第22話 愛妻の手紙

「俺が隊長っすか!?」

「残念ながら」


 本当に彼が隊長候補なんですか!? 

 城門前でレミ君にも言われた言葉だが、当の本人の口からも出てくるとは。


「貴方一人では隊長職として厳しい、だから私という補佐官が派遣されたのですが。先の様子を伺う限りでは、私一人でもどうなる事か分かりかねますね」

「いやいや……え、という事はサバス隊長、もしかして」


 詰め所の椅子に座り、推薦してしまった事を自責していた俺に対して、ゴーザ君が微笑む。

 憎たらしい程の笑顔だ、ギャゾ曹長でも彼の性根は正せなかったか。


 だがしかし、ここは内地も内地。

 敵国に攻められることも山賊に襲われることもない、平和が形を成したような場所だ。

 緊張感を持って仕事をするよりも、多少抜けてても長続きする人を重宝する。

 それが正しいとは思わないが、この街では一番重要視しなければならないポイントだ。


「そういう事だ。俺が陛下にゴーザ君を隊長にするよう推薦した」

「マジっすか!? 俺が隊長っすか!?」


 本日三度目、もう苦笑すら出ない。

 バチンッ! という音が聞こえてきて、見ればレミ君が両手でゴーザ君の顔を挟んでいた。

 結構な力なのか、彼の唇は8という数字の形をしている。


「言葉遣いから直して下さい。そのなんとかっす、というのは口癖ですか?」

「そうっすね、口癖っす」

「直して下さい」

「了解っす」

「……」

「冗談っすよ……あ、冗談です、はい」


 不安が残る。

 だが、彼以上の人材がいないというのも、噓偽りないウチの懐事情だ。 

 彼より下は現地採用の訓練も受けていない農民あがり、彼より年上は果てしなく年上になる。


 少なくとも、隊長職を務めるには体力と知識が必要となる。

 条件を満たしているのは、どうあがいてもゴーザ君一人だ。


「では、簡素ながら昇格儀礼を執り行う。サバス隊長、宜しくお願いします」

「ん? 俺が仕切っていいものなのか? アド伯爵にお願いした方が……」

「伯爵卿に関しては、隊長職任命式をお願いする予定です。これは部隊内昇格ですから、この場において最上官である、サバス隊長が執り行う形が最適かと」


 確かに、言われてみればその通りか。

 三等兵から始まり、二等兵、一等兵へと昇格したゴーザ君も、これで兵士長。

 他から見たらずっと下の階級だが、このヴィックス近衛兵隊に於いては彼が最上位となる。

 

 入りたての頃から彼を知っているが、ようやくと言った所か。

 戦争を経験するも、後方支援に徹していた彼は、最前線の地獄を知らない。

 のどかなヴィックスという地域においては、知らない方がきっといい仕事が出来る。

  

「ゴーザ一等兵、前へ」


 レミ君の言葉を受け、ゴーザ君は俺に正対する。

 狭い詰め所、儀礼を行うには形式上すぎるこの部屋が、俺達の戦場だった。


 低い天井に使い古された木製の机、長年尻に敷かれた椅子のクッションは薄く、荷物を収納する棚もところどころ欠けている。清掃した所で綺麗に見せるには限界がある、そんな愚痴を垂れ流しながらも、年越しの際には大掃除した……思い出を語り始めたら止まらない。


 六年間……仕事を終え、この部屋から出るのが本当に嬉しかった。

 家族の下へと帰る喜びを、俺はこの場所で毎日味わってたんだ。 


「ゴーザ・クラウザー、貴殿を一等兵から、兵士長へと昇格することを命ずる」

「……」

「ヴィックスの街を、城を、宜しく頼む」

「はいッ! ……へへ、なんか、感動しちまうっすね」


 あ、いけね、と言いながら、彼は慌てて言葉を言い直した。

 きっとゴーザ君は、俺以上に良い隊長になってくれる事だろう。

 人の良い彼のことだ、誰もが親身になり彼を助けてくれる。

 個人プレーよりもチームプレイ、人を財産だと言える彼の方が、この場所には適しているに違いない。

 

「では、ゴーザ兵長は私と共に、アド伯爵の下に報告へと向かいましょう。サバス隊長は……」

「俺は一度家に帰るよ。娘から預かった手紙もあるしな」

「かしこまりました、後ほど私も向かいます」

「ああ、鍵を開けて待っているよ」


 ひらひらと手を振り、懐かしの我が家へと歩く。

 戦争恩給金のほとんどを費やした俺の城。

 腰程度の高さの柵、簡素な門扉をキィと開き、育成途中だった庭の畑を見やる。


 ――――お帰りなさい。


 そんなフェスカの声が聞こえてきそうな玄関を開け、日が差し込むキッチンに一人腰掛ける。大きくて足が延ばせる自慢の湯舟も、フェスカが毎日掃除していたリビングも、マーニャが勉強していた子供部屋も、今回の為に用意してくれた勉強部屋も。


 なぜだか懐かしくて、ほろりと涙がこぼれた。

 失ってしまった訳ではないのに、大切な家族を失ってしまった。

 そんな喪失感に、胸が締め付けられる。


 早く家族のもとに帰りたい。

 そんな気持ちのまま部屋を掃除していると、コンコンとドアノッカーの音が響く。

 玄関の扉を開くと、ふんわりヘアーのお隣さん、アグネッサさんの奥様の姿があった。


「家に入る姿が見えたものでして。あら、奥様とマーニャちゃんはいらっしゃらないのね」

「ええ、今回仕事で私だけが戻ってきたんです」

「あらそうなの……残念ね、アンネが会いたがってたんですよ?」

「その件なのですが。これ、マーニャから預かった手紙です」


 涙ぐんだ娘から手渡された大事な手紙を、アグネッサさんへと手渡す。

 

「実はウチ、引っ越す事になりまして」

「……え、そうなの?」

「はい、試験に合格して、王都に住まうことになったんです」


 僅かな間の後、彼女は眉を持ち上げ、大きく開けた口に自らの手を当てた。


「あらそう!? すごいわねー! なになに⁉ 将来は大将軍様になっちゃったりとか!?」

「ははは……、そこまでは分からないですね。ああ、それで、この家にはレミさんという、エルフ族の女性が住まう事になります。私の代わりに派遣された女性になりますので、アグネッサさんも是非、彼女に目を掛けて頂ければと思います」


 レミ君は一人にさせたら容赦なく孤独を貫いてしまうかもしれない。

 アグネッサさんのような賑やかな人が側にいてくれたら、彼女にとってもプラスになる。

 余計なお世話……それが、時には温かく感じるものだ。


「あ、そうそう、そういえば手紙が届いてたのよね」

「……そうなんですか?」

「ポストに入りきらない量の手紙だったからね、ウチで保管してたの」


 手紙を出すって言ってたもんな。

 やはり、手紙の方が先に来てしまっていたか。

 フェスカからの手紙か、読むだけでも楽しみだ。


 アグネッサさんに別れを告げて、俺は一人リビングに戻り、手紙の封を切る。

 本当に毎日書いてくれてたんだな……綺麗な字で毎日、俺は愛されてるな。


「……ん? 途中から、手紙が来てないな」


 最後の手紙が届いたのは一昨日、内容的には四日前のものになる。

 マーニャが病気になり、しばらく看病に専念するとあるが。

 

 ……マーニャが、病気?

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