グリゴリの叡智

“ストレンジャー”//土蜘蛛

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 ──“ストレンジャー”//土蜘蛛



 アーサーが土蜘蛛と会うことを約束したのはTMCセクター13/6にあるバーであった。


 安物の化学薬品臭がする合成酒をさらに薄めたり、有害な化学薬品で割って出したりするろくでもない店だ。いるのもそういうもので酔うしかないようなどうしようもない人生を送って来た人間ばかり。


 だが、その分外部の人間が分かりやすい。こういう場所は根っからの負け組であるセクター13/6の住民以外をあぶりだす。


「よう、アーサー。ついにオリジンについて何か掴んだって……」


 土蜘蛛は約束の時間より15分遅れてアロハと七分丈のカーゴパンツにいつものようにワイヤレスサイバーデッキを付けて現れた。


 今日は腰に45口径の自動拳銃を下げている。ID登録など当然していないものだ。


「ああ。ジェーン・ドウからの情報だ」


「どこのジェーン・ドウだ……」


「知らん。あの手の人種は自分の所属を明かしたりしない」


「そうだな。で、そいつは何だって……」


「オリジンはマトリクスから接触してくる、と」


「ほう」


 アーサーの言葉に土蜘蛛が目を細めて興味を示した。


「つまり、俺を呼んだのはマトリクスでの仕事ビズを依頼したいからか?」


「それもある。同時にアルマを頼みたい」


「あんたの娘……」


「アルマもマトリにクスに潜れるし、あの子はそれを望んでいる」


 困惑した様子の土蜘蛛にアーサーがそう言う。


「ふむ。じゃあ、面倒見ておいてやるよ。まずは場所を移すぞ。ここじゃあ、マトリクスがどうのという話じゃない」


「ああ」


 土蜘蛛に続いてアーサーがバーを出る。


「俺も昔はあんな店でよく分からないものを飲んでいたが、今じゃあちゃんとした酒を飲んでるぜ。グラス1杯で6000新円するような奴をな」


「少し自棄になってないか……」


「かもな。人生でチャンスが巡って来たと思ったらこんな年寄りになっちまってる。このセクター13/6ゴミ溜めの平均寿命が何歳か知ってるか? 男は43歳で女は45歳だ。もう俺の人生は終わりかけてんだよ」


「だが、それでも生きている。後はどう死ぬかを考えるだけだな」


「そうだな。どう死ぬか。惨めで苦しい死に方は嫌だね」


 そんなことを話しながらアーサーは土蜘蛛が拠点にしているマンションに到着した。共同玄関には三重の生体認証が付いており、部外者を締め出している。


 さらにはリモートタレットが常時スキャナーで不審者を探っていた。


 アーサーたちはそんなセキュリティを抜け、土蜘蛛の仕事部屋に入る。


「ここが俺の城だ」


 4LDKの部屋にはスペックをとことん突き詰めたハイエンドモデルのサイバーデッキがズンとリビングルームに中央に置かれ、他にあるのは電子レンジと冷蔵庫ぐらいのある意味質素な部屋だ。


「片付いているな」


「ああ。こう見えて几帳面なんだよ。部屋が汚いと仕事ビズをやる気がなくなる。まあ、掃除が趣味みたいなもんだ」


 アーサーが感想を述べるのに土蜘蛛はそう言ってキングサイズのベッドほどはあるサイバーデッキに腰かけた。


「で、あんたの娘はどうやってマトリクスに?」


「アルマは……今のアルマは元々マトリクスの存在だ。おれのワイヤレスサイバーデッキを介してマトリクスに潜ることができる」


「結構。じゃあ、始めるか」


 土蜘蛛はそういうとワイヤレスサイバーデッキを外し、ベッド型のサイバーデッキのワイヤーをBCIポートに接続して横になった。


「アルマ」


「お父さん。準備はできてるよ。今からマトリクスに行ってくるね」


「気を付けるんだぞ。土蜘蛛に従うんだ。いいな?」


「分かってるよ」


「では、いいぞ」


 アルマはアーサーのワイヤレスサイバーデッキを通じてマトリクスにダイブした。


 場がフリップする。


 土蜘蛛がマトリクス上で待ち合わせ場所にしたのは会員制電子掲示板BBSのひとつであり、TMCのハッカーたちが集まるBAR.三毛猫という場所だ。その入り口で土蜘蛛はアルマを待った。


