第13話 歩き巫女・狐崎ルブフ




 ――灯藤オリザとのコラボ配信のあと、ソヨギの日常に変化が無くは無かったが、それほど劇的な変化ではなかった。


 まず、動画配信サイトでのチャンネル登録者数が一万人を超えた。

 それまでの登録者数が千人超えるかどうかみたいなレベルだったことを考えれば劇的な急成長と言えるのだが、まぁ完全にオリザにおんぶ抱っこした結果でしかない。  

 しかも、そんな牧村ソヨギのチャンネルで供給されるコンテンツは、海辺で淡々と漁をするだけの動画だったり、地元のダンジョンのごく浅い階層をビビりながら進んですぐ逃げ出す動画だったり、微妙なチートスキルでしょうもない実験をする動画だったりで、見目麗しく派手な灯藤オリザの動画で目の肥えた視聴者からのウケはイマイチで、少しずつ順調に登録者数は減少している。


 職場で趣味について話し掛けられることが多くなった。ただその内容は灯藤オリザの人となりについてだったり、「あの老人ホームは一体なんだったんだ!?」というソヨギに対する興味とはかけ離れた質問ばかりだった。あの老人ホームが一体なんだったのか、こっちが聞きたいぐらいだ。一人だけ、学生時代に陸上をやっていたらしい同僚が「あの狭い足場で槍を50投も出来るのは普通に凄いよ」と言ってくれたのは地味に嬉しかった。


 地味に辛かったのは、ソヨギとはあまり接点の無い別の部署の部長が「ダンジョン探索動画配信者らしいね」と声を掛けてきたときだ。しかしその人のイメージするダンジョン探索が、それこそ灯藤オリザなどのトッププロの探索者が万全な準備と共に難攻不落のダンジョンの深部に挑むような非常に大規模な探索のみに固定されてしまっていて、ソヨギのような個人の趣味で行う小規模な探索の存在など知りもしない、想像も出来ない様子だった。

 年の近い同僚やある程度見知った上司に対してなら苦笑いと共に零細探索者の実情を教えてあげられるのだが、距離感の掴めない地位の高い人間に知識不足を指摘する勇気が湧かず、適当に話を合わせる形で誤魔化さざるを得なかった。


 ……動画配信者として、ただの趣味から一歩前へ進みたい願望はある。しかしまぁ身の丈に合わないことをしてもボロは出てしまうだけなので謙虚さは常に意識しておきたいとは思っていた。


 だがそれはそれとしてチャンスがあるなら掴まない道理は無く、灯藤オリザとの再びのコラボで自分がどうなっていくのかは、期待し過ぎないように意識しつつも、次の心霊スポットでの撮影も、少なからずワクワクはしていた。






 WEB会議からおよそ一か月後、ソヨギを含む四人を乗せた車は、栃木県山中の山道を道路沿いに蛇行しながら目指していた。


 本日は土曜日。先日の養老山の配信で一週間もの有休を取ってしまったため、有給申請に遠慮の気持ちが生まれてしまい、ジンジと相談した結果土曜日に撮影に行くことになったのだ。


 金曜日の退勤後に即時電車を乗り継ぎ新幹線にて東京に到着。ホテルで一泊後早朝にジンジが運転するワンボックスカーにピックアップされ、朝焼けで目覚める大都会から深い山道へと連れ去られたのだ。


「…………」


 助手席に、見知らぬ女性が座っていた。


 とりあえず目を惹くのは服装だろう。いわゆる巫女装束を着ているのだ。白衣に緋袴、その上には薄白く透けた千早まで羽織っている。


「陰陽師兼結界師兼霊媒師兼魔法使い兼歩き巫女兼ダンジョン探索者の狐崎ルブフ。よろしく」


 後部座席のオリザの隣に座ったソヨギは、前方の助手席から差し出された手を、自分も自己紹介しながら握手した。


 女性の年齢は三十代中盤ほど。軽くウェーブの掛かった少し染めた茶髪にハッキリした目鼻立ちにしっかりメイクが施されており、正直巫女装束があんまりに合っていない。ドレスとかスーツ姿の方が確実に様になっていると思わされる。そして眼付きに威圧感があり過ぎる。終始目が座っていてソヨギに自己紹介したときもにこりともしなかった。表情や言動で感情を表に出すタイプの人間ではないらしい。


 事前のWEB会議でジンジから訊かされていた、心霊現象のエキスパートである。現地では彼女の助言の元に探索を行うことになっている。

 

