第12話 山野辺ジンジのとんでもない屁理屈




「ドローンとアイカメラの両方で同時に機材トラブル、ですか?」

 オリザが訝し気な表情でWEB会議アプリ越しにジンジに尋ねる。


「それは、撮影した映像を受信するタブレット端末の不具合、とかではないんですか?」

「その線ももちろんあるんだけどね。とりあえずこの生配信はここで終わってしまったみたい。のちに配信されたへぐさんの雑談配信でこの栃木県での配信を振り返って『機材トラブルで生配信が出来なくなった』って言っていたよ。いま観てもらった映像もさ、動画サイトのアーカイブに残さなかった映像で、生放送を録画していた知り合いに送ってもらったものなの」


「……機材トラブルで、映像が映らなくなったことに何か意味があるんですか?」

 そうソヨギが尋ねると、ジンジは無闇に眼力のある瞳を嬉し気に少し細めた。正直、不安を掻き立てられる反応だ。


「幽霊が実在する、という前提で話すけど」


 そう切り出したジンジに、画面上で雁首を並べるソヨギとオリザは揃って顔を顰めた。


「ビデオカメラが誕生して以降、様々な時と場所で霊を撮影しようとする試みが行われてきた訳だけどハッキリとした成果が得られた例はほぼ存在しない。なにかそれっぽいものが映っていたとしても光の加減だったり何かの見間違いだったりぼやっとハッキリしないケースだったりそんなのが大半だ。これは、一体何故だと思う?」


「……幽霊が実在しないから?」

 最初に提示された前提条件を無視しておずおずと答えるオリザ。


「かもしれない」

 そんな初手ちゃぶ台返しを平然と肯定するジンジ。


「しかし現実は、ある意味『それ以前』の問題なんだ。お化けが居ると噂される心霊スポットに撮影機材を持ち込むと、高確率で撮影機材にトラブルが起こる。安定したコンディションで撮影を続けられる状況が維持出来なくなってしまうんだ。万全に機材を準備してもそのトラブルのせいで十全とは言えない状態での撮影を強いられる。かつての映像業界ではよくあった話みたいでね、一部では霊障による機材トラブルと考えられている」


 ソヨギとオリザは揃って訝し気な表情を浮かべた。

 霊による何らかの影響で撮影機材にトラブルが起こる、だから霊が撮影出来ない。  

 確かに辻褄は合っているのだが、先人達の至らなかった点をお化けのせいにして更にそれの幽霊実在の根拠のひとつに組み込もうとする図々しさには閉口せざるを得ない。


「へぐ・あざぜるさんも心霊スポットで配信をしていましたよね? さっきの機材トラブルも霊の仕業と考えているんですか?」

「そもそも、このダンジョンが探索されていない理由ってそこなんだよ」

「?」


「へぐさんの動画で言っていたこのダンジョン、『上三川(かみのかわ)Deep』はこの『霊障による機材トラブル』が発生することで有名だったんだ。不可解な現象で探索者に倦厭されていたのもあるんだけど、それ以上に、持ち込んだ撮影機材が高確率でトラブルを起こして撮影がまともに出来ないのが問題でさ、ダンジョン動画探索配信者にとってはそれはあまりにも致命的。動画配信者が探索しようとしないから映像データが集まらない。映像データが集まらないから後続の探索者が手を出しにくい。そんな感じの負のスパイラルで都心から車で2~3時間とかいう丁度良い立地なのにアンタッチャブルなダンジョンになってしまっているんだ」

「……それって、霊のせいって言うよりダンジョンの性質で機材にトラブルが起きている可能性は無いんですか? トラップ的なもので」

 話の腰を折るようなソヨギの指摘に「いやまぁ、それも有り得るね」とアッサリ肯定してしまう。


「迷図拡散(ミノスロード・スプレッド)発生以降、コンテンツとしての心霊現象はすっかり人気が無くなってしまった。現実のダンジョンやモンスターの方がよっぽど不可解で具体的な恐怖だしそもそも魔法技術の発達で『心霊現象も何らかの思念が空間に転写された現象じゃね?』みたいな雑な仮説が一般化してしまったせいで現状目新しさが無くなっちゃってるんだ」

