「第二十八話」《回想》今も尚、疼く傷②

赤いカーペットが敷かれた屋敷の廊下を、ジークとソラは歩いていた。

ところどころ高価そうな壺や剣が飾られており、中には鎧甲冑が一式置いてあったりと、芸術や目利きでなくとも見惚れてしまうような代物が廊下を彩っていた。──しかし、ソラはそんな物に興味がなかった。ただ目の前にいるジークの背中を、力強い後ろ姿をぼんやりと見ていた。


靄のかかったようなふわふわした感覚。それを打ち破るかのように、ジークがいきなり立ち止まった。ソラは慌てて止まったが、もう少しでその背中に顔を埋めてしまうところだった。


「ここが父の部屋だ。大丈夫、優しい人だから」


そう言うと、ジークは扉をノックした。すると部屋の中から太い声が返ってきて、ジークは「失礼します」と言ってから扉を押し開けた。

ジークとソラが中に入ると、そこは実に落ち着いた雰囲気の書斎だった。沢山の本が敷き詰められた本棚が壁のようにそびえ立ってはいるものの、大きな机の後ろだけはガラス張りになっている。


「おや、ソラさんじゃないか」


硝子からの強い日差しが注がれ、その佇まいは非常に神々しく思えた。会うのはこれで二度目だが、やはりジグルドという男の纏う雰囲気は独特の安らぎをソラに感じさせた。これが二ンベルグ家歴代当主における、当代最強の魔術師だとはとても思えない。


「ようこそ、我がニンベルグ家が誇る屋敷へ。本日はどんな御用でここに?」

「あっ、その……大した理由じゃないんですけど、えっとぉ……」


頬を赤らめたソラの表情を、ジグルドは頷きながら見ていた。後にニッコリと笑い、困惑した顔をしているジークの方を見た。少し畏まった様子で姿勢を整えた彼に、ジグルドは言う。


「お前は、とても幸せな男だと思う。理不尽に奪われるはずだった命を、ソラさんに助けてもらった、救ってもらったんだ。──そしてソラさんは、お前をとても愛してくれている」


ソラの頬が更に赤くなっていき、目がだんだんと泳ぎ始めた。ジグルドはそれをとても満足そうに、眩しいものでも見るかのように見ていた。対してジークはとても、真剣な顔をしていた。──彼の中での覚悟は、より強固なものへとなっていく。


「ジークよ、我が自慢の跡取り息子よ。──お前は、強い」


ジークの表情が一瞬、揺らぐ。

それは怒りでも悲しみでもなく、言い表しのない喜びである。剣士として、親として、人生の先駆者として……尊敬するそんな父から、認められたことへの喜びであった。──しかし、ジグルドの表情はとても厳しく鋭かった。


「だが、お前はもっと強くならなければならない。ただ勝つのではなく、守れるだけの強さを手に入れろ。──お前には既に、誇りよりも守るべき人がいるのだから」

「──はい」


ジークは、力強くはっきりとした声で答えた。ジグルドはその目を暫く見つめ、その後に深く頷いた。瞼を閉じ、噛みしめるように深く頷いた。

瞼を開いてすぐに、ジグルドは再び軽快な笑みを浮かべた。


「申し訳ない、息子の覚悟を知っておきたかったんだ。こんな息子だが、どうか側に居てやってください」

「こっ、こちらからお願いしたいぐらいですよ! ねっ、ジーク!」

「う、うん」


色々と反動が来たのか、ジークは照れ顔のままソラの距離感に胸を高鳴らせていた。その様子をジグルドはニヤニヤと見つめており、ジークが少しだけそれに対して睨みを効かせている。


「あの、いろいろとありがとうございました。いきなり来ておいてあれなんですけど、私そろそろ……」

「お茶を呑みながら話でも、といきたかったですが……そうですね、それは今日の結婚式のお楽しみと行きましょう。──まぁ、ソラさんとジークは果実ジュースでしょうが」


高笑いをするジグルド。本当に機嫌がいいのか、権力のある貴族にしては珍しく「素」で笑っていた。


「私の馬車を出させましょう、お送りいたします。──ジーク、一緒に行って差し上げろ」

「はい、父さん」


そう言って、私とジークは頭を下げて部屋から出ていった。


(……消えない)


溢れんばかりの幸せの中で、「予感」は確かにソラの中に存在していた。

先程よりも大きく、より背筋が凍るような……ある意味での確信として、近づいている気がした。

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