第二部 恐怖の霊障機材トラブル編

第11話 『デス・リスポーン』とかいう最強スキル持ちのオレが挑むダンジョン探索動画生配信




 へぐ・あざぜる。

 俗に言う『迷惑系ダンジョン探索動画配信者』である。

 

 ソヨギも業界研究のために何度か動画を観たことはあるのだが、なるほど、馬鹿げてるなと苦笑いを禁じ得ない所業を嬉々として行っていた。

 

 最近は同業者弄りのネタが多い。他のダンジョン探索者がダンジョンに入る直前の撮影に映り込んでウザ絡みするとか、人気配信者の卑猥なゴシップネタを替え歌にして歌いながらダンジョン内で生配信をするとか、近日中に人気配信者が探索に来ると告知されたダンジョンの外壁に幼稚な落書きを先回りして残すなど、くだらないお遊び。


 これらの不快なおふざけは活動初期と比べればかなり自重していると言われており、活動を始めて間もない頃にやっていた『監視所ストレスチェック』シリーズは行政からも問題視され、SNS上でかなりの勢いで炎上した。

 ダンジョン内で爆発物を使いモンスター達の注意を引き、追い掛けてきたモンスターをダンジョンと外界の境界である監視所まで故意に連れて行き、自分は隠れて監視所がモンスターの侵攻を止められるかを監視する、とかいう職業倫理の欠片も無い企画である。


 シリーズ化するほどそのような事件を乱発させたへぐ・あざぜるは警察から事情聴取を受け、二度と同企画は行わないと約束させられたらしい。しかし、本質的な炎上商法には変化は無く、その後もアウトとセーフのボーダーラインを探るタップダンスのような動画配信を繰り返している。


 そんな彼を有名配信者たらしめた切っ掛けはそんな迷惑系配信者気質に加えてもうひとつ、彼のチートスキルにある。


 へぐ・あざぜるは、自分のチートスキルを『デス・リスポーン』と呼んでいる。

 シンプルに言えば、『死んでもすぐ蘇る能力』である。


 任意の場所を『リスポーン地点』に設定し、どこかでへぐ・あざぜるが死ぬと、持ち物も含めてリスポーン地点にテレポートしつつ無傷の状態で復活するという、間違い無く強力なチートスキルである。


 チートスキルガチャURと言っても過言では無い。

 

 へぐ・あざぜるはこの自身も撮影機材も復活するチートスキルを使用し、非常に無茶なダンジョン探索を行う。


 通常、王手事務所に所属する配信者などプロの探索者は安全な探索のための準備やプランニングに非常に気を遣うし人命最優先で無茶な探索は行わない。

 しかしへぐ・あざぜるは自身のチートスキルを利用し、非常に気軽に高難易度ダンジョンの深部へと乗り込んでいく。それらは安全上の懸念で官民共に手を出せないでいるダンジョンにも及び、難易度が高過ぎて誰も手を出さないダンジョンの唯一の映像資料がへぐ・あざぜるのおふざけ動画のみ、というケースが多々あるらしい。


「へぐさんのチートスキルは、羨ましいですねぇ~。オレこんなスキルが有ればもっと有益な動画が撮れるんですけどねぇ~」


 WEB会議上でへぐ・あざぜるの話題が出た際、ソヨギが自嘲気味にそう呟くと、PC画面の向こうの灯藤オリザと山野辺ジンジは苦笑いを浮かべた。




 養老山での動画配信の数週間後、山野辺ジンジからオリザとの新しいダンジョン探索コラボ配信の出演依頼が来た。二つ返事で引き受けたい反面、前回のまあまあ命懸けな配信を思い返すとちょっと躊躇わされる。詳細を訊こうとしたがジンジはどうも言いにくそうで、「近々オリザも交えてWEB会議をするからそのとき詳細を説明する。参加の是非もそのときまで保留でいい」とのこと。


