第6話
「えっ、今から!? 無理だって、私だってちょうど今帰って……」
声の主と俺の視線が交差する。
肩に触れそうな長さの艶やかな黒髪を靡かせる女と思われる原住民。身長は俺よりも低い、百六十センチ程度だろうか。
人型種でも惑星の環境によっては身体の一部が変質していたり、翼や尾を生やす場合もある。
しかし見た限りでは目の前の原住民は正統な進化を遂げた極一般的な人型種のようだ。
相手の表情を窺うと明らかに戸惑った様子なのが見て取れた。相対して直ぐに敵意を持たれなかったのは幸いだったが、このままでは埒が明かないのも事実。
意を決してこちらから仕掛けて見る。
「突然の事で戸惑うのも無理はないだろう。だが、こちらに敵対する意思はない。落ち着いて話を聞いてもらえないだろうか?」
「っ!? え、えっ!? 誰!?」
相手の仕草、特に両手の動きを見逃さぬように注意深く観察するが、まだ疑わしい動きはない。
武器らしき物は今のところ所持していないが、仮に星術を発動する人差し指と中指を合わせる構えを取った場合、反撃は極力控えるにしても最低限でも防御の体勢を取らないと危険だろう。
『もしもーし、どったの名雪? もしもーし』
原住民が手に持った板状のスペースフォンらしき物から別の原住民と思われる声が聴こえ、反射的にそれを注視してしまう。
その些細な仕草が相手を驚かせてしまったのか、原住民の手から板状の物が床に滑り落ちる。
幸か不幸かそれは俺の足下に転がってきた。
詳細は分からないがこれがスペースフォンのような通信機の役割を持っているのは明白。
となれば状況はあまり芳しくない。この場での交渉が失敗に終われば、通信機を介して俺たちの存在が別の原住民に知られてしまうことになる。
現状で考えられる手段は二つ。
足元に転がる通信機を破壊して目の前の原住民を始末したのち、再び別の原住民との接触を計る。
もしくは通信機を原住民に手渡すことで敵意がないことを示し交渉を進める。
どちらの手段を取るべきか冷や汗を浮かべながら僅かな間に逡巡する。
そして、悩んだ末に床に落ちた通信機を手に取った俺は原住民に向けてそっとそれを差し出した。
原住民は戸惑ったように手を伸ばしては引っ込めを繰り返していたが、やがて意を決した様子で俺の手から通信機を奪い取った。
「ごめんね明里、ちょっと今取り込んでるからまた後で掛け直すね!」
どういった意図で通信を切ったのかは分からないが、一先ず俺は交渉を始めることにする。
「俺の名はアルフリード・レウィス。後ろにいるのはミリリアード・レウィスとハイル・ミラー。俺の妹と仲間だ」
まずは偽ること無く俺たちの素性を伝えて相手の反応を探る。
俺たちの名を知っていた場合は必要以上に警戒させてしまう可能性が高いが、後から知られるよりかは幾分かマシだろう。
「わ、私は
どうやら言葉は通じるようだ。俺たち三人はアイリーンが作製した指輪型のアクセサリーを身に付けているが、それには基本的な翻訳機能も備わっている。
言葉が通じなければ交渉もへったくれもなかったがその心配は杞憂に終わる。
それと僅かな表情の変化も見逃さないように注視していたのだが、俺たちの名を聞いても特に反応を見せる事は無かった。
一見すると初めて耳にしたというような態度だが、それが真実なのか偽装したものなのかはまだ判断がつかない。
「いや、俺たちがここにいるのは意図したことではない。運悪く銀河穴に吸い込まれ、気が付いたらこの場所にいたんだ」
「銀河穴? 何でしょうかそれは?」
「……宇宙三大厄災の一つを知らないのか?」
「厄災? ご、ごめんなさい、何を言っているのか私には……」
あり得ない。
宇宙三大厄災は子供でも知っている常識。それを知らないなどと、あからさまな嘘を付いているとしか思えなかった。
だが、その嘘にどういった意味が含まれる?
俺から情報を引き出すにしてもこの嘘からいったい何が得られるのか。
いや、こうして混乱させることこそが作戦なのかもしれない。やはりこの惑星は危険だと改めて俺は自分に言い聞かせる。
「この惑星の名は何と言う?」
「惑星? え、えっと、地球です」
「地球、聞いたことがない名前だ」
「も、もしかしたら何ですけど、あなたたちは宇宙から来たんですか?」
「ここに飛ばされる前は第四大銀河のアルメイヤ太陽系、三十八宇宙域にいた」
「ととと言うことは、本当にうううう宇宙人なの!?」
地球人、本城名雪は初めて異星人を目にしたような驚き方で部屋の扉にぶつかるまで後退る。
それが演技だと理解していても思わず騙されてしまいそうなほどに違和感はない。
「古臭い呼び方だが、そうなるな」
「嘘でしょ……」
「こ、この匂いは!?」
「ミ、ミリア様、今はどうかお静かに」
「これは食べ物の匂いなのじゃ」
「この交渉に我らの命運が懸かっているのです。どうかご辛抱を」
「わらわはお腹が空いたのじゃ!」
「いだだだっ!」
俺と本城名雪による水面下の駆け引きに横やりを差すように後ろの二人が騒がしい。
次の瞬間、風のような速さでミリアが俺の横を通り過ぎ、本城名雪の衣服を握りしめていた。
「なぁ、この美味しそうな匂いはなんなのじゃ?」
「えっと、もうすぐ夕食の時間だから、下でお母さんが夕食を作ってるの」
「なんと!? ならば、わらわが直々に味見してやるのじゃ!」
「おい! 勝手な行動をするな!」
「きゃあっ!?」
部屋を飛び出したミリアを止めようと一歩前に出ると、咄嗟の行動に本城名雪を驚かせてしまう。
「うぐっ、すまない、驚かせた。だがあいつは世間知らずな上に超が付くほどの阿呆なんだ。何をしでかすかわからない」
「あ、いえ、大丈夫です」
笑みを浮かべて両手を顔の前でバタつかせる本城名雪を前に、俺は動揺を隠すのに必死だ。
今しがたの本城名雪の言葉を信じるのなら、この住居にはもう一人別の地球人がいることになる。
仮にその者にミリアが捕まり人質になるようなことがあれば面倒なことになってしまう。かと言ってこの場で下手に動けば交渉が難航することもまた事実。
難しい状況に頭を悩ませるが、ミリアは唯一の血の繋がった家族だ。
例えこの惑星の全てを敵に回すことになろうとも、ミリアに害を為すような存在に容赦はしない。
俺は直ぐに流星剣を鞘から引き抜いて本城名雪にその切っ先を向けた。
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