第7話

「状況は一刻を争うかもしれん。食事の用意をしている場所というのはどこにある?」

「け、剣!? それって本物……」

「こちらとしても不本意だが、隠し通すというのであれば容赦はできない」


 俺とほとんど同じタイミングで後方に控えていたハイルも星術の構えを取って戦闘態勢に入る。

 相手が敵対することを選択した場合、数秒後にはこの場が戦場となるだろう。


「こ、こっちです!」


 本城名雪と視線が交差すると直ぐに俺たちを誘導するように指をさして部屋を出る。


 一先ず戦闘は回避できたようだがまだまだ油断はできない。

 本城名雪が自分に有利な場所に俺たちを誘導しようとしている可能性は捨てきれないし、ミリアを捕まえるまでの時間稼ぎという可能性もある。


 今は無防備にも俺たちに背を見せているが、何をきっかけに本性を現すか。不審な行動をした瞬間、即座に斬り捨てられるように準備だけはしておく。


 この建物の構造を把握していないため、目的の場所までどれだけ距離があるのか予想できなかったが、階段を下りて直ぐの扉を開けるとそこが目的地だったようだ。


 先程よりも広々とした部屋に入ると、本城名雪と似通った外見を持つ母親と思しき地球人の傍にミリアはいた。


「う、美味い! これは何という飲み物なのじゃ?」

「カレーを知らないの? これは飲み物じゃなくて食べ物よ。お口に合ったのなら良かったわ」

「うむ、褒めてつかわす」

「ふふふっ、ありがとう」


 その光景を呆気に取られるように見守っていた俺たちに本城名雪の母親が気付いた。


「あら名雪、お友達が来ているなら教えてくれないと。作り置きしようと思っていたから量は足りるはずだけど、お友達は何人来ているの?」

「と、友達!?」

「違うの?」

「え、いや、なんていうかその……」

「んもう、ハッキリしないわねぇ。この女の子とそちらのお二人だけかしら?」


 地球人(母)は煮え切らない態度を示す本城名雪から視線を俺に移した。

 一先ずミリアの無事を確認できたため、ここは下手に逆らわずこの場の流れに身を任せる事にする。


「三人で間違いはない」

「そう、なら良かったわ。直ぐに用意できるからそこに座って待っててくれるかしら」


 地球人(母)が示す先には食卓らしきテーブルがあり、六人ほどが利用できる広さがある。

 先ほど口にした食べ物に余程未練があるのか、それが入った鍋をキラキラとした瞳で見つめるミリアを担ぎ上げ、俺、ミリア、ハイルの順で三人が横並びの形で座り、俺の正面に本城名雪が腰を下ろした。


 地球人(母)の言った通りそう時間はかからずに料理が目の前に運ばれてくる。自分の分の皿が目の前に置かれた瞬間にミリアは手を付けようとするが、流石に止めさせた。


 惑星の文化体系は違えど食のマナーにさして違いはないはず。全員が揃ってから食すのが筋だろう。


 だがそれよりも、俺は目の前に置かれた料理から目が離せなかった。

 先ほどミリアが口にして味を絶賛したことから、料理としては全く問題ない出来だと理解できる。しかし食欲が惹かれるという見た目ではない。


 ハイルも俺と同じ思いを抱いているのか、苦渋の表情を浮かべて目の前の料理を凝視し続けていた。

 皿の半分には無数の白い粒のような物が敷き詰められており、もう半分には茶色いドロドロとした液体が占めている。


 白い粒は恐らく宇宙でも一般的な主食となっている穀物と類似した物。問題なのは液状の茶色い食材だ。何をどうすればこうも凄惨な料理が完成するのだろうか。


 しかしその見た目とは裏腹に香ってくる匂いは食欲がそそられるものも確か。

 良い意味で鼻につくその香りは、複数の香辛料が絶妙なバランスで構成されていることを物語っている。


 これは食べ物ではないと訴えかける視覚と、早く食せと言わんばかりに情報を伝えてくる嗅覚が頭の中で喧嘩を始める。


 そして、遂にその時が訪れた。


「お待たせしちゃったわね」

「いや、食料の提供感謝する」

「なぁ、もう食べてもいいのか?」

「あらあら、ごめんなさいね。それじゃあ……」

「「いただきます」」


 地球人は両手を合わせてそう口にした。

 その行為が地球で食事をする際の儀式なのだと察し、俺たちも地球の流儀に倣うことにする。


 俺が目配せするとハイルも事情を察して両手を合わせる。今か今かと待ち侘びているミリアの両手を合わせてから俺も両手を合わせた。


「ミリア、お前も真似するんだぞ」

「「いただきます」」

「いただきます、なのじゃ!」


 ミリアは即座に皿の前に置かれたスプーンを握り、待ちわびていた料理に手を付けた。

 料理を口に運ぶとその手が止まることはなく一心不乱に何度も繰り返し口に運び続ける。


「美味い、美味いのじゃ!」

「そんなに美味しそうに食べてくれると私も作った甲斐があるわ」


 地球人の二人も何の躊躇いもなく料理を口にしている。地球ではごく一般的な料理なのだろうか。

 俺が未だ決心がつかないでいると、ハイルが決意の眼差しを向けてくる。


「アルフリード様、まずは私が……」


 俺が無言で頷くと、ハイルは恐る恐るといったように茶色い液体を乗せたスプーンをゆっくりと口に運んでいく。


 そして、口に入れた瞬間ハイルは目を見開いてこちらを向いた。その味を堪能するように咀嚼しているハイルだが、言いたいことはわかる。


 いつまでも手を付けないのは提供してくれた地球人に対しても失礼だろう。


 俺も意を決してそれを口にした。


「……美味い」

「ふふっ、ありがとう」


 俺の呟きに地球人(母)が笑みを浮かべるが、俺はすぐにカレーに目を移して一心不乱に手を動かした。

 気が付くと皿の上から白い粒も茶色い液体も消えていた。それを見た地球人(母)が「おかわりする?」と聞いてきたため、俺たち三人は口を揃えて返事をした。


「「「おかわり!」」」

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