第14話 心霊スポットと眼差し




 更にルブフの指示で、車は方向転換をさせられ、車のフロントがいま来た道の方に向けられた。帰りにいちいち切り返しをしなくてもいいようにする準備だ。


「……そんな急いで帰らないといけない事態が有り得るってことですか?」

 恐る恐る尋ねるジンジにルブフは「念のためよ」とだけ答えた。


 目的地の廃旅館に背を向ける形でワンボックスカーは停車され、四人は車を降りた。


 空気は非常に澄んでいた。しかし、じめっとした生臭さが仄かに含まれているのが少しだけ気になった。それが、山の自然特有の青臭さなのか、廃墟のどこかから流れてくる異臭なのか、それとも何か霊的なものなのかは、ソヨギには判断出来なかった。


 ソヨギとジンジはワンボックスカーのトランクを開け、中から『撮影機材』を取り出した。すなわち、ムービーカメラと投げ槍である。


 250mm×200mm×150mmほどの箱型で、細い部分に円柱状のレンズが突き出ている。全面に黒皮が張られ細部の金属部品の銀色を際立たせる落ち着いた格好良さのあるシックなデザインで、古い時代の映画撮影を扱った映画くらいでしかお目に掛かれないような骨董品だ。

 それは16mmのフィルムカメラで、動力はなんと手巻きネジ。機械内部にリールに巻かれたフィルムを装着し、ゼンマイバネの解放によりフィルムのリールとシャッターを動かしフィルムを巻き取りながら連続で露光して動画を撮影するという仕掛け。電子部品を一切使っていない構造。現代となっては逆に驚異的なシステムだ。


 原型は100年以上前に造られたスイス製のムービーカメラだったらしいが、残されている部品はほんの僅かで、大部分が代替部品や3Dプリンターで再現された部品に置き換えられている。山野辺ジンジがその筋のマニアに頼み込んで借り受けたものらしい。古い時代のマシンを現代の工学技術で再現することに心血を注ぐタイプのマニアらしく、当時の既製品よりかなり頑丈に造り直しているとのこと。どんな界隈にも専門家というのは居るようだ。


 カメラのレンズから見て右側には各種調整のための機構とゼンマイを巻くハンドル。左側にはレンズに沿うように取り付けられたファインダーの筒。そしてレンズの反対側の面にはソヨギの槍を差し込むための筒が取り付けられている。そこに、先日の『養老山Deep』で使った150cmの投げ槍を通しネジで固定する。


 ……チートスキルには、そのスキル獲得者の認知の変化がその能力を拡張させると考えられている。拡大解釈で無理やり出来ることを拡げるのだ。例えば、へぐ・あざぜるは、自分の服や装備も自分自身に含まれると無理やり拡大解釈し、チートスキル『デス・リスポーン』発動時に持ち物や服も修復された状態で一緒にワープするように自身のチートスキルを再解釈した。


 ジンジは、この理屈を牧村ソヨギのチートスキルにも応用出来るのではないかと考えた。折れた槍を修復された状態で手元に戻す能力を拡大解釈すれば、『槍と見做せるものならどんな形状でも修復できるのではないか?』。そんな発想が本件にソヨギが巻き込まれた発端だ。

 例えば競技用の投げ槍の塗装や西洋のハルバートやゲームに出てくるような豪華な意匠を『槍の一部』と捉えることが出来れば、金属とレンズで構成されたムービーカメラも『槍の意匠』としてチートスキルの対象範囲として考えられないか、とする発想。この場合、内部のフィルムは修復から除外される。フィルムへの露光はある意味、無垢なフィルムを傷付ける行為と判定されチートスキル発動でフィルムが撮影前の状態に戻ってしまう可能性が有った。


 アンティーク(の模造品)のムービーカメラを槍の装飾と見立て、中のフィルムを槍と直接関係無い付属品・旗などに見立てる。こうして、どんな故障も一瞬で修復されるネジ巻き式ムービーカメラの誕生である。この装置を用い、高確率で機材トラブルが発生する心霊スポットでの撮影を敢行しようというのだ。狂気の沙汰である。


 まぁそれを、面白そうと思ってしまったソヨギ自身も、同じ穴の狢ではあるのだが。


 ジンジはそのアンティークカメラを取り付けた槍に加え、ヘッドディスプレイも被る。万が一にも霊障が発生しなかった場合は無論最新のデジタルカメラで撮影した方が何かと都合が良いので、一応準備していたらしい。ソヨギの方も、アイカメラの付いたヘルメットを渡されていた。


 オリザも、トランクからトレードマークの赤い外套を取り出し、すでに装着している戦闘服の上に羽織る。

 ちなみに、今回の探索でパワードスーツに当たる機能を持った装備を身に付けているのはオリザだけである。理由は心霊スポットの霊障を警戒してだ。


 オリザの戦闘服は本人の体型に合わせた特注品で、パワードスーツ機能を稼働させていない状態でも着用者の動作に負担を掛けない造りになっている。しかも、パワードスーツのバッテリーが切れても、魔力を流してある程度稼働させる術式が組み込まれている。一方先日ジンジが着ていたパワードスーツは既製品(それでも高級品だが)で、バッテリーが切れたり制御系に不具合が出るとただの動き辛い鎧になってしまい、ダンジョン探索の大きな負担になってしまう。


