第21話 帰郷……そして激しいビンタ

「え、ヴィックスにフェスカとマーニャは連れていけないのか?」


 当然の如く行けるものだと思っていたのに、指定された場所に向かうとあっさりと家族同行は否定されてしまった。幸い荷物は少ないから、そのまま家族寮に戻ればいいだけの話ではあるのだが、まさかの事態にフェスカも俺も目をぱちくりとさせる。 


「今回の目的はヴィックス城近衛兵隊の引継ぎにあります、私用でのご利用はお控え下さい」

「だが、ヴィックスの家をだな」

「家の心配もありません。私が借家として利用させて頂きます」


 ゴーザ君の補佐役として派遣されるエルフ族の女性、名をパ・エロッルソ・コッレミパン。  

 ハッキリ言って呼びづらい名だが、エルフ言語はそもそも発音からして違うらしい。

 これでも人族に合わせた呼び方だと言うのだから、彼女の元々の名が一体なんなのか、想像も出来ない。


 銀の髪をまとめた首筋から見えるほっそりとしたうなじに、髪色と同じ神秘的な銀色の瞳、清冽さを感じさせる美しさは、さすがエルフ族といったところか。銀の胸当てに細身の体にフィットした薄手のローブ、足元から太ももの辺りまでスリットが深く入っているが、黒のズボンを穿いているのも伺える。


 ブリングス国兵士には女性専用の鎧も支給されているが、胸当てのみで下は自由な事が多く、大抵の女性が下はスカートにしているのをよく見かける。中には太ももの上近くまで晒している女性隊員の姿もあったりするが、これならゴーザ君が盗み見をする事も少ない事だろう。多分。


「奥様、必要なものがございましたら後日でも構いません、手紙を私へと送って下さい。羽娘族ハーピー宅急便にて、お住まいの家族寮へとお送り致します」


 他にも、しばらくの間、生活に必要な物は全て国が負担するとか。

 申請するだけで食料から服まで全部OKというのは、流石と言うしかない。


「そうなんだ……じゃあ、わがまま言ってもしょうがないか。後で手紙送るわね……えっと」

「レミとお呼び下さい。ヴィックスのご自宅は綺麗にしておきますから、ご安心して下さいね」


 エルフ族の綺麗好きは有名だからな、そこの部分は心配していないんだが。

 むしろ心配なのは、今にも泣きそうな顔をしたウチの可愛い天使様だ。

 

「マーニャ、アンネちゃん会えないの?」

「ううん、今日は会えないってだけ。また今度、ママとパパと会いに行こうね」

「……うん」

「だから、今は昨日一生懸命書いた手紙、パパに渡して貰おうね」


 ぎゅーっと抱き締められたマーニャは、無言のまま手紙を俺へと差し出す。

 目に涙をいっぱい貯めているのだろう、こちらを一切見ようとしない。

 五歳にして友達との別れが辛い、いいや、きっと年齢なんか関係ないのだろうな。

  

「それじゃあ、行ってくる」

「ええ……私だって、本当なら泣きたいんだからね?」

「俺もだ、何かあったら王城にいるジャミ君を頼って欲しい」

「分かった、毎日手紙書くから」

「ありがとう。なんだか、手紙の方が先に家についてそうだね」


 往復だけで四週間、引継ぎに最低三日。

 やはり一か月はかかってしまうのだろうと思うと、俺も心が痛む。

 フェスカを一人にして大丈夫だろうか?

 王都は危険で溢れている、もし誰かに襲われでもしたら。


「レミ君、やはり家族も一緒に」

「ダメです」



――


 

 エルフ族は冷たい、そんな彼女との二人旅は、とても静かなものだった。

 基本的に無口、人とエルフ族の時間の流れは違うのかもしれない。

 ベッドの上で座ったまま瞑想し、たまに車両の屋上へと向かうとそこでも瞑想する。

 風を感じながらすると何か違うのか知らんが、とりあえず俺は御者さんと仲良くなった。

 

「マナを大地から吸収しております、それ以外は月に三度ほどの野菜で十分ですから」


 この二週間の旅路で、彼女は一度も食事を口にしなかった。

 一人だけ食べてては申し訳ないと思い、野菜のスープを差し出すも丁重に断られる。

 肉類は決して食べないとは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

 細くて美しい肢体ではあるものの、どこか近寄りがたいものを感じる。

 男との二人旅だから敢えて距離を取っているのかもしれないが、正直息がつまる。

  

 もはや俺と御者さんは親友レベルで仲良くなった。

 フェスカ顔負けの社交性の高さに、我ながら驚く。


 そんなこんなで、ようやくヴィックス城下町が見えてきた。

 俺が一人屋上から眺めていると、珍しく隣へとやってきて彼女はこう提言する。


「鳥馬車を途中で降りましょう、このままでは無駄に兵に緊張感を与えてしまいます。それに、補佐に入る前にヴィックス近衛兵隊のレベルというものを、抜き打ちで把握しておきたいのです」


 抜き打ちか、終わったな。

 平和が形を成したこの街で、緊張感なんて最初から無いに等しい。

 もしかしたらギャゾ曹長が性根を叩き直しているかもしれないが、果たして。


「……んがっ」


 のどかな田園風景が広がる城門前にて、一人立ちながら居眠りしているゴーザ君。

 そんな彼へと、レミ君は強烈なビンタをかますのであった。

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