「土蜘蛛さん」


「あんたがアーサーの娘か? 確かに目元が少し父親似だな」


 アルマのアバターは生身の姿のままだが、土蜘蛛は海外の犯罪ドラマに出てくる科学捜査班の姿をしていた。


「ありがとう。今回はお願いします」


「ああ。しっかりついて来いよ。行くぞ」


 土蜘蛛たちはまず近くにある電子掲示板BBSにログイン。土蜘蛛からアルマに招待状が送られ、会員証が発行されている。


「ここがBAR.三毛猫」


「騒ぎは起こすなよ。ここの連中は全員がそれなりの技術があるハッカーどもだ」


 BAR.三毛猫はその名の通りバーのような見た目をしており、トピックはテーブルとして設置され、カウンター席は雑談場所に、ジュークボックスは過去ログの再生に使われるようになっていた。


 そして、カウンダ―の向こうにはBAR.三毛猫の管理人がいる。ブードゥーの祭りに使われる衣装を纏った巨人だ。


「おい、ディーの坊主。頼んでおいた仕事ビズはどうなってる……」


 土蜘蛛はその中で中年男性のアバターをした人物に声をかけた。


「ああ。土蜘蛛の旦那か。調べてあるよ。その前に報酬を貰えるかね……」


「全く、ちゃっかりたかりやがって。まあ、今の俺はリッチだからな。ほら、3万新円だ。情報を寄越せ、悪戯坊主」


 ディーと呼ばれたそのハッカーがにやりと笑って言うのに土蜘蛛は肩をすくめてディーにそれなりの大金を送金した。


「これだ。あんたが探しているマトリクスの妙な動き。メティス保安部とベータ・セキュリティのサイバー戦部隊がが動いているみたいだが……」


「いらんことを探るのは早死にするハッカーの典型だぞ。悪いことは言わないから仕事ビズだけしておけ。余計なことをして死ぬなんて間抜けもいいところだ」


「俺たちハッカーはここに老人ホームからボケたままログインする気はない。人生で最高のスペックが発揮できる間に何を成すかが重要だ。違うかい……」


「それじゃあ、俺はもう死ぬ損ねてるな。情報、ありがとよ、坊主。また仕事ビズがあったら頼むぞ」


「幸運を、土蜘蛛の旦那」


 ディーというハッカーはそう言って土蜘蛛に手を振って別れた。


「さて、情報だ。あいつはマトリクスで騒ぎがあったら知らせるようにいつも頼んでいるハッカーでな。何かしら掴んだようだ。見てみるとしよう」


「ええ」


 そして、土蜘蛛とアルマがディーの集めた情報を展開する。


「妙なハッカーがうろついている、か」


「“ストレンジャー”? よそ者ストレンジャーってどういう意味かな……」


「この手の呼び名は本人が名乗ってるわけじゃない。他人が勝手に付けたもの。そういうことからするとかなりの変人らしいな。マトリクスで変人奇人を見て来た連中が敢えてよそ者ストレンジャーって呼んでるくらいだからな」


「ここからどう探るの?」


「ここで探るんだよ、お嬢ちゃん。本当ならこの掲示板に入り浸ってりゃ情報が自然と入るんだが、俺には現実リアル仕事ビズをする必要があるからここでだらだらしてはおられんのだ」


 土蜘蛛はアルマにそう言うとトピックを検索した。


「あったぞ。『“ストレンジャー”について話しましょう!』ってトピックだ。ほどほどに人がいるな」


電子掲示板BBSで情報を集めるなんてちょっと思ってた情報屋と違う」


「うるさいな。情報があるところを知ってるのが情報屋なんだ。来いよ」


 アルマががっかりした様子なのに土蜘蛛がそう言ってトピックに進んだ。


……………………

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