第32話 決着……そして告げられし願い

 召喚せし二体の騎士が、ブリングス皇帝と完全に合体する。

 凄まじい魔力の高まりを感じる、二対の剣が一本の剣となり、皇帝の手の中へ。


 重心を低くし、剣を寝かせながらこちらを見る。

 スクライド君の構えとよく似ている、彼の瞬迅剣は一太刀で敵を屠る。

 

 一撃で決めるつもりか。

 年齢を考慮すれば、それもあり得る。


 皇帝は皇魔法を使用している時も、その身を動かしていなかった。

 動けないんだ、あの年齢で素早い動きは不可能に近い。


 だから、一撃。

 たった一撃に全てを懸ける。


「……」

「……」


 右腕の魔装が姿を変えて、黒刃へと変化した。

 左腕の魔装もそれに合わせて、一本の大太刀へと変化を重ねる。

 叩きつけるようなナマクラ刀ではなく、切れ味と重量を兼ね揃えた化け物へ。


 俺はそれを、静かに持ち上げ上段へと構えた。

 一撃必殺、互いの意思を汲み、無言の時が続く。


 雨音もやみ、どこからか虫の音色が聞こえてくる。

 月も顔を出し、屋外からの青白い光が室内を照らし上げた。

 風がそよぎ、窓にかけられたカーテンがふわりと揺れる。

 破壊された壁から小石が落ちると、天井がゆっくりと傾き落下を始めた。 


 

 踏み込みは、刹那――



 互いの位置が入れ替わると、深紅の絨毯が衝撃に耐えきれず中央から引きちぎれた。

 崩れ始めた天井が視界から姿を消し、轟音と共に下階へと落下する。


 そしてまた訪れる静寂。

 互いの一撃は、共に必殺だ。


「……ぐっ」


 皇帝は一人、膝をついてその場に倒れ込んだ。

 腹部から大量の血を流し、深紅の絨毯を己が血で染め上げる。


 刃を重ねる瞬間、皇帝は二本の刃を分離させ剣速を更に加速させた。 

 魔装がそれに反応、加速した刃から守るように、剣の一部を腕輪へと変化し弾いてくれた。

 恐ろしい人だ……魔装を装備していなかったら、やられていたのは間違いなく俺だ。


「決着です……陛下、私の妻はどこに」


 これだけの出血だ、もう長くは持たない。

 一縷の望みを懸けて問うも、陛下は口を真一文字に結んだまま。

 自力で探すしかないか、そう思っていた矢先。


「お父様!」


 崩壊せし尖塔の室内に、光り輝くドレスに身を包むフェスカの姿があった。

 一体いつの間に、どうやってこの部屋に戻ってきていたのか。

 しかし、叫ぶ言葉が先の俺を呼ぶ声ではない。


「お父様、お父様!」

「……おぉ、シャラか……」

「しっかりして下さい! シャラは、シャラはここにおります!」


 ドレスが汚れる事もいとわず真摯に叫ぶ姿は、父親を慕う娘の如し。

 彼女の中にいるのは、間違いなく第三王女シャラなのだろう。


「美しいなぁ…………本当に、シャラは亡き、妃によく似ている」

「お父様、お父様……ッ!」

「あの日、余は、お前の話を聞くべきだった……本当に、すまなか……った……」


 血で汚れた手で娘の頬を撫でると、皇帝の手は力を失くし、絨毯の上へと落ちる。


 グスタフ・バラン・ブリングス。

 ブリングス皇国が第二十六代目皇帝を、俺が殺した瞬間だ。


「……お父様、お父様……うぅ……ひっく、……ううぅ……」


 目の前にいるのはフェスカの姿をしているが、中身は第三王女シャラなのだろう。

 だとしたら、なんとしても彼女を治さないといけない。

 彼女はフェスカであり、シャラではないのだ。


 今すぐ連れてこの場を去りたい。

 だが、まだマーニャを見つけていない。


 俺は国賊だ、皇帝を殺害した者は極刑に値する。

 家族で生き延びるためには、すぐにでも見つけ出し逃げないといけない。


 だが、どうやってフェスカを連れ出す? 彼女からしたら俺は父親の仇だ。

 言った所で動いてくれるとは思えない、一体どうすれば――


「アルちゃん」

「……なに?」

「アルちゃん、私、なんで泣いてるの」


 振り返った彼女の目には、言葉通り涙が溢れているが。

 表情が違う、俺を見て柔らかく微笑むその顔は、俺が毎日見ていた愛妻の顔だ。

 

