第5話

 それはこれまで経験したことのない不思議な感覚。


 まるで自分が自分でないような、五感を何も感じずハイルとミリアが近くにいるかどうかも定かではない。


 声を出そうにも身体を動かそうにもどうにもならない。


 永劫の時を過ごしたようにも感じ、刹那の時を過ごしただけだったかもしれない。

 時間という概念そのものがねじ曲げられているのかも知れないが、いくら考えたところで答えはでない。


 そんな時、唐突にその瞬間は訪れた。


 真っ暗だった視界に突如として光が現れ、その光は瞬く間に大きくなって俺の身体を包み込んだ。


 視界がクリアになると失われていた五感も全て取り戻す。同時に左手を握るミリアがいることに安堵し、その隣には星術の構えを取るハイルがいた。


 三人がバラバラの場所へ飛ばされるという最悪の状況は回避できたようだ。


「……ここはどこなのじゃ?」


 不安そうにキョロキョロと辺りを見渡すミリアを横目に、あくまでも冷静を心掛けて状況を確認する。


 正方形の空間に人工的に作られたであろう二メートルほどの寝台のような物があり、数世代前に使われていた映像ビジョンのような物も鎮座している。


 用途は分からないが使用した形跡のある小物が多数存在し、生活感のある環境からここはこの惑星の原住民の住居に該当する場所だと推測できる。


「どうやら俺たちと同じ人型種の生物が住む惑星に飛ばされたようだ。十分な空気もある。惑星特有の有害物質が含まれるかもしれないから浄化星術は維持するとしても、概ね生活に支障はない環境だな」

「そ、そうなのか? わらわたちは死なないで済むのじゃな!?」

「現時点で、だがな」

「どういう意味なのじゃ?」

「この惑星の原住民と友好な関係を築けるかで今後の方針は大きく変わる。仮に敵対するとなれば状況は最悪だ」

「敵対する者など殲滅してしまえば良いではないか」

「お前なぁ……俺たちは何も知らない場所にこの身一つで飛ばされて来たんだぞ? 生きて行くために必要な食料はない、住む場所もない、この惑星の勢力図も分からない。そんな状況で誰の支援もなく生きて行くのは至難の技だろうが」

「うむむむ、難しいことは分からないのじゃ」

「はぁ……要はこの惑星の人間と仲良くなれればいい」

「なるほどのう! ならばわらわに任せるがよい」

「お前に任せるわけがないだろうが阿呆!」


 調子に乗り始めたミリアの頭に少々きつめの拳骨を加えておく。阿呆を調子付かせるほど怖いものはない。


 ふとハイルに目を向けると、眉間に皺を寄せて神妙な面持ちで何かに集中していた。


「どうしたハイル?」


 何か問題が発生したのかと尋ねてみるとハイルは冷や汗を浮かべながら俺の方へ顔を向けた。


「この惑星の原住民への警戒を最大限まで高めるべきだと進言します」

「何故だ? 警戒し過ぎて相手を刺激してしまっては元も子もないだろう」

「それは理解できます、しかしこの惑星は普通じゃありません、危険過ぎます」

「どういう意味だ?」

「この惑星の星力の規模を調べていたのですが……この惑星の星力は宇宙の平均レベルを優に超えています。恐らくですが、この惑星の星力は惑星アムドの十倍以上に値するでしょう」


 ハイルの言葉に俺は絶句するしかなかった。


 惑星が生み出す星力の規模は、単純にその惑星の軍事力の指標となる。

 星力は星術に必要なのはもちろんのこと、宇宙の技術のほとんどが星力のエネルギーを動力に設計されている。


 惑星の星力が強いほど利用できるエネルギーも増大する。それは軍事産業にも直結するため、星力の強い惑星ほど軍事力が高いとされる。


 現に宇宙最大勢力を誇る銀河連合が拠点を構える惑星アムドは、宇宙の歴史上最大の星力を持つ惑星として有名だ。


 その十倍を超える星力となればこの惑星の異常さは理解できるはず。


「いったいここは何処なんだ? それだけの規模を持つ惑星が存在するなんて聞いたことがないぞ」

「私も存じ上げません。隠蔽技術に長けていたとしても宇宙全土の目を欺くことができるなどにわかに信じられない。一刻も早くこの惑星からの離脱を試みるべきと考えますが……」

「……宇宙船がない、か」


 銀河穴には宇宙船ごと呑み込まれたのだが、俺たちがいるのは船内ではない。直ぐ近くに宇宙船も飛ばされてきたと考えるのは都合が良すぎるだろう。


 仮に宇宙船があれば食料の備蓄が残っていたため、この惑星から脱出してもある程度の期間の航行は可能だった。


 星術を使って生身でこの惑星を脱出することも一応は可能だが、不確定要素が多すぎて賭けと言えるレベルですらない。


「お前はどう考える? 率直な意見を聞かせてくれ」

「はっ! まずは情報収集が最優先でしょう。この惑星がどの銀河にあり、どの太陽系に属しているかも不明です。現在位置が判明すれば帰還の目途も立つかもしれません」

「そうだな、現状はあまりにも情報が無さ過ぎる」

「原住民族に関してですが、これだけの規模の星力の恩恵があれば一般レベルの兵士ですら相当な星術の使い手だと推測できます。銀河連合以上の軍事力だと仮定して対策を講じるべきかと」

「それには俺も同意する。止む終えない場合を除き、極力こちらから手を出すのは厳禁だ。お前の心配はしていないが、問題なのはこいつの存在だな」

「な、なんじゃ、わらわだって空気を読むぐらい雑作もないわ」

「ハイル、任せたぞ」

「……はっ、お任せを」


 長い間共に生活をしているハイルもミリアの性格を熟知している。全てを説明せずとも俺の言いたいことを理解してくれたらしい。


『笑い事じゃないよ明里。こっちだって本当に困ってるんだから』


 ハイルと目を合わせていると、部屋の外からこちらに向かって近づいて来る者の声が聞こえた。


「アルフリード様」

「あぁ、分かっている。この惑星の原住民だろう、交渉は俺が行う」

「承知いたしました」


 俺は手にした流星剣を鞘へ納めると、扉へ向かって一歩前へ出た。


 ハイルはミリアと共に俺の後ろで待機している。荒事は避けるつもりではあるが、万が一戦闘になった場合に備えての位置取りだ。


 息を呑んで俺たちが待機していると、静かに扉が開かれた。

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