第31話 魔装:灰熊の戦線

 不殺隊と呼ばれる部隊が存在した。

 その部隊は隊員の誰一人が死ぬことなく、戦争終結まで生き延びたという。

 

 一人一人が決して強かった訳ではないと、当時の将軍は語る。

 彼等は引き際が見事であった。

 自分達の力量を正確に把握し、手に負えない場合は最大の戦果を残して逃走するのだと。


 その話を耳にした時、俺は思わず鼻で笑ってしまった。

 敵を前にして逃げる? そんなものが許される状況な訳がないだろう。

 敵前逃亡は軍法会議で極刑に値する、愛娘を殺された皇帝が許すはずがない。


「敵は殺した、誰一人残さずに」


 この言葉は、俺達と相対した全ての敵に言える言葉だ。

 殲滅、それしか生き延びる術がなかった。

 

 しかし事実、俺達は弱かった。

 最前線の小隊、いや、小隊とすら呼べない。

 三十人規模なんて分隊レベルだ。

 

 突貫し敵情視察を兼ねた捨て駒。

 それが俺達の役目だった。


 そんな俺達が死ななかったのには、やはり表には出せない秘密がある。

 

 魔装。


 魔術も使えない、戦技が使えるような宝具も持っていない。

 そんな俺が唯一使えた魔装と呼ばれる特殊な鎧。

  

 元はアグリア帝国の敵将軍が装備していた鎧だ。

 新技術は戦争によって利用価値が決まる。

 憶測だが、帝国の最新技術によって生み出された鎧なのだろう。


 しかし、最新技術が故に、使いこなす事が出来ないままに、戦場へと投入されてしまった。

 俺達を前にした将軍は魔装に飲み込まれ、目の前で血まみれになって息絶えたのだ。


 酷い有様だった。

 顔が潰れ、全身が圧縮されたように細く絞られた様は、まるで人間の挽肉だ。


 灰色の牙獣がそのまま形になったような、禍々しい鎧。

 帝国の将軍と呼ばれた男が装備していたのだ、本来ならば生半可な物ではないはず。


 どんな事をしても生き延びる。

 当時の俺達は新技術を前にして、諦めるという選択肢はなかった。


 隊員は死なせない、だから俺が装備する。

 周囲が止めるのも聞かずに魔装を装備すると、獣のようなそれは意外にも落ち着きを見せた。

 ただ単に将軍を食し、満足していただけなのかもしれない。


 魔装を装備した俺は、まさに敵なしだった。

 視界から消える虫のように高速で移動し、牙獣の牙で食いちぎり、猛獣の力で捩じり切る。


 以降、俺は最前線へと飛ばされるたびに、魔装を装着し敵を喰らい続けた。

 他の志願者を部隊に受け入れなかったのも、魔装の情報を秘匿する為。


 俺達が生き延びる為の力だ。

 他に奪われる訳にはいかない。


 奇襲の結果、目の前で急に相手の将軍が死んだのだ、魔装の情報はどこにも出回っていない。

 他の魔装を見かけなかったのも、あそこでの失敗が生産に歯止めをかけたのだろう。

 生産されていたらブリングスは負けていた、この憶測は、多分間違いじゃない。


「平穏な世界には、不要だと思っていたんだがな」

「王都での役務になると聞いて、回収しに行って良かったです。……まぁ、こんな風に使うとは思わなかったですけどね」

「俺もだ。さて、コイツは俺を殺さないでいてくれるかな」

「隊長が装備出来なかったら、コイツを装備出来る人間はいませんよ」


 俺の手のひらに収まってしまう程の、灰色の獣をかたどった小さな装飾品。

 他の人が見ても、これが鎧になるとは想像もしないであろう。

 

 魔装:灰熊の戦線グリズリーフロント

 手のひらの獣が動き出すと、巨大化し俺を頭から一気に飲み込む。 

 鎧を装備するというよりも、同化に近い感じだ。


 魔術兵器の一つなんだろうな。

 生きた魔獣を変形させ、能力そのままに鎧にしてしまう。

 

