第5話

 帰ろうと思ったそのとき、ぬいぐるみの視線を感じた。

 

 真っ黒な目が私をとらえているようで、それから逃れようとバッグを手に、玄関に向かう。


「おねえちゃん、帰っちゃうの?」


 背後から、さっちゃんの声が聞こえた気がした。

 そんなこと、あるはずないのに。

 アパートで聞いた声、あの手型は、もしかして――。


 私は振り向きたい気持ちを堪えながら、玄関を開けようとドアノブに触れた。

 ふたたび静電気でびりびりっとしびれ、手をさする。


 さっちゃんは、いない。いないんだから。


 私は、「ばいばい」と呟く。


 しびれを堪えながら、私は小走りで家を出た。



 アパートに着くと安心した。

 実家にいた時間がとても長く感じたけど、ほんの数時間のできごとだったようだ。

 鍵を開ける。


 嗅いだことのない、においが鼻についた。

 泥臭い。ヘドロのような異臭。


 さっちゃん、あなたはここを知らないはずなのに、どうして。


 

 

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