「確かに」

 ソヨギも同意する。


 迷図拡散(ミノスロード・スプレッド)発生以降時代が変わった現代において、概念として『霊』の存在こそ知っていても、かつて一大コンテンツとして映画やらテレビ番組やら動画配信やらで扱われていた事実は過ぎ去りし時代の記録のようにソヨギには思えていた。


「山野辺さんは、心霊ブームの再燃を狙っているんですか?」

 少し意地悪そうな口調で目を細めながらオリザがジンジに尋ねる。


「そうじゃないけど、心霊現象一本で企画組んだところで誰も喰い付かないけどダンジョン配信と組み合わせると結構シナジーを発揮するんじゃないかなってさ。

 まぁ、古いホラーの実録ものとかが好きなのは実際そうだけどね。若いときは結構そういう古い作品を漁ってたし。でも世相的には間違い無くダンジョン配信の方が主流だし面白いからね。趣味と実益を兼ねるなら今なんじゃないかなって思ったんだ」

「……山野辺さんの趣味で心霊スポットに行かされるのはわたし達なんですけど?」

「……えと、実はお化けとか苦手だったり?」

「いえ。大丈夫ですよ?」

 頼もしくもしれっと即答するオリザ。


 さてこの状況で自分は心霊現象を怖がっているかどうか自問するソヨギだが、正直『霊』という概念が縁遠い過ぎてピンと来ないというのが本音だ。お化けに本気で怯えた記憶を辿ろうとすれば年齢一桁の頃まで遡らねばならない。


 そんなものより。

 

 正体がわからないダンジョンの方が探索者にとってはよっぽど怖い。


「その、この会議に呼ばれたってことは、オレも上三川Deepの探索パーティーの候補に入ってるって理解でいいんですかね?」

「あ、牧村さんは心霊スポットとか苦手?」

「いえ、そこはとりあえず問題無いんですけど、このダンジョンの霊障?だか固有トラップだかで撮影機材がダメになるってところが凄い気になりますね。それは、動画配信として成立させられないんじゃないですか?」

「そこを解決するために君の能力を借りたいんだ」


 したり顔でそんなことを言うジンジ。予想外の返答にソヨギは面喰った。


「能力って、『グングニル・アサイン』のことですか?」


「そうそれ」


「いや、いまの話の中でオレのチートスキルがどう役に立つのか全く見当が付かないんですけど」


「グングニル・アサインの能力について改めて詳しく確認したいんだけど」

 そう言いつつ画面の向こうのジンジは居住いを正し、先程より心持ち画面に身を乗り出してくる。


「牧村さんのチートスキルは、任意の槍に神槍グングニルと同じ性質を付与する能力と考えていいんだよね。つまり、投げた槍を手元に戻しつつ折れていたら修復する」

「……はい」


 ――厳密には、北欧神話の主神・オーディンが持つ槍『グングニル』には『折れてもすぐ修復される権能』は存在しない。

 神の武器『グングニル』のキモは『何度でも再利用出来る投げ槍』という点にあり、それは神話が語られた時代の武器の理想形を表している。折れた際にすぐ再生する機能は本物のグングニルには無いが、その武器の理想形を補完するために付与されたオマケ能力のように思う。そもそも本物の神器:グングニルはへし折れる可能性が皆無なのかもしれない(あくまで神話上で語られているグングニルの話である。グングニルが実在していたかどうかは知らない)。


 いや、更にそもそも『グングニル・アサイン』というチートスキル名はソヨギが半分勝手に付けたようなものなので、手持ちの槍を『グングニル』にするチートスキルではない。あくまで『グングニルに似た性能を持つ何か』に変える能力である。