 ……一行が栃木県に入った辺りでルブフの提案により彼女の行きつけの神社でお祓いをしてもらう段取りになっていた。撮影前のお祓いは、心霊スポットを撮影に行く際は必ず行われる旧世紀からの習わしであるらしい。その行きつけの神社に辿り着くとすでに話は通してあったらしく、神主さんに社殿に通され、非常にスムーズにお祓いが行われる。

 そして改めてダンジョン兼心霊スポットへと目指す。道路こそ整備されてはいるものの、本格的な山道が続き、いよいよ人間社会から隔絶されダンジョンやら心霊現象やらが待つ『異界』への道筋を進んでいると意識させられる。






「……その、実際のところ、今日行く『上三川Deep』って本当にお化けとか居るんですか?」


 道すがら、ソヨギは狐崎ルブフにそんな質問を投げかけた。助手席のルブフは、視線を上げバックミラー越しに後部座席のソヨギの顔を一瞥した。冷たく沈んだような眼差しで、やっぱり威圧感がある。


 心霊スポットに行く前提で話が進み、霊能者をパーティーに加え神社でお祓いまでしてもらった訳だが、その問題の『上三川Deep』が一体何なのかぼかされてしまったままここまで来てしまっている。

 いやもちろん何なのかわからないから調べに行くのだが、今日の探索に関してどういう見解を持っているのか専門家から前もって聞いておきたい。

 ――というような内心をソヨギはこんな企画に引き摺り込んだジンジへの愚痴も交えて吐露した。ジンジは若干苦笑いしていた。


「実際のところ、わたしにもわからないわね」


 ちょっとダウナー気味な口調で呟くルブフ。夜中のバーカウンターで酒を片手に、人生に疲れ果てた男なり女なりが静かに人生を回顧するみたいな雰囲気である。我ながら失礼な喩えだが。


「……霊が廃墟に集まりたがるのはまぁ通説ではある。人間だった頃の意識が残留しているなら建造物に居着きたいだろうしそうやって集まった霊のエネルギーが堆積して現実に影響を及ぼすレベルになる、みたいなことは有り得るけど。今日行く場所がそういう本物かどうかはさて、知らないわね」

「……行ったことはないんですか?」

「無いわね。仕事じゃなきゃ行きたくもないわ、心霊スポットなんて」

 ジンジが隣で困ったようにまたもや苦笑いする。


「でもルブフさん、『上三川Deep』に対しては以前から気になっていたっておっしゃってませんでしたか?」

 そう質問するオリザ。

 その口調は、ある程度敬意を持っているが親し気なニュアンスを帯びていて、二人が知り合いらしいとソヨギにも読み取れた。


「……『上三川Deep』の上に建っている旅館は昔から有名な心霊スポットらしくてね。

 そのダンジョンがある地域一帯は元々有名な温泉街で、旧世紀の末ごろにはかなり賑わっていた。『上三川Deep』も旅館のその内の一件。ただその後の長い不況で地域一帯の旅館が軒並み廃業して四半世紀後には巨大な廃墟群になっていたらしい。

 その頃からその旅館跡には霊が出るって噂があった。実際旅館に曰くがあるからって言うより廃墟になったあとの外観があまりにも『心霊スポット』としての説得力に満ちているからだと思うわ。見たでしょ、『上三川Deep』の写真。如何にも霊が居そうな感じの」

 オリザに対してだけでなくソヨギにも向けられた言葉。二人は揃って「はい」と答える。


 ルブフの言う通り、資料として見せられた旅館跡の全容を写した写真は「間違い無くヤバい」と感じさせる凄味があった。

 その旅館跡は谷底に川が流れる渓谷の縁に立ち、恐らく六階建て程度、しかも深い渓谷に迫り出すように建造されており地階も造られている。建物自体も堅実な造りでありつつ和のテイストがしっかり散りばめられていて、豊かな自然の山河に抱かれつつも豪奢な存在感を残している。

 そしてそんな豪奢な存在感を残しつつもその旅館は廃墟になってしまっている。建物は現存しているが細部の意匠は崩れ外壁は所々剥がれ落ち、自然と一定になるどころか周囲の木々に浸食されている。ただ、建物そのものが持つ圧倒的な存在感だけは未だに健在で、風光明媚な高級旅館が、そのまま不気味なお化け屋敷に反転してしまっているのだ。


「そもそも、その旅館がダンジョン化してるって発覚した切っ掛けって、若者が廃墟で肝試しをやったのが切っ掛けだったはずですよね」

 ジンジの補足に首肯するルブフ。


「話の要点は『少なくとも地下迷宮無秩序形成現象が起こる以前からそこが心霊スポットとして認知されていた』点にある。地下にダンジョンが出来る以前から『異常だ』と感じられる素養があったわけ。まぁ、それが、ただの噂が独り歩きしただけの可能性ももちろん高いけど。ただ問題は、地下迷宮無秩序形成現象が発生する以前からその旅館が霊を集める本物の心霊スポットだった場合。ダンジョンの性質と心霊スポットの性質が相互作用を起こしている可能性が有って、その場合、何が起こっているのか確かめないといけない」


