第24話 恋愛は、重いくらいが丁度良い

「私、生まれつき他人に対して重いんだよね」


 苦笑いしながら、彼女はそんな切り出し方をする。


「昔から、私が仲良くしたいって思った人に対してはどうしても重くなっちゃってさ。小学生の頃、仲良くしてた友達が私以外の人と仲良くしてるのを見て、私すごく不安になっちゃってさ。それで、友達に『なんであの子と仲良くするの』って問い詰めたら、すごく不思議そうな顔されて……。『なんで仲良くしちゃダメなの?』って言われてさ。だから私は、『私と友達なんだから他の子と仲良くしないでよ』って言ったの」


 それは多分、普通の人達にとっては理解出来ない感覚だろう。きっと愛純は、その友達に自分だけの友達でいて欲しかったんだ。他の誰かと仲良くしてほしくなかったんだ。独占欲、ってやつだろうか。


「そしたら、その子は私のことを面倒臭がって、私とは距離を置くようになったの。中学の頃はもっと上手くやろうと思って、友達が他の子と仲良くやっていても何も言わず我慢してたんだけど、やっぱり我慢するだけじゃ根本的な解決にはならなくて……。私は結局最後には我慢できなくなって、不満が爆発しちゃって、その友達も私から離れて行った」


 結局のところ、「重い自分」をどうにかしなければ、根本的な解決にはならない。我慢するだけだと、いずれは爆発してしまう。だけど、きっと、愛純は「重い自分」を変えることは出来なかったのだろう。


 愛純にとっての一番の解決策は、「重い自分と上手く向き合う術を見つけること」になるはずだ。


(それが出来れば、苦労なんてしてないだろうけど)


 愛純は続ける。


「友達だと独占できなくて、みんな私から離れて行くから、私はいつしか友達作りを諦めた。そして、恋人が欲しいと願うようになった。だって、恋人なら、私のことを最優先に考えてくれるはずだし、私以外の『恋人』が出来るはずもないから。だから私は努力して、中学二年生の頃に初めての彼氏を作った」


 だけど、と彼女は暗い声で言う。


「その彼氏とは長く続かなかった。その人にとって、私はどうも『重い』らしかった。他の女の子の連絡先を消そうとしたり、毎日LINEしようとしたり、頻繁にデートに誘ったり、ちょっと他の女性と話しただけで怒ったり……。そういう行動が、彼には『重く』感じたらしいんだ。挙句の果てに、私はGPSで彼の位置をリアルタイムで把握しようとして……それが原因で私と彼は別れた」


 その話を聞いて、今になって思う。


 僕と愛純も、グーグルマップを通じて常にお互いの位置情報をリアルタイムで把握できるようにしている。そして、その提案をしてきたのは愛純だ。


 あの時の愛純は、自分がキモくないかを逐一気にしていた。それはきっと、中学生の時の恋人とのやり取りが原因なのだろう。


 あの時の愛純は、僕がギャルゲ趣味を公表することを恐れていた時と同じ気持ちだったんだ。


 愛純も、怖かったんだ。


 僕に嫌われないか不安で、怖かったんだ。


 そんな大事なことを、今になってようやく理解した。


「そのことがきっかけで、私は自分が『重い人間』であることをようやく理解した。私は重くて、深く関わると面倒臭いから、だから、みんな離れて行くんだって……。もう傷つきたくなかった私は、それからの日々を孤独に過ごした」


 孤独。


 自分が重いと自覚した上で孤独を選ぶのは、きっと普通に孤独でいるよりも辛かったはずだ。


 だって、「重い人間」っていうのはそもそも、重度の寂しがり屋だ。寂しがり屋だから、他人に対して重くなってしまうのだ。


 そんな彼女が、自ら孤独を選んだ。そんなの、生き地獄を選んだのと一緒だ。


 寂しがり屋なのに、孤独。寂しがり屋にとって一番辛い選択を、彼女は自らの意思で選んだのだ。


「高校も、一人で過ごすつもりだった。だって、友達を作れば、私は重くなってしまうから。恋人も一緒。だから、本当は嫌だけど、一人で過ごすつもりだった」


 ……そういえば、高校に入学してから今まで、愛純が友達と一緒に過ごしている姿を見たことがあったか? いや、一度もない。


 気づけばいつも僕の傍にいて、僕と恋人になった後は、僕と毎日一緒に過ごしている。


(そうか……。愛純には、友達がいなかったんだ……)