 今回の探索が長距離の行軍が予定されていない点と、霊障でパワードスーツに不具合が出る可能性を警戒して、ジンジは普通の登山着を着用して今回の探索に望んでいる。

 そしてソヨギも、似たような登山着だ。

 ……養老山Deep探索以後にまた灯藤オリザとコラボする機会があれば、今度は迷わず絶対パワードスーツを借りようと心に決めていたのだが、出鼻を挫かれてしまった感はある。


 アンティークのムービーカメラの動作確認が行われている中、狐崎ルブフは車から少し離れた場所で煙草を吸っていた。美味そうに眼を閉じながら。


 改めてルブフの立ち姿を見ると、女性としてはかなり背が高い。ソヨギと同じくらいはある。履いている靴も底がそれほど厚くないスニーカーなので、厚底やヒールで背が高く見える訳ではない(というか、巫女装束にスニーカー?)。


 携帯灰皿に煙草を収めたルブフはおもむろに人差し指を突き出し指の腹を上側に向けた。


 途端、白い影が高速でどこからともなく飛んで来た。


 ルブフの指先に、白い和紙で折られた『やっこさん』のようなものが直立していた。


「それ……、式神ですか?」

 恐る恐るソヨギが尋ねるとルブフは眉を少し上げて「ああ、偵察をさせていた」と答えた。


「遠見の術みたいな? 何か、見えましたか?」

「ああ、目を瞑っていたから何も見えていないな」

 ソヨギは、思わず顔を顰めてしまった。確かに、思いっきり目を瞑りながら煙草を吸ってはいたが、偵察しながら目を瞑るってどういうことだよ、と思わず突っ込みたくなった。


「え、あのえっと……?」

「ああ……。そもそも心眼の類の術はまあまあリスキーなんだ。特に害霊の類が住み着いている可能性が有る心霊スポットなんかは。人間は本来、目や耳なんかの生体的なフィルターを通して物事を認識するが、いわゆる心の眼で見る類の術式はその辺の緩衝材無しでダイレクトに脳内に情景を写す魔法で、仮に霊の側に害意が満ちていたら精神面にダメージを与えられる可能性が有る」

「……深淵を覗く者は深淵にも覗かれている、みたいな話ですか?」

「そういう言い回したまに耳にするな。まぁ、それに近い」

「でも、ならどうして式神を飛ばしたんです?」

「眼で視るのに抵抗があったけど、とりあえず皮膚感覚でどういう場所か感じ取っておこうと思った」


 心の眼ならぬ心の皮膚? まぁ、心の眼よりは直接的ではない感じはするけど……。


「まぁ間違い無く居るには居る。ただ、妙に慌ただしい気配なのは気にはなる」

「慌ただしい、ですか?」

 そう問うのはオリザ。準備を終えたらしいオリザとジンジはソヨギの傍までやって来ていた。


「わたし達が近くに来たからですか?」

「いや、そういう感じでもない」

 折り紙の式神を懐に収めながら答えるルブフ。

「霊的気配は動的なんだが、意識のベクトルが外側に向いていないというか……」

「外側に向いてない……?」

「無理やり喩えるなら、内側で何かやってる最中で外側まで気が回らない、みたいな」


「誰か脅かしてる最中だったり?」


 ソヨギが冗談めかして口にしたのだが、それに対して全員押し黙って返答しなかった。


 馬鹿馬鹿しい仮説だからではなく、割とありそうな話だからだ。少なくともルブフ以外の三人の脳裏には先日の密猟者の姿が浮かんでいた。


「とりあえず目的地まで行かないとわからない。フィルター付きの目で見てマジで洒落にならないレベルでヤバそうならストップかけるからさ」

 ルブフが改めて気だるげにそう言うと、ヘッドディスプレイを装着したジンジは力強く頷いた。






 そんな訳で、四人は徒歩で廃旅館を目指す。


 探索者達を囲むのは複数の廃旅館や商店の成れの果て。

 

半世紀もの間、取り壊す目途も立たずに放置された建造物群はその幾つかは自壊を始めており、原形を留めた建物も大部分が草木に浸食され、崩れ去る瞬間も秒読みのように思えた。


 植物に浸食され崩れ去る間近のかつての温泉街にはある種の退廃の美あり、廃墟マニアなどは喜びそうではあるのだが、モンスターが隠れていそうな物影があまりにも多く、全員神経を尖らせながら荒れ果てた道を進んだ。






