第22話 愛の重い彼女じゃ、ダメですか?

 僕はスマホで愛純の家を確認しながら歩き続け、やがて、とある一軒家の前に辿り着く。


(ここが愛純の家のはず……)


 僕は玄関前に立つと、念のため家の表札を確認する。


 表札には、「重叶」の文字。それを見て、この家が間違いなく愛純の家だと確信する。


(重叶なんて名字、そう多くないしな)


 安堵の息を吐きながら、僕はインターホンをそっと押した。


 するとすぐに、玄関の扉が開き、中から部屋着姿の愛純が姿を見せる。


「おかえりなさい、あ・な・た♡」


「お、おかえり……?」


 まるで新婚夫婦のような出迎え方をされた僕は、困惑した表情を浮かべる。


「ご飯にする? お風呂にする? それともわ・た・し?」


「ド定番のネタをなんの捻りもなくぶっこんで来たな」


 こういう使い古されたネタを言う時って、何かしらのアレンジを加えるものだと思うのだが……。


「結構凹んでるんじゃないかと思ってたけど、その様子なら平気そうだな」


 意外にも元気な様子の愛純を見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。


 今朝のことを引きずって、かなり病んでる可能性もあると考えていたからな。


「平気ではないよ? でも、せっかく望が私の家に来るんだもん! どうせなら楽しみたいなって思って!」


「愛純のそういうとこ、好きだよ」


「私も望のそうやって好きってちゃんと伝えてくれるとこ、好き♪」


 お互いに褒め合ったところで、僕は改めて彼女の部屋着姿を眺める。


 デートの時とは違って、かなりラフな恰好をしていた。オーバーサイズのTシャツに短パンという、家でのくつろぎやすさを重視した服装。


 デートの時とはまた違う愛純を見れた気がして、少し嬉しかった。しかし、一つ気になる点があった。


 愛純のTシャツを一目見た時から、僕はツッコミたくて仕方なかった。


「そのTシャツ、なんで僕と愛純のツーショット写真がプリントされてるの?」


 そう。愛純の着るTシャツには、ど真ん中にでかでかと、僕と愛純のツーショット写真がプリントされていたのだ。


「ああ、これ? めっちゃ良くない!?」


「いや、自分の顔が写ってるTシャツってなんか恥ずかしいんだけど!?」


「えー、そうかな? 私は部屋着としてこのTシャツすごくお気に入りなんだけどな。家にいるときも、望のことが感じられて……すごくいい!」


 言いたいことはわかるけど、僕としては非常に気恥ずかしい!


「自作したの?」


「そうそう! オリジナルTシャツ作れるサイトがあって、そこで作ったの‼」


 きゃっきゃと嬉しそうに話す愛純を見て、なんだか僕はとても和んでいた。


(てっきり、今朝のことがあったから、もっと気まずい感じになると思っていたんだけどな)


 それは、僕の杞憂だったのかもしれない。


「あ、玄関の前でごめんね? 入って入って! 今は家に誰もいないから、二人っきりだよ?」


「そ、そうか」


「あー、顔赤くなった! エッチな妄想したでしょ?」


「してないって!」


 いつものように愛純に弄られながら、僕は愛純の家にお邪魔する。そして、二階にあるらしい愛純の部屋へと案内される。


「ここが私の部屋でーす!」


 テンション高く声を上げながら、愛純は扉を勢いよく開いた。


 扉の先には女の子らしいメルヘンな部屋の光景が――広がってはいなかった。


「え……?」


 僕は思わず一歩後ずさる。


 その部屋には、壁一面に僕の写真(恐らく盗撮したもの?)が大量に貼られていた。中には、何かのポスターと見間違えそうな巨大な僕の写真も飾ってあった。


(なんというか、アイドルの推し活してるオタクの部屋みたいだな……)


 イメージとしては、本当にそんな感じだった。


 アイドルのポスターを壁一面に貼っているオタクのような部屋。それが、愛純の部屋のイメージだ。問題なのは、そのポスターがアイドルではなく僕であることなのだが……。


 しかも、壁に貼られているのはどれも盗撮っぽい写真ばかりで、僕が撮られた覚えのないものばかり……。


「す、すごい部屋だね……」


「え、そうかな? 普通じゃない?」


「普通の部屋はこんな大量に恋人の写真貼ってないと思うよ?」


「そうなの? 他人の部屋ってあんまり入らないからわかんないや」


「と、とりあえず、僕以外の人をこの部屋に入れるのはやめといた方がいいと思うよ……」


「それは大丈夫! 望以外の人を部屋に入れたりしないから!」


「そ、そっか……」


 僕は部屋の様子に当てられながらも、そこになんとか足を踏み入れる。


「周りに自分の顔が大量にあるって……地味に恐怖だな……」


 僕は人生で初めての感覚に戸惑っていた。


「まあ、ゆっくりしててよ。今お茶入れてくるね!」


 そう言って、愛純は僕を置いて部屋から退出してしまった。


(お、落ち着かない……!)


