第4話

 この船で長く旅を続けているがこんな状況は初めての経験だ。不測の事態に備えて細心の注意を払いつつ愛剣である流星剣を握る。


「ハイル、この警報が何かわかるか?」


 慌ててハイルがコンソールの操作を始めるが、その顔色から察するに状況は芳しくなさそうだ。


「計器の全てが使い物になりません! 原因は不明ですが、直ちにこの宙域から離脱するべきかと!」


 自分の目でも確かめてみようとハイルの横から計器を覗き込むと、ハイルの言う通り計器が上限を振り切るような勢いでガタガタと震えている。


「後方へ進路を変える。何が起きるかわからんが、敵勢力に邪魔されても面倒だ」

「しょ、承知しました!」


 船体を半回転させると現時点で可能な限界出力で加速を始める。

 航行用小型宇宙船の性能では期待するほどの速度は出ないのだが、何もしないよりかは遥かにマシだろう。


 進路を後方に切り替えた途端、重厚な爆発音と共に船体の横を極太のレーザーが通り過ぎる。

 敵からすれば俺たちが敵前逃亡した臆病者にでも視えているのだろう。背を見せた俺たちを攻撃するのは何ら不思議はない。


 ハイルに目で合図すると星術を発動するため直ぐに拳を握って人差し指と中指を立てる。


「星碧陣、絶界!」


 ハイルが叫ぶと同時に敵軍とデストロイヤー船の間に長方形状の光の障壁が展開された。


 星術とは術者のイメージを具現化させるもの。本来であれば詠唱する必要はないのだが、より強力な術を行使するには詠唱によるイメージの補助が重要になる。


 ハイルが使った大規模の星術をここまで短い詠唱で行使できる者はそうはいない。それをできるのが宇宙で五本の指に入る星術の天才と言われる所以だ。


 続けざまに大型粒子砲や対艦ミサイルがこちらに向かって放たれているが、その程度の威力ではどれだけ攻撃したとしてもハイルの星術を打ち破ることは不可能だろう。


 敵軍が障壁の突破に四苦八苦しているのを横目にこの宙域からの離脱を試みている中、全身を駆け巡るような悪寒と共に嫌な予感に襲われる。


 即座に窓際に移動して遠く先の宙域を注視していると、その元凶を捉えることができた。


 最初は見据えた先の僅かな空間が不自然に歪んでいただけだったのだが、間もなくしてその中心に真っ黒な球体が出現する。


「くっ、不味い! ハイル、障壁はもういい。引力を遮断する結界を今直ぐ展開しろ!!」


 俺の言葉にハイルは異論を唱える事無く詠唱を開始した。


「星碧陣、断絶!」


 ハイルがあらゆる干渉を阻む結界を船に展開すると流石に異常を察知したのか、ミリアが慌てて飛びついて来た。


「ななななな何が起こってるのじゃ!?」

「アルフリード様、何か分かったのですか?」

「あれを見ろ、恐らく『銀河穴ギャラクシーホール』だ」


 窓の先に発生した黒球の方を指さすと二人が喰いつくように窓に張り付く。

 凄まじい勢いで膨張を続ける黒球は星術で視力を強化できるハイルと違い、普通の視力しか持たないミリアにも直ぐに確認できた。


銀河穴ギャラクシーホール


 宇宙三大厄災の一つ。


 あらゆるものを呑み込み別の空間に転移させる。発生条件は未だ解明されておらず、遭遇したが最後この広大な宇宙のどこかに飛ばされてしまうという恐ろしい災害だ。


 飛ばされた先が生物が暮らすことのできる環境だとは限らない。相対的に見れば転移先のほとんどが死地となるだろう。仮に運よく生き延びることが出来たとしても、元の場所へ帰還できる可能性は絶望的。


 僅か数例だけ生存することができた報告も挙がっているが、犠牲となった者の数を考えれば天文学的な数字としか言いようがない。


「ううぅ、うわああ! わらわたちはもうお終いじゃあああ!」


 宇宙三大厄災の名は物心ついたばかりの子供でも知っている。案の定ミリアはもう駄目だと絶望してわめき出した。


 先ほどまで敵対していた星賊も数隻だけが運良く銀河穴から発生した引力から逃れてワープゲートに入ることに成功していたものの、戦力の九割は逃げ遅れて銀河穴へと向けて一直線に吸い込まれていた。


 宙域に堆積していたデブリも銀河穴へと吸い込まれ、運悪く接触した船はその場で大破してしまっている。


 ハイルの星術によって辛うじて引力に捕まる事は免れているものの、それが時間稼ぎにしかなっていないのも事実だ。


「申し訳ございません、アルフリード様。持ち堪えられそうに有りません……」


 ハイルが目の前に跪いて謝罪してくるがこの状況に対処しろと言う方が無理な話だろう。


「まぁそんな気にやむな、あれをどうこうするなんて土台無理な話なんだ」

「っ、しかし……」

「さっきの警告音で気が付いていればと言いたいんだろうが、アイリーンが不在の今、仕方がないだろ。俺だって気付けなかったのだからお互い様だ」


 仮にもっと早く気付くことが出来ればワープゲートを開いて転移するなり船を捨てて自ら飛んで逃げるなりできただろう。


 だが今更悔やんだところで過ぎてしまったことはどうしようもない。


「とりあえず障壁はもう解除していい。遅かれ早かれ呑み込まれるんだ、無駄に星力を消費することもないだろう。それよりも転移先で何が起きるか分からない。可能な限りの身体強化の星術をミリアに使ってやってくれ」

「はっ! 畏まりました」


 俺は訳あって星術を人並み以上に使用することができないので、こういった役回りはハイルに頼りきっている。


 ハイルが障壁を解除したと同時に凄まじい勢いで銀河穴へと船体が吸い込まれていく。

 転移先で即戦闘になっても問題ないように用心のために鞘から剣を抜いておく。


 反対の手で星術による強化を終えたミリアの右手を握り、ミリアの左手はハイルが握っている。

 最悪なのは転移の際に三人がバラバラになってしまう可能性だ。情報が少なすぎて確証は何もないが、直接身体に触れている方が同じ場所に飛ばされる可能性が高くなるかもしれない。


「お前ももう泣くな。行き当たりばったりなのはいつものことだろうが」

「うぅ、だってぇ……」

「アルフリード様は相変わらずですね。ミリア様のご不安も理解できますがこのハイル・ミラー、命に代えてもお二人をお守り致します」

「転移先の環境への対処はハイルの星術が頼りだ。斬って済むような状況であれば俺でも対処できるが、期待薄だろうな……恒星に飛ばされて一瞬で消し炭、なんてこともあるかもしれんがな」

「……アルフリード様、このような状況であまり不吉なことは仰らないでください」


 冗談を言ったつもりだったのだが、どうやらこの局面では悪手だったらしい。

 泣き止んでいたミリアの目に再び涙が浮かぶ。


「ほらっ、もう目の前まで来たぞ! ハイル、星術の準備。ミリアは絶対に俺の手を離すんじゃないぞ!?」

「はっ!」

「うん!」


 かくして俺たち三人は銀河穴へと吸い込まれて行くのだった。

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