第23話 病に伏せる  ★フェスカ視点

 鳥馬車がアルちゃんを乗せて走り出すと、あっという間に小さくなり、そして見えなくなってしまった。あれだけの速度で移動してもヴィックスまで最低二週間、帰るのもお仕事をした後だから、そこから更に二週間、合計で二十日近く。


 やっぱり、長いなぁ。

 お仕事で夜いないだけでも寂しいのに、これから二十日もアルちゃんと会えないんだ。

 結婚してるのに、なんでこんなに寂しい思いをしなくちゃいけないのかな。


「パパ……マーニャ、パパとぎゅーしたかった」

「ママも、パパとぎゅーしたかった……失敗しちゃったね」


 代わり、なんて絶対に誰も出来ないけど。

 愛しの娘を抱きしめながら、二人で寂しいを分かち合う。

 同じぐらい寂しいを感じてしまう娘がいるから、ちょっとだけ頑張れそうかな。



――一週間後



 申請すれば何でも用意してくれる、レミさんの言葉は本当だった。


「お野菜セットとお肉セット、お子様用にお菓子の詰め合わせも御用意いたしました。体拭き用の布類は大丈夫ですか? 下着類、洋服、これからはドレスも必要になります。試着という意味を込めて、どんどん袖を通してみて下さいね」


 ドンドンドンとカウンターの上に山積みされていく荷物に、ただただビックリ。

 あまりの量に変な汗が出ちゃいそう。


「……えと、そんなですか?」

「はい、サバス様は叙爵式を終えた後、貴族の仲間入りをするのです。舞踏会や懇親会、様々な場所に奥様も顔を出す事になるのですから、どれだけ着飾ったとしても足りないという事はございません。専属の側仕えの者も現在選定中でございますから、楽しみにして下さいね」


 アルちゃんが受かった特例試験、私的にはちょっとだけ偉くなる感覚だったんだけど。

 どうやら、私の想像以上の出来事だったみたいね。

 すれ違う貴族風の人達が皆お辞儀していくし、何だか私まで偉くなった気分になっちゃうな。


「あと、これ……お子様への特別なお菓子だそうです」

「マーニャの!? マーニャ食べていいの!?」

「はい、甘くて美味しいお菓子とのことです。市場に出回っておりませんので、他の子には内緒でお願いしますね」

「やったー! お姉さん、ありがとー!」

 

 でも、凄いのはアルちゃんであって、私じゃないから。

 私に出来る事は、彼の為に迷惑にならないよう、きちんと振舞うこと。

 必要以上の物は貰わないし、無駄に偉そうにもしない。

 アルちゃんが帰ってきた時に「ちゃんとしてたよ」って報告出来る、いい奥様じゃないとね。



――二日後



「ママ……」

「マーニャ、どうしたの?」

「マーニャね、あたま痛いの……」


 真っ赤な顔をしたマーニャのおでこに触れると、想像以上に熱くて驚く。

 二週間の長旅に慣れない新居、五歳の娘の肉体には相当な負担だったのかも。

 慌ててベッドに横にして、濡れタオルで熱くなった身体を冷やし続けたんだけど。


 ……翌朝になっても、マーニャの熱は全然下がる気配がしなかった。

 意識もないのか何も喋らないし、お水だって全然飲んでくれない。

 疲れだけじゃない、何か違う病気なのかも。 

 真っ赤になった顔色に反して、唇が紫色へと変色している。

 

「一人にしちゃうけど……ごめんね、ママ、急いでお薬貰ってくるね」


 娘の死が一瞬頭をよぎる、そうなったらもう洪水のように怖い未来が想像出来てしまって。

 急がないとダメだ、一日なんてみるんじゃなかった。


 魔術医不足のことはレイディーラさんの一件で知ってたから、お薬の方がきっと手配は早い。

 マーニャ一人残すことに躊躇ためらいがあったけど、今はお薬を貰わないと娘の命に関わる。 

 スカートの裾を持ち上げながら王城、エントランスへと一人駆けこむ。

 

「お薬ですか……少々お待ちくださいね」

「症状としては、顔が赤くなって、熱が全然下がらなくて、食欲もなくて」

「落ち着いて下さい、症状の説明は薬剤師か魔術医にお願いします」

「……そうですか、そう……ですよね」


 無力な私に出来ることは、とても少ない。

 王城まで来ても待つことしか出来ないんだ。


「サバス様……誠に申し訳ございません。現在魔術医は全員出払ってしまい、薬剤師も他の調合が忙しく診断までは手が回らないとの事です。錬金術師も薬調合が可能なのですが、症状が分からない限りは単なる精力剤になってしまうとの事でした。お心苦しいとは存じ上げますが、魔術医が戻られるか、薬剤師の手が空くまで、今しばらくお待ち頂くのが最善かと思われます」


 分かっていた事だけど、やっぱり、この国には魔術医が不足している。

 へたり込むように待合の長椅子に座り込むと、項垂れる様に頭を下げた。


 家に残してきたマーニャは大丈夫なのかな、魔術:治癒の実だけでも掛けてあげれば少しは楽になれたのかな、もっと娘の為に出来ることはなかったのかな、アルだったらこんな時どうしてたのかな……頭の中がぐるぐる回って、しっかりしろって、自分の額をこんこん叩く。


「おや、どうかなさいましたか?」


 語り掛けてくれた男の人の声、この声はジャミさんだ。

 ……そうだ、ジャミさんって確か魔術医だったはず!


「あの! お忙しいところ誠に申し訳ないのですが、昨日からウチの娘が熱を出しまして! お薬を貰うにも薬剤師も錬金術師も魔術医も手配出来ないとかで、マーニャに何も出来なくて、唇の色も変わって来てるし、食欲もないし、意識も――」


 ぽんっと私の両肩を抑えると、ジャミさんはにっこりと微笑む。


「落ち着いて、まずは深呼吸をしましょうか」

「そんな」

「いいから、ゆっくりとで構いません。はい、ゆっくり息を吸って……吐いて……」


 こんな事をしている場合じゃないのに。

 そう思いながらも、言われた通りに息を大きく吸い込む。


 すー……はー…… すー……はー……


「宜しい。マーニャさん、熱を出してしまったのですか?」

「はい、かなりの高熱で、昨日から熱が下がらなくて」

「分かりました、今すぐ向かいましょうか。ご安心を、これでも魔術医のはしくれですから」


 色白で紫色の唇の彼の言葉を聞いて、ふわっと全身の力が抜けてしまった。

 倒れかけた私の腕を、ジャミさんが掴み、支える。 


「おっと、大丈夫ですか?」

「……あ、ご、ごめんなさい、昨日から寝てなくて……私がしっかりしないといけないのに」

「いえいえ、環境の変化が訪れているのはフェスカさんも一緒です。ご無理をなさらずに」

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