 女子の、それも恋人の部屋というのもあるかもしれないが、どちらかと言うと別ベクトルで落ち着かなかった。


 壁に広がる自分の写真を眺めて、時間を潰す。そわそわした気持ちが収まらない。


 とりあえず、僕は部屋の真ん中にぼすんと腰を下ろした。


 しばらく瞑想するように目を瞑っていると、愛純が部屋に戻ってくる。


「お待たせー! って、なんで何もせずただ座ってるの!?」


 信じられない、とでも言うように愛純が声を上げた。


 僕は瞑想をやめて、愛純の方を見る。


「え、逆に何してるのが正解だったの!?」


「私の下着漁るとか……ベッドに潜り込むとか、色々あるじゃん!?」


「流石に人様の家でそんなこと出来ないよ!」


「なにそれ‼ 望の部屋で望のパンツ漁ってた私がおかしいみたいじゃん!?」


「ああ、おかしいよ!? それに関しては間違いなく愛純がおかしいよ!?」


「そんな……! 普通、恋人の部屋に行ったら恋人のパンツ漁るのが常識じゃないの!?」


「どこの世界の常識だそれは‼」


 常識の感覚がズレている愛純に、僕は全力でツッコむ。


 そんな言い合いをした後、愛純は持ってきたお盆をローテーブルの上に静かに置いた。


 わざわざお茶を用意してくれた愛純にお礼を言ってから、僕はコップに入ったお茶を一口飲む。


 そうすることで心を落ち着かせてから、僕は本題に入ることにした。


「それで、今朝の件についてなんだけど」


 僕はコップをローテーブルに置いてから、姿勢を正した。


「僕のラノベ以上の趣味について、ちゃんと話そうと思うんだ」


 元々、今日愛純が学校を休むような事態に発展してしまったのは、それが原因だ。


 僕がその趣味を明かすのを渋ってしまったばかりに、愛純との間に亀裂が生まれてしまった。


 これ以上愛純を悲しませないためにも、その趣味について話すべきだと僕は判断した。


 その趣味を話すことで僕が嫌われてしまったら、それはもう仕方ない。


 何よりも恐れるべきは、何もしないまま愛純との関係が終わってしまうことだ。


「望はそれでいいの? 話したくないんじゃなかったの?」


「話すのは怖いよ。だけど、話さないまま愛純と気まずくなるのはもっと嫌なんだ」


「そっか。ありがとう」


 優しい声で彼女はそう言って、僕の手を握ってくれた。


「私も今日学校を休んで、一日考えてみたの。望が言いたくないのなら、聞かない方がいいのかな、とか。望が話したくなるまで待った方がいいのかな、とか。それが、彼女としては正しい姿なのかな……って」


 きっと、愛純も悩んだはずだ。悩んだ上で、今の彼女はどう思っているのか。


「沢山悩んだ。だけど……、一番は、やっぱり望の全てを知りたい、だった! 望のことを一番知っているのは、私でありたい! その上で、望を愛したい‼」


 一日溜め込んでいた想いが、愛純の口から溢れ出していく。


「もっと言えば、望にも私のことを一番知っていて欲しい。私のことを一番に愛して欲しい‼ 私の良いところもダメなところも、全部全部受け入れて、愛おしく思って欲しい‼ 元ストーカーなことも、望の部屋でパンツ漁っちゃうようなとこも、こういう面倒臭い性格も、全部全部愛してほしい‼」


 愛純の手に、強く力が込められた。それだけ、彼女が本気でそう思っているんだということが伝わってくる。


 きっと彼女は今、自分の想いを全てさらけ出しているんだ。


「こんな愛の重い彼女じゃ……ダメですか?」


 その手が、わずかに震えていた。その手を、僕はぎゅっと握り返した。


「ダメじゃない。そういうの、大好きだ」


「……!」


 ああ、僕は何を、恐れていたんだろう。


 こんなにも僕のことを想ってくれている彼女に、どうして趣味の一つを話すのも怖がっていたんだろう。


 ――きっと愛純なら、どんな僕だって愛してくれる。


 僕は彼女の目を優しく見つめて、その趣味について告白することにした。

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