第10話

「この部屋がそうなんだけど、前に入ったのは何時だったっけな……あはは」


 未来が言葉を失ってしまったように、扉を開けた瞬間に部屋の中の埃が舞ってお世辞にも長居できそうな空間ではない。


「ハイル」

「承知しました」


 声を掛けるといつものようにこちらの意図を察してハイルが星術の構えを取った。


「浄化」


 ハイルがそう呟くと部屋の中が淡い光で埋め尽くされ、それが収まると埃が舞っていた部屋の中は空気が澄んだような清潔な空間へと様変わりしていた。


 一見すると簡単なようにも思える星術だが、実はそうではない。一般的には埃を除去するなら窓を開けて風を生み出して埃を外へと誘導すればいい。しかしハイルの場合は高精度の星術で埃だけでなく部屋の中に存在する人体に害になり得るような物全てを分子レベルにまで分解している。


「荷物を少し移動させてもいいだろうか?」

「それは全然構わないけど、今は何をしたのかしら?」

「凄い、まるでリフォームしたみたいにピカピカになってる……」

「星術で部屋に存在する汚れの類いを全て排除させてもらいました。これで掃除の必要はないでしょう」


 ハイルがそう質問に答えると未来が喰い気味に詰め寄っていった。


「それってこの家全体にもできるのかしら!?」


 少し戸惑ったようにハイルがこちらに視線を向けてくる。許可を出すように俺が小さく頷くと、ハイルは再び星術を発動した。


「あらまぁ! 新築だった頃を思い出すわね、感謝するわ」

「この程度であれば雑作もありません。少しでもお役に立てたのならこちらとしても嬉しい限りです」

「さすがはハイルなのじゃ、褒めて遣わす」

「ありがとうございます、ミリア様」


 何故か偉そうに胸を張るミリアに対してハイルはいつものように礼儀正しく一礼した。


 その後は部屋の物を隅へと移動させてある程度のスペースを確保すると、未来から二人分の寝具を借り受けた。

 余っている寝具が二つのみとのことだったが、ミリアのサイズなら俺と二人で使用しても問題はない。



「それじゃあ、改めて今後の方針を確認するか」

「はっ!」


 今この部屋に居るのは俺たち三人のみ。


 夜も遅いと言うことで地球人の二人は眠りにつくようだ。種族によっては夜行性の場合もあるのだが、地球人が俺たちと似た生態なのは助かった。


 ちなみにミリアは既に睡魔に負けて一人夢の中へと旅立っている。

 まぁ、起きている方が何かと面倒なのでこちらとしてはありがたい限りだ。


「ひとまずこの住居の地球人とは友好的な関係が築けたと言っていいだろう」

「はい、私も同じ考えです」

「この惑星の軍隊が持つ主要武器は銃とのことだが、ハッキリ言って動力が星力でない以上脅威ではないな」

「爆発を利用して弾丸を撃ち出す仕組みでは光線銃ほどの威力は発揮できないでしょう。乗り物に搭載する大型の武器も、余程の不意を突かれない限りは問題にならないと思います」


 この惑星では動力の元となる知識を化学と言うらしいが、宇宙で一般的な星学と比べるとかなりの文明差がある。


「それで、お前はどう思う?」


 全てを説明せずとも現状で最も懸念するべき点はハイルであれば理解しているはずだ。


「先ほどの地球人の反応を見るに世間一般に星力が認知されていないのは事実でしょう。しかし何度も申し上げたとおりこの惑星が保有する星力の規模は異常です。それがどれほど大きな組織かは判断致しかねますが、やはり存在するでしょう。意図的に星力の存在を隠している者たちが」


 表に出ずとも裏で暗躍する組織はどの惑星においても珍しくない。しかしこの惑星に限っては話が変わってくる。

 そもそも、これだけ星力を保有しているにも関わらず宇宙全土にこの惑星の存在が知れ渡っていないのは何かしらの隠蔽がされているからに他ならない。


 そして、何よりも信じがたい事実はこの星の住民が星力を認知していないことにある。


 星力を利用すれば今とは比べものにならないほどの文明レベルに達することができるにも関わらず、それを防ぐような真似をして何のメリットがあるのか。


 考えれば考えればるほどに不可解だ。現状では情報がなさ過ぎるが故に判断できないため、やはり最優先すべきはこの惑星の情報収集だろう。


 大まかな文明レベルについては多少知ることができたが、些細な情報にもこの惑星の核心に迫るヒントが隠されているかも知れない。


 まずは質より量を取って情報を集め、一つ一つ慎重に精査していく必要がある。


「今後も継続してこの住居の地球人との友好を深めつつ、広範囲に渡って少しずつ情報を集めていくとしよう。平和なこの惑星では俺の力は役立ちそうにない。お前が頼りだぞ、ハイル」

「はっ! お任せください、アルフリード様」


 そうして俺たちも眠りについて明日に備えた。


 余談にはなるが、多くの戦場を経験してきた俺たちは仮に眠っていたとしても、こちらに対しての害意を感じれば即座に反応することができる。


 可能性は限りなく低いが、この住居の地球人が襲撃してきても問題はない。


 最も警戒すべきは星力の知識を持つ組織からの襲撃。ミリアは別として、この惑星に滞在する限り何時いかなる時も襲撃に対処できるように最大限の警戒を維持する必要があった。

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