 閑話休題。ジンジの質問は続いている。


「……そして、そのチートスキルの対象になる槍は極端な話、本物の槍でなくても構わないんだよね?」

「えーと、厳密には、オレが槍と認知出来るものならなんでも、です。真っ直ぐで細長い木の棒でそれっぽい形なら槍と認知出来ますけど、反り返っていたり枝がたくさん付いていたりしたら槍とは認知出来ないですね」


「あとさ、例えばゲームとかで凄く複雑な装飾がされた槍が出てくることがあるよね? それを投げ槍として投げて装飾がめちゃくちゃになったとき、グングニル・アサインで手元に戻したら、その部分もちゃんと修復されるのかな?」

「ええと……、試したことは無いんですけど、予想では、出来ると思います……」

「予想か……」


 そう呟くとジンジは、なにやら満足げに顔面を画面から剥がし、背もたれに身を預ける。何だかわからないが何かの核心に迫っている空気感がネットワーク越しに伝わって来る。


「以前牧村さんの動画を幾つか観させてもらったときに、ひとつ気になった動画があってさ」

「はい」

「昔の戦争よろしく旗を巻き付けた槍を火で燃やしてチートスキルを使ったらどこまで再生するのかみたいな検証動画。槍が手元に戻って来たときに熱くてビックリするみたいなリアクション芸するヤツ」

「……はい」


 まぁ熱かったのは本当で、手の平を軽く火傷して本業(公務員)にかなり支障が出たのだけれど……。


「そのとき気になったのは、旗が燃え尽きて再生しなかった点もそうなんだけど、槍の方の塗装はしっかり再生していたのにちょっと驚いたんだ。多分陸上競技用の投げ槍だったものが旗を焼いているときは煤塗れになっていたけど、チートスキルを使うと綺麗な白の塗装が元通り戻っていた。要するに、槍の構成要素に属していた『表面の塗装』は修復されたけど、『旗の布』の方は構成要素に属していなかったから再生された、ということになる」

「あー……、確かに、槍に付ける旗は不純物だ、って意識はあったかもしれないですね」


「そこで考えたんだけどね、この『槍の装飾なら再生する』というルールを可能な限り拡大解釈出来ないかなって」

「え……、例えば……」

「例えば、カメラを牧村さんの槍に取り付けて、霊障でカメラが壊れたら即グングニル・アサインでカメラを修理する、とかさ」


 ソヨギとオリザは、完全に顔面が硬直してしまっていた。あまりの異様な発想に、ソヨギは表情をコントロールする手間を忘れていた。オリザも恐らく、そんな感じである。


「カメラの構造を槍の装飾に見立てるんだ。これをやるなら古いフィルム式のカメラの方が妥当だと思っている。構造がわかりやすい方が修理し易い気がするし何よりソフト部分とハード部分がハッキリ分離しているのが重要。デジタルカメラなんかをグングニル・アサインの能力で損傷前まで巻き戻すと、中のデジタルデータなんかも最初の状態まで巻き戻ってしまう可能性が有るからね。フィルムの部分を燃え尽きた旗に見立てて貰えばその辺は解決すると思う」

「ええぇ……、そんなこと出来るんだぁ……?」

「いやいやいやいや、これやってみないとわからないからね!? こんなこと思い付きもしなかったし!」

 訝しげな表情をしながら呟くオリザに、ソヨギは慌てて予防線を張る。


 いやまぁ、ジンジの発想は面白いと思うが、希望的観測に満ち溢れた屁理屈と言わざるを得ない。


「とりあえず実証してみないとなんとも言えないよね。近々カメラを送ってみるから試して欲しい」


 無邪気な遊び心をビジネスマンらしい態度で無理やり抑え込んだような精力的な様子でそんなことを言うジンジ。




 WEB会議の僅か2日後、オリザが所属しジンジが務める芸能事務所から本当に古いムービーカメラが送られてきた。ご丁寧に、投げ槍に差し込んで槍に固定できる筒状のアタッチメントと一体になっている。


 そのカメラを投げ槍に取り付け、能力を発動、グングニル・アサイン。



 

 ……ジンジの狙い通り、それは、成功してしまったのだった。



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