第23話 僕はもう、君のことしか見えない

「愛純。僕のラノベ以上の趣味っていうのは、ギャルゲのことなんだ」


 それは、明かしてしまえばあまりにもあっけなくて、くだらない。


「ギャル、ゲ?」


「ラノベにもよく出てくる単語だし、聞いたことくらいはあるだろ? 恋愛シミュレーションゲーム。ゲームの世界の女の子と疑似的な恋愛をするゲームだよ。有名な作品は、アニメ化されていたりもする」


「うん、知ってるよ」


「僕はラノベ以上に、ギャルゲが好きなんだ。二次元の女の子と疑似的な恋愛をして、イチャイチャするのが好きなんだ。赤面したヒロインを見てニヤニヤしたり、たまにある重たいストーリーに感動できるギャルゲがすごく好きなんだ。僕がラノベを好きになったのも、そういうギャルゲの片鱗をラノベに感じたからなんだと思う」


 話していて、僕は徐々に不安になっていた。


 だって、今の僕はきっと、最高に気持ち悪い――。


 昔、アニメという文化は煙たがられ、アニメオタクは軽蔑の対象とされてきた。


 アニメ好きが許されるのは、子供まで。良い歳してアニメが好きなのは、普通じゃない。それが世間の認識だった。


 だから当時のアニメオタク達は、オタクであることを隠す人が多かった。


 しかし、時代は変わり、今は大人でもアニメを観ることが普通になった。アニメは日本の文化として受け入れられるようになり、オタクは軽蔑の対象ではなくなった。


 むしろ、今ではオタクはステータスとなり、積極的にオタクであることをアピールする人が増えた。


 ――だからと言って、全てのオタクが受け入れられるわけではない。


 アニメオタクにとって、現代は住みやすい環境になっただろう。


 では、ギャルゲオタクはどうだ?


 いいや、ギャルゲオタクなんて表現はぬるい。あえて、言い方をもっと悪くしよう。


 エロゲオタクのことを、世間はどう思う?


 アニメオタクはともかく、エロゲオタクはちょっと……ね? いや、人の趣味だから否定はしないけど……(ドン引き)。なんか、ね?


 そういうふうに思う人が、多いんじゃないか。


 まあ、わかるよ。僕だって、例えばクラスメイトに「俺、AV鑑賞が趣味なんだよね。毎日AVで抜いてる」とか言われたら普通に引くし。もっと他に趣味ないのかよって思うし。そういう感覚と一緒だろう。


 実際、僕は中学の頃、何人かの友達にギャルゲ好きであることを公言したが、その友達は僕の趣味を否定こそしなかったが、その後静かに僕の元を離れて行った。


 アニメの『Fate』が好きとか、『CLANNAD』が好きとか言っていた友達でさえ、僕のギャルゲ好きには何故か微妙な顔をした。は? なんでだよ殺すぞ。


 そしてこれはただの愚痴だが、僕が何よりもムカついたのは、「『Fate』はエロゲじゃねえよ。『Fate』をあんな低俗なもんと同列に並べんな」とか言った友達……いや同級生のアイツだ。それに対して僕は声を大にして言いたい。



――『Fate』はエロゲだろボケ‼ あとエロゲを低俗扱いすんな死ね‼



 ゴホン。おっと、失礼。これは本当にただの愚痴なので気にしないで欲しい。


 とにかく、そういうわけで、僕はギャルゲ好きを他人に話すのが怖かった。


 周りから見れば気持ち悪い趣味だと、自覚していたから。


 いくらラノベが好きな愛純でも、ギャルゲには拒否反応を示す可能性が――、


「ぷふっ。あはは!」


 僕の熱弁を聞いた愛純は、お腹を押さえて笑い始めた。


「あははは! ごめん、思わず……! なんか、意外と普通な趣味で……! って、こんなこと言ったら失礼かな? いや、でも、そっかぁ。ギャルゲ趣味を明かしたら、私に嫌われると思ったの?」