 そして今日がそのWEB会議当日だ。挨拶もそこそこにジンジが切り出してきた話題が『へぐ・あざぜる』を知っているかどうか、だった。


「まぁ、でも、死んでも平気だってわかっていても、自分から死地に飛び込んでいく胆力は尋常じゃないよね。あの貪欲さについては見習っていきたいよ」


 オリザも、ジンジの言葉に深々と首肯する。


「あんまり見習えないんだけどへぐさんの配信で凄いなと思ったのは、他の配信者さんの話をするとき、ネットでの評判をちゃんとチェックした上で独自の視点を織り交ぜて悪口を言ってるところで、意外と研究熱心だしセンスはあるんだなぁ、てところはありますよね」

「あー、わかる。まぁ、参考にされたら困るけどね」

「あはは、ですね」


「…………」


 オリザとジンジのへぐ・あざぜる評を聞き、ソヨギは内心きょとんとさせられてしまった。

 理由はへぐ・あざぜるに対する微妙な評価の高さである。正直ソヨギはへぐ・あざぜるに対してあまり良い印象は持っておらず、オリザ達も同様のマイナスイメージを持っていると思い込んでいたのだ。


 確かに、ダンジョン探索配信者としてはへぐ・あざぜるはオリザよりもかなり先輩だ。


 功罪の『罪』の部分は先程例示したようにかなり重いが、未踏のダンジョンに積極的に挑み記録を残す『功』の部分はやはり同業者としては無視出来ないのであろう。


 暴言を吐きながら身の丈に合わないダンジョンに分け入り無残に殺されるへぐ・あざぜるの姿はある意味でミーム化しており、『ダンジョン探索配信者』の負の代名詞としてイメージされている部分もある。


 災害と冒険が溢れる『命が安い時代』のイメージを形作ったとさえ言われている。


 へぐ・あざぜるが無残に命を散らしたり不用意な言動で炎上を引き起こす様子は、逆に王手の動画配信関係者に緊張感を与え、安全なダンジョン探索と遵法意識を徹底させる土壌を作った。無名では、反面教師にもなり得ないのだ。


 素行はアレだが、業界への貢献度は決して無視出来ないレベルの人物で、同業者の間でへぐ・あざぜるの話題が挙がる際は、『肯定はしないが一定の敬意を示す』みたいな仕草が一般的になっている。


 まぁ、リテラシーに細心の注意を払いながら細々と活動しているソヨギにとっては、不愉快さの方が勝る人物である。チートスキルのゴリ押しすごいですね、みたいな僻みは少なからずある。


「まぁ、愚問だとは思ったんだけどね、一応前提条件して確認したくて」

「はぁ……」

「それでまず、説明の前にこの動画を観て欲しいんだけど……」


 そう言いながらディスプレイの向こうのジンジはキーボードを操作した。現実世界の、本物のキーボードである。画面の向こうのジンジは今日はヘッドセットを身に付けておらず、妙に両目の離れた、彫りの深い顔が晒されている。


 ジンジの操作により、画面上に四つ目の窓が表示された。


 映り込んだのは一人の男。不敵な笑みを浮かべたまま硬直する人物は先程話題に上がった『へぐ・あざぜる』である。


 どうやら、へぐ・あざぜるの配信動画らしい。


「いきなりこの人の動画見せるのは不快に思うかなと思ったから、一応大丈夫かどうか確認した」

「ああ、あはは、大丈夫ですよ」

 確かに、耐性の無い人間には良くないかもしれない。


「じゃあ、早速」

 ジンジの操作により、動画は再生される。






『はい諸君、こんばんは。へぐ・あざぜるの冒険動画にようこそ』


 仄かに狂気を孕んだような不敵なドヤ顔で、気取った口調でカメラの我々に話し掛けてくる男、へぐ・あざぜる。


『先日ぅー、話題にしてたよね、心霊スポットに出来たダンジョンの話。まぁどーーせオレが死ぬ姿が見たいヤツらが大部分だからオレの雑談配信とか観てないだろうからさざっくりと説明するけどさ。