「……『恐山Deep』に近い感じですか?」

 そう訊くのは灯藤オリザ。

「いいえ、恐山Deepとはまた違う性質だと思う。恐山の方は悪霊や心霊現象よりも『地獄の再現』という面が取り沙汰されている。この世とあの世の境目と見做されてきた土地の役割がダンジョン形成にわかりやすく作用している。ダンジョンのギミックも日本的宗教観における地獄をモチーフにしている様子が見て取れる。ある意味、悪霊の溜まり場である『上三川Deep』とは逆の性質を持っていたと言えるわね。地縛霊が、構成要素としてダンジョンに組み込まれるかどうかは見定めないと」


「……あの、来るのを嫌がっていたみたいでしたけど、今の話を訊くと結構モチベーションが高いようにも受け取れるんですけど」

「寄る辺の無い霊に安息を与えたいとかそういう、いわゆる『霊能者』としての使命感とか職業意識みたいなものは確かにある。ただ、そこに軸足を置き過ぎて霊に肩入れし過ぎると帰って来れなくなる可能性もある。程良く『縁』を造らないためにもビジネスライクでやらないといけない訳」

「……なるほど」


「それに何よりも面倒臭い。本当は本当に関わりたくないのよ」

 心底ウンザリしたようにぶっちゃっける狐崎ルブフ。まぁまぁ台無しである。






 山道を蛇行しながら進むワンボックスカー。


 途中通り過ぎる人里も明らかに民家がまばらになり始めた辺りで、真新しい鉄製の門が道路を遮っている。『上三川Deep』の監視所である。


 門の前で一旦停車し、ジンジが車から降りて門の脇にある同じく真新しいプレハブ小屋の中に入る。程無くして門が自動でゆっくりと開き、ジンジが車に乗り込み運転が再開された。


「……随分ダンジョンから遠い場所に監視所があるんですね? しかも監視所に武装とかほぼ無さそう」

「『上三川Deep』は一応『閉鎖タイプ』に分類されているダンジョンだからね」

 何となくアスファルトの劣化が激しくなっているような気がする道路を走行しながら、ソヨギの質問に答えるジンジ。


 『閉鎖タイプ』とは、何らかの理由でダンジョンの外にモンスターが流出しないタイプのダンジョンを指す用語だ。中のモンスターの性質でダンジョンの外に出たがらないケースが主である。その場合、監視所はダンジョンからのモンスター流出を防ぐ役割は著しく簡素化され、あのように門だけになる場合もあるにはある。許可の無い者を入れないのが主な任務になる。


「……にしても、あそこまで門以外は何もないみたいな監視所は珍しいですね」

「まぁ、都内の監視所の再整備がようやく終わりそうなのが現状だし、地方の危険度の少ないダンジョンの監視強化は後回しなんだろうね。一応センサーや監視カメラはある程度仕掛けられているらしいけど。

 行政としては『上三川Deep』の危険度を正確に測りたいんだろうけど、撮影機器のトラブルが頻発する謎現象のせいで民間の動画配信者が寄り付かないから結局よくわからないまま放置するしかないんだろうね」

「まぁ、リソースを分配する立場なら、わかりやすく危険な都市部のダンジョンを優先するでしょうね……」






 程無くして。


 荒いアスファルトと木々だけが続いていた景色が不意に拓ける。


「おお……」

「わぁ……」


 ソヨギとオリザは揃って溜息を吐く。


 木々の豊かな山を穿つように走る渓谷と水量豊かな河川の姿がダンジョン探索者の眼前に晒される。


 そしてそんな豊かな自然の景観を楽しむ間も無く、別の意味で息を飲む光景が飛び込んでくる。かつての栄華の残滓、温泉旅館の廃墟群だ。


「いよいよ来たねぇ……」

 そう呟くジンジの声はどこか弾んでいた。非現実的な光景にテンションが上がるのもわからなくはないが、想像よりもなお不気味な雰囲気に気圧されて、ソヨギは内心ゾッとしていた。


「もういいんじゃない? この辺の路肩に止めましょ」

 温泉街の入り口に差し掛かった辺りでルブフは提案をする。


「え……、でも目的地までまだ2キロほどありますよ?」


「こんな中、車で走るなんて考えられない」


 そして狐崎ルブフは心底ウンザリした口調で呟く。




「この場所は間違い無く『本物』よ。ここからでもわかる」




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