“ストレンジャー”//仕掛け

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 ──“ストレンジャー”//仕掛け



「でさ、また見つけたよ。今度はTMCサイバー・ワンの管理AI“スクナビコ”の付近でうろうろしてた。よく見たら“スクナビコ”と対話してやがったんだ! 管理AIから会話を引き出してた。あり得ると思うか?」


 トピックにいたSF映画のグロテスクな宇宙人の姿をしたアバターが尋ねる。


「それは“ストレンジャー”が優れたAI技術者であることを意味するな。管理AIは自律AIじゃない。話をしたってことは“スクナビコ”をハックして情報を盗み出してるってことじゃないか?」


 同じくトピックにいた魚人の姿をしたアバターがそう発言した。


「その可能性は否定できない。“ストレンジャー”は凄腕のハッカーでAI技術者。それでもってやりたいことが分からない変人」


「マジでこいつは何がしたいのか分からない。何かの情報が得たいようにも見えるが、何かしらの仕事ビズをやっているわけでもない。今までやってることはどれもリスクの割に何のリターンもないこと」


「ハッカーがただの野次馬根性の生き物だとしても自分の命は優先するよな?」


「とんでもない馬鹿か、あるいは凄腕のハッカーの暇つぶしか」


 どうやら“ストレンジャー”がその名で呼ばれているのは、その行為に利益が見つからないためらしい。つまり無駄なことをしているから。


 ただ、その無駄なことが何の意味もないというだけのことではなく、高度な行為で見返り以上のリスクがあるが、しかいs無駄なことということなのだ。だから、マトリクスで話題になっている。


「なあ、新しい“ストレンジャー”についての情報だ」


 そこで三頭身のアニメキャラのあバターをしている女性が発言した。


「また奴が確認された。今度はどこだと思う? 国防省の構造物だ」


「おいおい。流石にそれは不味いぞ。日本情報軍が出張ってくる話だろ、それ」


 日本政府系構造物はどれも脆弱でやろうと思えば未だにDoS攻撃でサーバーが落ちるほどである。慣れたハッカーからすればアイスブレイカーの実験相手程度の気軽さで攻撃されて破壊されている。


 だが、その中でも国防省だけは例外だ。この構造物の防衛は日本情報軍のサイバー戦部隊と大井系列の民間軍事会社PMSC太平洋保安公司によって守られている。そのような超高度軍用のセキュリティが施されているのだ。


 そんな場所に迂闊に手を出せばサイバー戦部隊か、あるいはブラックアイスで脳を焼かれて死ぬことになるだろう。


「そこで何してたんだ、“ストレンジャー”は?」


「人を探してたらしい。人事ファイルにアクセスした形跡があったと把握している。だが、国防軍の軍人じゃなかった。探していたのは国防装備庁から軍用AI関係の依頼を受けている技術者だ」


「名前は?」


「分からん。アクセスできるセキュリティクリアランスが馬鹿みたいに高い。この情報が見れるのは大将以上か国防大臣だけだな」


「そりゃあ、いくら何でもちょっとした覗き見と言い張るには無理があるぜ。明確な機密への侵害だ。今頃は“ストレンジャー”のところに大井統合安全保障の緊急即部隊QRFがこんにちはわかね……」


 日本情報軍か太平洋保安公司のサイバーセキュリティから通報が届けば、日本を含めてアジアの多くの地域に民営警察機関として進出している大井統合安全保障の部隊が令状がなかろうが突っ込んでくる。


「それが通報されてない。日本情報軍も太平洋保安公司も“ストレンジャー”がどこから仕掛けランをやったか分からなかったみたいだな」


「マジかよ」


「マジだ」


 三頭身の少女のアバターがそういって肩をすくめた。


「おっと。俺の検索エージェントちゃんが情報を拾ってくれたぞ」


「何か分かったの?」


 そこで土蜘蛛がトピックのテーブルから離れ、プライベートモードでマトリクスに放った検索エージェントが拾ってきた情報を展開する。


「ここ最近消えたAI研究者について探させた。有名どころを片っ端からな。そうしたらヒットだ。少しは見直したか……」


「そんなことも分かるんだ」


「ああ。亀の甲より年の劫とは言ったものだろ」


「それで“ストレンジャー”が探しているのは誰なの……」


「臥龍岡夏妃。ちょっとしたアングラの有名人だ。まともなAI研究者だったんだが、変なファンが多くてな。いわゆる技術的特異点シンギュラリティオタクどものアイドルって感じだったな」


技術的特異点シンギュラリティオタク……」


「知らないか? 絶対に2045年に技術的特異点シンギュラリティが起きるって騒いでいた連中。あれは思うと2012年にマヤ文明の予言で人類が滅ぶとか言ってたのと似たようなカルトだったな」


 土蜘蛛はそう言って肩をすくめた。


「それはともあれこの臥龍岡夏妃を追いかけている“ストレンジャー”を追いかける。臥龍岡夏妃の名前で検索エージェントを走らせているが」


「ヒットしそう……」


「しないとお前の親父が困るぞ」


 土蜘蛛が放った検索エージェントが成果を握って戻って来るのを待つ。


「おっと。帰って来た。どれどれ、奴はどこに向かっている……」


「どこだった……」


「ああ。こいつは不味い」


 アルマが尋ねるのに土蜘蛛が呻いた。


「トートだ。ドイツにあるトートのAI研究施設でヒットした。とは言え、何の情報なのかはさっぱりだが。ここに臥龍岡夏妃がいるのか、それともこいつらはただ名前を記録していただけなのか」


「他にヒットは……」


「ねえな。一時期は馬鹿みたいにヒットしたものだが綺麗さっぱり消えやがった。どういうことなんだろうな……」


「それよりそのトートの施設にはいかないの?」


「おい。トートが何か分かってるのか……。連中は六大多国籍企業ヘックスのひとつだ。お前たちを追ってるメティスと同じような馬鹿デカい会社だ」


「でも、そこに“ストレンジャー”はいるし“ストレンジャー”は危ない場所にいる。“ストレンジャー”を探すならばそこに行かないと」


「はあ。マジかよ。トートを相手に仕掛けランか。お前ら親子に会って人生上向きになったと思ったが、これが反動って奴なのかね」


「お願い。私だけじゃ無理だから」


 アルマがそう土蜘蛛に訴える。


「分かった。付き合う。俺もハッカーだし、俺に残されている人生なんてのは公園のトイレットペーパーより短い。やるだけやってやるさ、畜生め」


「じゃあ、どのように動くのか教えて?」


 土蜘蛛が自棄になったようにそう言い、アルマが尋ねる。


「その年じゃマトリクスについちゃ素人だろうから教えてやる。まずマトリクス上に存在する構想物はアイスってものに守られている。単純にアクセス権のない人間を拒否するものから、そいつの脳みそをローストするのまで」


 視覚化されたマトリクスにおいては構造物というものがまず存在する。それはBAR.三毛猫のような電子掲示板BBSだったり、企業のサーバーであったりと。


 そして、それらはアイス──侵入I対抗C電子機器Eというもので守られている。ただの侵入させない壁であったり、相手の脳を焼く攻撃的な防御──ブラックアイスであったりと種類は様々。


「これから向かうトートのAI研究施設もこのアイスで守られている。つまり、最初にやるのはこのアイスをぶち抜くことだ」


「ハッカーみたいだね」


「みたいじゃなくてハッカーなんだよ。それで必要になるのはアイスを砕くプログラム。アイスブレイカーだ。これは俺が準備しているのを使う。さあ、仕掛けランをやろうぜ、ちびっ子の相棒」


「了解!」


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