「……お見事です、隊長」


 久しぶりの感覚だ、実に六年ぶりか。

 それまで闇夜だったはずの世界に、一気に光が灯る。

 どこまでも見える目、拳を包み込む爪に、全身を包み込む灰色の獣の鎧。

 力の感覚がズレる、呼吸一つするだけで筋肉が悲鳴を上げそうだ。


「ダヤン、感謝する」

「後で追いつきますので、遠慮なく行って下さい」


 戻ったら彼とまた一杯酒を飲もう。

 スクライド君も一緒に、妻のフェスカも今度は隣に座らせて。

 家で飲めば、マーニャの心配もない。

 平和な時、それだけが、俺の望みだ。



――



 流石は魔装だ、跳躍からして人間離れしている。

 屋根から屋根へと飛び移り、壁面に爪を喰い込ませながら上へ。


 死ぬほどの高さから落下したはずなのに、尖塔の穴が空いた部屋がもう目の前にある。

 室内中央、白い顎鬚を蓄えた皇帝がこちらを見ているが、既にフェスカの姿がない。


「……貴様」

「フェスカはどこだ」

「その鎧……アグリアの新技術か? 貴様、敵国に寝返っていたのか」


 皇帝の背後に巨大な騎士が姿を現す。

 室内だけではなく、外に浮遊しているのもいる。

 全部で十三体か、これら全てが同等の力を持っていると。


「外患誘致は極刑だ、アル・サバス、余が直々に審判を下してやる」

「フェスカはどこだと聞いているッ!」


 十三体、全てが一斉に襲い掛かってくる。


「余に対する暴言、侮辱、裏切り……極刑に値するッ!」


 皇魔法:国裁き

 巨大な騎士を十三体同時に操る超高位魔術、いや、超高位魔法か。

 個性があるのか、巨大な剣に槍、魔術を使うのもいれば弓を使う個体もある。

 

「だが、巨体が故に遅い。速度は人間そのままだな」


 騎士の一体に俺の左腕が噛みつくと、右手は巨大な三本爪へと変形し斬り刻む。

 生身の人間ではないのが嫌なのか、どうにもご機嫌斜めだな。

 

「貴様、余の皇魔法を破壊するかッ!」

「すまないな、俺の魔装は短気なんだ。食えないと判断したら、全てを斬り刻むぞ」


 夜雨は気付けば豪雨となり、雷鳴を轟かせる。

 一体を掴み振り回して天高く放り投げると、騎士目掛けて雷が落ちた。

 その瞬間に三体、次にもう一体。巨大なだけの騎士なんざ、俺の魔装の敵じゃない。


「貴様、貴様が斬り刻んでいるのが誰なのか、理解しているのか!?」

「知らないな」

「皇魔法:国裁きは、歴代の皇帝の魔力を利用し、国を脅かす外敵と戦うために発動させる極限魔法! アル・サバス、貴様が斬り刻んでいるのは、過去の英霊なるぞ!」


 六、七、八


「では、皇帝陛下も、直に召喚されますね」

「ふざけるなッ!」


 九、十、十一


「あと二体……陛下、俺が下手に出ている内に教えて下さい。妻はどこへ行ったのですか」


 トンッ……と、尖塔の室内へと足を踏み入れる。 

 謁見の間のように赤い絨毯が敷かれた部屋、天蓋のある豪奢なベッドだが既に妻はいない。

 他の家具は先の戦いで破壊され、そこらに転がっている。


 なんとか重心を保っているようだが、いずれ天井も崩壊してしまうのだろう。

 その部屋の中心に皇帝は一人佇み、巨大な剣士二人を背後に控えさせている。





「一つ、言っておこうか」


 二体の騎士が一つとなり、皇帝へと姿が重なっていく。

 

「余は、娘の為に国を滅ぼした男だ……余から娘を奪うその重責、理解しているのだろうな」



 


 俺の魔装と同じか? いや、俺のを見て真似しているのか。

 応用力が高い、七十二歳とはとても思えんな。





「俺は、一度たりとて、この国に忠誠を誓った事はありません」


「……ほう」


「俺が剣を振るうのは、いつだって愛する人のため。他の事なんかどうだっていいんですよ」


 愛妻のもとに帰る。

 その為ならば、たとえ皇帝であっても刃を向けることに、躊躇いはない。

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