「フェスカ、なのか?」

「……なんでかな、とても悲しい」

「フェスカ…………フェスカッ!」


 よろよろと立ち上がった彼女のことを、全力で抱き締める。

 なぜ急に記憶が戻ったのか、そもそもフェスカは一体何をされていたのか。 

 聞きたいことは山ほどある、だが、今はそんな事よりも愛する妻を抱き締めたい。

 もう二度と離れたくない、絶対に。

 

「そろそろ逃げた方がいいと思いますよ」


 崩れ去らんとする尖塔の扉、そこに発生した金の輪の中から俺達を呼ぶ声がする。

 この声は。そんな馬鹿な、俺が確実に殺したはずなのに。


「ジャスミコフ……」

「ジャミで結構、私達は友人でしょう? それよりも、もうこの尖塔は崩れます。安全な場所までご案内しますから、私について来てください」

「しかし」

「ご安心を、娘さんも待ってますよ」


 白髪の中の瞳を三日月にして、彼はいつものように微笑んだ。

 マーニャがいると言うのならば、例え罠であっても行くしかない。

 

「フェスカ」

「うん、マーニャがいるなら行こう。それにしてもアルちゃん」

「なんだ?」

「その恰好、カッコイイね」


 チュッとキスをすると、フェスカは笑窪を作り微笑む。

 やっぱり、彼女は世界で一番の美女だ。

 もう絶対に一人にしない、絶対にだ。


「ほら、惚気てないで急いで下さい。フィルメント殿の転移魔術が閉じてしまいますよ」


 見れば、青髪の彼女の顔が真っ赤だ。 

 あれが閉じたらもう逃げる事が出来ない。


「フェスカ」

「うん」


 彼女の手を取り走り始める。

 確かな幸せに、俺の頬も緩みっぱなしだ。



――



「えーーーーーー! ママ、ドレスかわいいいいい!」

「マーニャ……良かった」

「うわーーーーー! パパの鎧かっこいいいいいい!」


 転移先は……どこかの屋敷か? 窓の外、遠くに王都の明かりが見える。

 ドレス姿のフェスカと魔装姿の俺を見て、マーニャは興奮しっぱなしだ。

 両手を握り締めてぶんぶん上下させながら、俺達の周囲を駆けずり回る。


「サバス隊長のお子様ですから、全力で甘やかしておきましたよ」

「ジャスミコフ……」

「ですから、ジャミで結構です。色々と伝えないといけない事があります。申し訳ないですが、マーニャさんは奥の部屋で待っていて下さいね。おもちゃも沢山ありますから、目一杯遊んできてください」


 算術水晶の最新版があるんだ! マーニャ全部解いてたんだよ!

 そう叫びながら、マーニャは奥の部屋へと走り去ってしまった。

 娘の後を女性が一人ついていったから、面倒の方は任せても良さそうだ。


「色々と突発的過ぎて、紅茶の準備も出来ずすみません」

「ああ、いや、大丈夫だが」

「どうぞかけて下さい、長い話になりますから」


 夜露で冷えた身体を温めるように、暖炉に火が灯される。

 魔装を解除し、ネックレスのように首から下げると、フェスカがかっこいいねって微笑んだ。

 汗でしめったシャツなのに、彼女はぴっとりとくっつきながら、ソファへと二人で腰掛ける。

 フェスカからもとてもいい香りがする……皇族が使う香水の匂いなのだろうか。

 

「本当に、仲がよろしい事で」

「一か月ぶりなんだ、多少は許せ」

「構いませんよ……では、結論から先に述べて参りましょうか。フェスカさん」


 急に名を呼ばれて、フェスカは「はい」と身を正しながら返事をした。


「貴女には今後、第二十七代ブリングス皇国の女帝として、玉座に座って頂きます」

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