第14話
「名雪、その月というのはどこにあるんだろうか?」
宇宙船の存在がこうして地球中に放送されてしまったのは不測の事態だが、悩むよりも先に宇宙船の状態を確認しに行かなければならない。
「具体的な場所ばではわからないけど、夜になると空に光って見えますよ」
「目視で見ることができるということは、そう遠くはない場所にあるということだな」
窓の前まで移動して空を見上げると、確かに目視できる距離に天体があることがわかる。
「あの一番近くに見える天体が月で間違いないか?」
「えっと、それで間違いないと思いますけど、昼前なのに月が見えるんですか?」
名雪が疑問を抱きながら、ハイルと共に隣に寄って空を見上げた。
「……見つけた、宇宙船はあれだな。ハイル、お前はどうだ?」
「はい、こちらも視認できました」
俺は人並み外れた身体能力のおかげで、軽く意識を集中するだけで遙か遠くの物まで見通すことができる。普段は日常に不便がないように力を抑えているが。ハイルの場合は星術で視力を強化すれば事足りる。
見たところ宇宙船の近くに人影は見当たらないが、姿を隠しているだけで近くに潜んでいる可能性も否定できない。
「他の勢力に奪われるわけにはいかない、ここはお前に任せるとしよう。こっちのことは気にするな、最大限の警戒を忘れずに行け」
「はっ! 承知致しました、アルフリード様」
俺の指示を聞いたハイルはその場で姿を消す星術を発動させた後、続けざまに転移の星術を使用してその場から消えた。
「あの、ここから宇宙船が見えたの? 私には月すら見えないんだけど……」
何かあればすぐに援護に迎えるよう、宇宙船のすぐ近くに転移したハイルの様子を注視していると、隣から名雪が肩を軽く叩いてきた。
「あぁ、ちょうど今ハイルが宇宙船に入ったところだな」
「そ、そうなんだ……」
名雪は驚きの表情を浮かべているが、今は宇宙船に意識を集中する。
しばらくすると突然宇宙船が見えなくなり、それから少ししてハイルが同じ位置に転移して戻ってきた。
「ただいま戻りました。アルフリード様、至急お伝えしたいことが」
「わかった、場所を変えよう」
ハイルの様子からただならぬ雰囲気を感じたため、物置部屋に場所を移して話を聞くことにした。
「それで、何があった?」
「まず、宇宙船の状況ですが、完全に機能が停止していました。恐らくですが、銀河穴の影響で動力源が機能していないのでしょう。そして船内の物資が全て消失していました」
「半永久的に稼働するとアイリーンの奴は豪語していたが、流石に銀河穴の影響は防げなかったか。物資の消失も銀河穴の影響か、それとも何者かが持ち去ったのか、お前はどう思う」
「推測に過ぎませんが、こちらも銀河穴の影響かと…… 食料や武器だけならともかく、生活備品や、廃棄物まで何者かが持ち去るとは思えません」
「それもそうだな」
ハイルの推測通り物資に関してもひとまずは銀河穴の影響と仮定していいだろう。
宇宙船を発見したことで、この惑星からの脱出の道も僅かながら兆しが見えていたのだが、流石に無事というわけにはいかなかったか。
「宇宙船はその存在を隠すために、船内に自立型の芒陣を敷いて結界を展開し、周辺一帯にも私が星術で認識阻害の結界を張りました」
自立型の芒陣は使用する術者の技量次第で効果時間は変動する。ハイルほどの実力者であれば直接破壊でもされない限り効果が消えることはないだろう。
そして星術による結界は、術者のハイルから星力が供給され続ける限り維持される。つまり、ハイルが星力を供給する余裕がなくなるほどの事態と、船内に敷いた芒陣の破壊が同時に起きない限りは、他者に宇宙船の存在を知られることがないということだ。
俺でもかなり意識を集中しなければ宇宙船の存在を認識することができないため、二重の結界を突破できる者がいれば、それは相手を褒める他ないだろう。
「そしてここからが本題なのですが、恐らく、宇宙船の周囲に何者かが存在していた可能性があります」
「どういうことだ、お前はそれを確認したわけではないと?」
俺の問いにハイルは苦渋の表情を浮かべながら状況を説明する。
「船内に芒陣を敷いている際に、何者かの視線と気配を感じました。すぐさま臨戦態勢を取って星術で周囲を捜索したのですが、それらしい存在を確認することはできませんでした」
その何者かが外から様子を窺っていたのは間違いないだろう。しかし、俺が見ていた限りでも宇宙船の周辺にそれらしい影は見当たらなかった。船内の様子まではわからなかったが、そこまで近い距離であれば流石にハイルが気づかないわけがない。
「もしかしたら私の勘違いという可能性もないわけではないのですが……」
報告を聞いて黙って考え込んでいると、ハイルが申し訳なさそうにそう口にする。
「いや、お前がそう感じたのであればまず間違いないだろう。重要なのはお前の探知すら欺いたその存在の方だな」
「面目ございません」
「気にするな、結界を張って無事に戻ってきた時点でお前は役目を果たしている」
ハイルが視線を感じたということは、その何者かは先にハイルを補足していたことになる。奇襲できる状況で攻撃をしてこなかったことから、今のところは敵対する意思はないのかもしれない。
「とはいえ、星力に精通した存在がいるのは初めから予想していたことだ。これまで通り警戒を怠らずに情報を集める方針に変わりはないが、仮にその存在が接触してきた場合は絶対に一人で対処するな。合流が最優先だ、わかったな」
「承知致しました、アルフリード様」
ひとまず方針が定まったところで、会議を終えてリビングに戻る。
「あら、話は終わったみたいね。テレビに映ってた宇宙船って、やっぱりあなたたちの物だったの?」
リビングに入ってすぐ、こちらに気が付いた未来が声を掛けてきた。
「あれは我々が乗っていた宇宙船で間違いない。しかし、転移の影響で故障してしまったらしく、動かすことはできそうにない」
「そうなの、それは残念ね……」
未来は名雪と遊んでいるミリアに視線を向けながら悲しそうな表情を浮かべていた。
「未来殿、非常に申し訳ないのだが、やはりしばらくは世話にならざる終えないようだ」
「それはもちろん大丈夫よ、気兼ねなく頼ってちょうだい」
「重ねが重ね感謝する」
ハイルと二人で頭を下げ感謝を伝えた後、未来はふと何かを思いついたように、満面の笑みを浮かべながら手を打ち鳴らした。
「そうだわ、良かったら二人とも学校に通ってみたらどうかしら?」
「えぇ!? そんなの無理に決まってるって!」
名雪が遠くから未来の言葉を耳にして、驚きの表情で口を挟んできた。
どうやら名雪は否定的な意見のようだが、こちらとしては地球の教育期間に潜入できるのはかなり好都合だ。
地球の文化を知らない自分たちが手探りで情報を集めるのは、やはり非常に困難だと言わざる終えない。その点、教育期間に潜入することができれば、自然に情報を集めることも、名雪や未来以外の地球人との交流も図ることができるだろう。
どちらがより効率的に情報収集を行えるかは一目瞭然。ここは何としても未来の案を実現させる方向に持っていくしかない。
横目でハイルに視線を向けると、こちらの意図を察して軽く頷いて見せた。
進軍せよ、我らはデストロイヤー軍!! ポヨン @poyonsan
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