。あなたがアルマさんのお父様ですか?」


『ああ。しかし、創造主とは?』


「ボクはAIです。オリジンによって作られた情報生命体」


『……チューリング条約には?』


「恐らく抵触しています」


『なるほど。オリジンは超知能の可能性がある。そして、超知能は自律したAIがさらに優れたAIを生み出し、それを繰り返すことで人類を超越するとされていた。そう考えれば不思議ではない』


 ネフィリムの言葉にアーサーがそう告げる。


「では、協力していただけますか?」


『ああ。手を組もう。チューリング条約違反の自律AIが好き勝手に動いているということはお前は六大多国籍企業ヘックスとは無関係なのだろう……』


「そうなります。あなたは六大多国籍企業ヘックスがお嫌いですか?」


 アーサーの問いにネフィリムが首を傾げる。


『憎んですらいる』


 アーサーはそう答えるのみ。


……………………

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