 僕は、彼女の何を見ていたんだ? ……きっと、何も見ていなかったんだ。


 彼女はずっと孤独で、寂しがっていたはずなのに。


 ――僕は、それを全く見ていなかったんだ。


 自分のことを、殴りたくなった。


「――でも、私は君と出会ったんだよ」


 今までの暗い雰囲気を全て振り払うように、愛純は笑った。


 僕の右手を両手で優しく包み込み、話す。


「偶然隣の席になった望が、友達とたまたま恋愛観について話しているのを聞いたんだ」


 恋愛観について? ……正直全く覚えていない。記憶の片隅にもない話だ。


「覚えてないかな? 望は『重いくらいの恋愛が丁度良い』って言ったんだよ。それに対して友達は『過剰に束縛されたり、毎日連絡してとか言う女と付き合うのは面倒じゃないか?』って言ったんだけど、望は『そういう彼女、可愛いと思う』って言ったの。その瞬間、私は君にゾッコンだよ。もう、あなたしか見えなくなったの」


 そう、だったのか……。


 つまり、それが、愛純が僕のことを好きになったきっかけ――。


「あなたと付き合い……ううん、もう結婚したくて、絶対にあなたのお嫁さんになりたくて努力したの。望の好きなタイプとか、趣味とか、家とか、色々調べ尽くして、努力したの。本当はね、私、ラノベのことはあんまり知らなかったんだ。でも、望に好かれたくて沢山読んだんだ! 今ではちゃんと趣味だよ!」


 ドクン。


 その時、だった。


 ふいに、僕の心臓の鼓動が、早くなる。


 ドクン、ドクン。


(ああ、やばい。これ……こんなの……!)


「望と付き合えて、本当に良かった。今の私は、毎日が幸せ。ただ、望のことを一番知ってるのは私だって自信があったからこそ、望のギャルゲ趣味について知らなかったのは結構ショックがでかかったな……。でも、今はちゃんと知れたし、これからももっと知っていけると思うから、やっぱり私は望が大好き!」


 僕の頬は、途端にぼうっと熱くなる。


 愛純に握られている右手も、緊張からか汗がだくだくと流れている。


「これが、私が望を好きになるまでの経緯と、好きになった理由だよ。ふふ、改めて言うの、なんか恥ずかしいね」


 彼女は照れたように笑って、綺麗な瞳で僕を見つめる。


「話してくれて、ありがとう。色々と、納得できたよ。あのさ、愛純……」


「うん。どうしたの?」


 この昂った気持ちを、今、どうしても、愛純に伝えたい。


 そんな想いが、僕の全身から溢れ出していた。


「僕も、愛純と付き合えて本当に良かったって思っているんだ。僕みたいなやつをこんなにも愛してくれて……それだけで、僕はもう、君に心の底から惚れているんだ」


「ふふ、嬉しい。元ストーカーの私を好きになってくれる人なんて、望しかいないよ」


「だから、僕も君に言いたいことがあるんだ!」


 今度は僕が、彼女の右手を両手でぎゅっと包み込んだ。


 間違えて離さないように、強く、握り締める。


「聞いて欲しい、愛純」


「うん。なんでも聞くよ」


 僕らは見つめ合う。


 僕は大きく息を吸い込んで、どうしても伝えたかったその言葉を、告白する。



「お互い十八歳になったら、僕と結婚してくれ‼」



 それは、高校生の恋愛にしては、あまりにも重すぎる言葉。


 だけど、きっと、愛純なら――、



「はい、喜んで」



 そう答えてくれるはずだと、信じていたから。


「重い僕」を、きっと受け入れてくれると思っていたから。


 だから、伝えることが出来たんだ。


「さ、流石にちょっと驚いちゃった……。心臓、バクバク言ってる」


「僕は……愛純ならオッケーしてくれるって、思ってたよ……」


「えへ。まさか、このタイミングでプロポーズされるなんて思ってなかったな。でも」


 そして、愛純はぎゅっと、僕に勢いよく抱き着いてくる。


「すっごく、嬉しい!」


 僕たちはお互いの体温を確かめるように、抱き締め合う。


「ああ、誰かに重く愛されるって、こんなにも幸せなんだね!」


「生涯よろしく。僕の『重すぎるお嫁さん』」


「こちらこそ一生よろしくね、私の『重すぎる旦那様』」


 きっと、一般的な恋人関係とは、大きくかけ離れている僕たちだけど。


 でも、僕らはこれでいい。


 だって、そうだろ?



 ――重いくらいの恋愛が、僕らには丁度良いんだから。



 だから、僕らはこれでいいんだ。


 これからもお互いに干渉し過ぎなくらい干渉し合いながら、僕らの恋人関係は続いていく。


 ずっと、永遠に続いていく。


 それが、僕らにとって、最高の結末なんだ。

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