「まあ。画面の中の女の子と疑似恋愛とか、キモいかなって」


「ふふ。可愛い、可愛いよぉ、望。もう、そんな程度で望を嫌いになるわけないよ。私の愛の重さ舐めないでね?」


 わしゃわしゃと、愛純は僕の髪の毛を弄り回してくる。


「また一つ、望について知ることができて嬉しい! ストーカー時代に得られなかった情報は貴重だからね、ふふ。これでもう、幼馴染のあの子にもマウント取られないし!」


「一応言っておくけど、僕は愛純一筋だからな。純恋に靡くことはないからな」


「ふふ、ありがとう。あの子に靡いたら殺すからね♡」


「あはは……(こっわ‼)」


 この感じ、今日僕が学校で純恋のTバック見て興奮してたとか話したら殺されそうだな。この話は墓場まで持って行くのが賢明だな……。


「ねえねえ、もっと望の話聞きたいな。どういうギャルゲをするの?」


 言いながら、愛純はすっと立ち上がり、テレビのある方へ向かった。


「どういうって……色々するけど……」


 僕が答えると、愛純はテレビの近くに置いてあったスイッチを持ってきて、僕の隣に座った。


「スイッチにある?」


 愛純はスイッチのオンラインストアを開き、僕にもスイッチの画面が見えるように肩をくっつけてくる。


「スイッチって意外とギャルゲ売ってるんだね! この中で望がやったことあるのってある?」


 僕は画面に映っているゲーム一覧を見て、プレイしたことがあるギャルゲを探す。


「この中だと『ハミクリ』はやったことあるな。結構面白かったよ」


「『ハミクリ』って、この『ハミダシクリエイティブ』ってやつ?」


 愛純が指を差しながら、確認を取ってくる。それに僕はコクリと頷く。


「おっけー」


 すると、愛純はそのまま購入画面に移動し、そのゲームをあっさりと購入する。


「え?」


 あまりの躊躇の無さに、僕はキョトンとしてしまう。


「ん? どうかした?」


「いや、今購入しなかった……?」


「うん。これから一緒にプレイしよー」


 そう言って、愛純はスイッチをTVモードに移し、テレビにスイッチの映像が表示される。先ほど購入した『ハミクリ』を起動し、テレビ画面に大きくタイトル画面が映し出されると同時に、タイトルコールが大音量で流れる。


「え、マジで一緒にプレイするの?」


「うん。今日はギャルゲデートね」


「ギャルゲって一緒にプレイするものじゃないと思うんだけど……」


「ふふ、私は望となら何やっても楽しいけど?」


「うぐ……」


 そういう言い方は、少しずるいんじゃないか。


(そんな言い方されたら、うっかり惚れ直しちゃうだろ!)


 僕のギャルゲ趣味を受け入れてくれたというだけで、今まで以上に好きになってしまったのに。


 僕となら何をやっても楽しいとまで言われたら、僕はもう……。



 ――君のことしか、見えなくなってしまう。



 君の方こそ、いいのか?


 こんな僕に大切な青春を捧げて、いいのか?


「愛純に、一つ聞きたいことがあったんだ……」


 どうして君は、そんなにも。


 一体、どうして君は――。


「なんで、愛純は僕なんかを好きになったんだ?」


 気にしないようにはしていたけど、ずっと、頭の片隅で引っかかっていたこと。


 彼女は僕のことを、ストーカーしてしまうほどに愛している。


 だけど、僕自身は、自分がストーカーされるほど誰かに愛されるような人間とは思えない。


 傍から見れば、僕なんてただのラノベ好きの陰キャ学生だ。


 そんな僕が、どうして愛純に好かれたのか。


 それをどうしても、知りたくなった。


「そう言えば話したことなかったね。ふふ、気になるの?」


「気になるに、決まってる……」


 どうしてか、僕の声は沈んでいた。


 それは、自分の自信のなさの表れかもしれない。


 愛純に惚れ直したことで、僕は本当に彼女に見合った人間なのか、疑問に思ってしまった。


「きっかけは、とてもシンプルだよ」


 僕を安心させるように愛純は笑った。


「だけど、そのきっかけを話す前に、私のことについて話そうか」


 そう言って、彼女は自分のことについて話し始める。

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