 えー、ここは栃木県の山奥。潰れたデカい温泉旅館の心霊スポットがあってその地下にダンジョンが出来たの。まあまあ都心に近い場所なはずなんだけどそこが手付かずで、殆ど攻略された記録が無い訳。まー、僅かな記録を調べてみたんだけど、よーするにみんなビビってんだよね。正体不明の不可解な現象が起きて対処出来ないー、とか言ってさ。いやいや、そういうのがひ弱な民間人に被害を及ぼさないように調べんのもオレらダンジョン探索者の仕事じゃね? て思うんだけどさ、プロの自覚あんのかねぇ?』 


 ――物申す系のイキり散らかした態度に呆れた苦笑いを浮かべそうになったが、寸前で圧し留めた。WEB会議上で一緒に見ているオリザとジンジの様子が真剣そのものなのだ。特にオリザはその美しい瞳を丸く見開き喰い入るように画面を見詰めており、内心見惚れてしまう。

 無防備なオリザの表情を観察できてしまう状況というのはつまり、あちら側からもソヨギの様子がしっかり観察されてしまっている訳で、このような『不快感を煽るネット情報』を目にしているときの、あまり余所様に見せられない『厭らしい』表情もしっかり観察されてしまう危険性が有る。ビールとつまみをお供に突っ込みを入れながらみるのが妥当な動画でも、現状そのような状況ではない。表情には細心の注意を払わねばならない。


 へぐ・あざぜるの動画が撮られている時間帯は昼間。場所は駐車場らしいがアスファルトにはヒビが入り抉れている場所もある。ちらりと映る周囲の建物も、雑草に浸食され外壁に劣化が見られる。


 へぐ・あざぜるの装備はあからさまな迷彩服にアイカメラ付きヘルメット、アサルトライフルにバックパック。腰に固定した小物ケースからタブレットを取り出し画面をタップするとカメラの角度が上向きに変わり、へぐ・あざぜるの背後にある巨大な旅館を仰ぎ見るように映し出した(そして、タブレット操作により、この映像はカメラマンではなく自動追尾のスマートドローンによって撮影されているのがわかる)。


『まーだから、不甲斐無い同業者の代わりに、オレがちょっと探索してやろうって訳なんですよ。これも能力者の責務ってやつですよ。ノブレスオブリージュ、果たしていこうと思います』


 キメ顔で言ったところ悪いけど、多分ノブレスオブリージュの使い方間違えてる、とツッコミそうになったけど全力で圧し留めた(『高い社会的地位を持つ者が負うべき義務』とかそういう意味だったはずだけど、チートスキルを持っているとはいえ『迷惑系動画配信者』が『高い社会的地位』を持っているかと問われるとかなり疑問だ……)。


 そしてドローンカメラに背を向け、タブレットでドローンが自分の背中を取るように調整しつつ眼前の旅館の入り口に向かって歩き出すへぐ・あざぜる。


 だがしかし。


 画面が不意に硬直する。


 デジタル的な亀裂を走らせながらへぐ・あざぜるの後ろ姿の輪郭がぶるぶると震え、ぶつん、と嫌な音を立てながら画面がブラックアウトした。




「……これでこの映像はお終い」


 淡々と噛み締めるような表情のジンジ。反面オリザは眉間に皺を寄せて納得いかない表情をしている。というか、パソコン画面上の今の自分も同じような表情をしている最中だ。


「え、続きは、観なくていいんですか?」

 ひとりで落ち着いた表情をしているジンジにソヨギは恐る恐る尋ねた。


「ああ、あれで終わり。というか、あの動画のオリジナル自体もあれ以上撮れてないんだよ」

「?」

「ドローンのカメラが機材トラブルで、動かなくなってしまったみたい」


 機材トラブル。


 まぁ、そういうこともあるだろうけど、なんでそんな中途半端な映像を見せたのかはさっぱりわからない。


「ただアイカメラの方も同時にダメになったらしくて、本当にこれ以降の映像は一切撮れなかったらしい」


 ただジンジの表情には好奇心を滲ませる含みがあり、何やら良からぬことを考えていそうだなと予感させるにはそれで十分だった。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


※本作の掲載開始直後に、新しく登場したキャラクターの名前が現実のタレントの愛称に似ていると急に気付き、急遽名前を変更しました。

 編集前に読んでくださった方を混乱させてしまうかもしれませんがご了承ください。申し訳ありません。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る