「おお……!」


 廃墟の道を抜け、その姿が目に飛び込んできたときには、ソヨギの口から思わず感嘆が漏れてしまった。


 渓谷を整地したにしてはかなり広いロータリー、そして鎮座する廃旅館の堂々としていてなおかつ物々しい佇まいに酷く圧倒された。


「全然、崩れてないですね……」

 そしてソヨギは思わず呟く。車からこの場所に来るまでに目にした建物はどれもこれも多かれ少なかれ自壊が始まっていたにも関わらず、この六階建ての高級旅館は外壁が剝がれ始めているとは言え、ほぼ原型を留めたままそこに鎮座している。


「恐らく、地下迷宮無秩序形成現象にこの旅館も巻き込まれてるんだと思うよ」

 そう仮説を立てるのはジンジ。


「柔らかい地層が崩れない迷宮の外壁に変わるみたいに、この旅館にもダンジョン化の思惟が働いて、崩れないように補強されてるんじゃないかな?」

「この建物も間違い無くダンジョンの一部ってことですね」

 ジンジの方にしっかり顔を向け、緊張感のある表情を作って呟くオリザ。心持ち、他人に観られることを前提にした喋り方。


 ちなみにジンジのヘッドディスプレイで撮影はしているものの今回の撮影は生配信ではない。そもそも、(霊障で機材がダメになれば)今回はフィルムカメラでの撮影が頼りになるのでネットワークに発信のしようが無い。後日撮影したフィルム映像をデジタルデータに変換して、オリザの座談形式の生配信でフィルムで撮った映像を流しながら解説する予定である。

 ライブ感は損なわれるが、今まで映像データが存在しなかった『上三川Deep』の初の内部映像を灯藤オリザのトークで解説する動画はそれなりに注目されるだろう、というのがジンジの予測である。


「ヘッドディスプレイの方が生きている内に旅館の外観を撮影しておくよ。ちょっと待ってて」

 そう言いながらジンジは軽く手を振り、旅館の廃墟を見上げながら歩き遠ざかっていく。


「わたしも行こう」

 そう言いながらルブフもジンジに付いて行く。

「単独行動は危険だ」

「いや、その辺ちょっと歩くだけですよ」

「ホラー映画ではそう言って群れから離れた獲物が順番に狩られる」

「あー、それは、ありますねぇ……」


 ……霊能者としてその説得方法はアリなんだろうか? そしてそれでアッサリ納得するジンジもジンジである。


 こうして廃旅館のロータリーに取り残されるソヨギとオリザ。


 廃旅館の入り口は全面ガラス張りだったらしいがそれらは今は完全に割れて消え去り、柱と地面の溝から辛うじてかつて自動ドアがあったらしい場所が見て取れる程度。その奥は異様に深い暗闇。もうすぐ正午に差し掛かろうとする時間帯だが、ホテルのエントランスであろう場所はあまりにも深く暗く、外から中の様子は全く見通せなかった。


「……灯藤さんは、狐崎さんとは知り合いなの?」

 同じく、目の前の昏い旅館の入り口に気圧されていたオリザは、弾かれたように話し掛けてきたソヨギの方を向く。


「あ、ああ、うん。知り合いだよ。魔術のコーチングをしてもらったから」

「コーチ」

「対呪詛関連のスペシャリストだから、その辺の防衛系の魔法を幾つか教わったの」

「対呪詛防衛……、あー、結界師がどうとかおっしゃってたな……。

 ……肩書が多過ぎて面喰ったけど、あの人は一体何が専門なんだろう?」

「……元々は単に霊感が強いだけだったそうだけど、悪霊から自分を守るために色々技術を増やして行ったらいつの間にかいろんな分野のエキスパートになってた、みたいなことをおっしゃってたよ。だから強いて専門分野を挙げると、霊媒師、なんじゃないかなぁ……」


「……なんか、マッチョな人だな、生き方とか、佇まいとか」

「ぶっ……! マッチョ……!!」

 オリザは思わず吹き出した。


「それ、ルブフさんの前では、絶対言っちゃダメだよ?」

「言わない言わない」

 半笑いで釘を刺すオリザに苦笑いで同意するソヨギ。


 そのままソヨギとオリザは旅館の外観を撮影するジンジを眺めていたが、不意にジンジはムービーカメラ付きの投げ槍をルブフに渡して自身のヘッドディスプレイを外した。

 側面のボタンを押してまたディスプレイを覗き込んで首を傾げていたが、ルブフが何やら話し掛けてお互い顔を見合わせ、ルブフが肩を竦めた。


 そしてそのまま二人は戻って来る。


「どうしました」

「いや、ヘッドディスプレイにエラーが出てね、動かなく」




「ノブレスオブリージュ、果たしていこうと思います!」




 質問するオリザに答えるジンジの声を遮るように、突如謎の肉声が耳に飛び込んで来た。


 四人が弾かれるように声のする方に振り向くと、自動ドアのガラスが割れた入り口の手前に、一人の男が立っていた。


 あからさまな迷彩服にアイカメラ付きヘルメット、アサルトライフルを肩に掛けにバックパックを背負う、ソヨギよりやや背の低い人物。


 その男もこちらを振り向く。


 世間的には迷惑系動画配信者と認識されているダンジョン探索者、『へぐ・あざぜる』がそこに立っていた。



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