第15話 歌姫の容体。

「という訳なの、歌姫って呼ばれてるのは、本当ならレイディーラさんの方なんだけど」


 本物の歌姫の代行として、愛妻のフェスカが歌っていたと。

 そしてそのまま本物になりかけているという訳か。凄いな。

  

「ふむ……急に声が出なくなる。して、そのレイディーラさんの容体は?」

「まだ声が出ないみたいなんです。魔術医にも診せていないので、一体何が原因なのか」

「なぁジャミ、フェスカの話にもあったが、王都の魔術医ってのはそんなに高いのか? ヴィックス城下町だとグルルお爺ちゃん先生という人がいて、そんなに高くなかったんだが」

 

 ヴィックス城下町唯一の魔術医、グルル先生。

 マーニャもお世話になってる魔術医さんだが、衛兵の俺でも普通に支払える金額だった。

 

「その、お爺ちゃん先生がいない状態が、王都ですよ」

「いや、お爺ちゃん先生がいなくなってしまったら、魔術医そのものがだな」

「ですから、いないから高いんです。王都の人口はヴィックス数十倍、それをより少ない魔術医で診ているのですから、どれだけ値段を吊り上げても患者が減る事はないのです」


 細い足を組みながら、ため息と共にジャミが語る。

 それって問題なんじゃないのか? 魔術医がいなかったら、一体誰が怪我や病気を治すんだ。

 

「戦争の産物ですよ。若くて優秀な魔術医はほぼ全員が戦争に駆り出されました、そして、優秀な魔術医は得てして狙われやすいもの。派遣されては殺され、派遣されては殺され。生き残ったのは上流階級専属の、お高い魔術医のみです。魔術:治癒の実だけでも、一回五万リーフは必要ですよ?」


 簡素な傷を治すだけの回復魔術で一回五万リーフ? 

 六回もやれば俺の給金と同額になるじゃないか。


 確かに魔術とは素質が全てだ、俺がいくら努力したって魔術は使えない。

 そしてその数は年々減り続けているとも聞いているが……一回五万か。


「しかし、そのレイディーラさんが気になりますね。私とサバス隊長が運命の出会いを果たしてから三日、通常の病ならば幾分改善するはずですが、全く声が出ていないというのは少々おかしい」

「運命の出会いだったか?」

「こうして共にいるのです、運命の出会いだったでしょう? 広場で出会い、酒場でも偶然出会う。二度あったらもうこれは運命と言うしかない」


 あまり信じたくない運命の出会いだな。

 フェスカとは生まれた時から出会っていたから、彼女となら運命の出会いともいえるのだが。


「ふむ、まだ時間もありますし、とりあえず様子を見に行きますか。フェスカさん、レイディーラさんのご自宅がどちらか、ご存じでしょうか?」

「私達がいた酒場の二階ですけど……もしかして、ジャスミコフさんって魔術医なんですか?」


 ジャミはソファから立ち上がると、ピッと身なりを整える。 

 

「一等書記官ですよ? それに、私が魔術を使用していたのをお忘れですか?」


 確かに使用していた……でも、声が大きくなる魔術だけだった気がするが。

 回復魔術を心得ているのであれば、非常に心強い。

 とっととレイディーラさんの喉を治療してもらって、フェスカが酒場で歌わなくてもいいようにして貰うとするか。


「ですが……やはりその前に、お夕飯を頂いても宜しいでしょうか?」


 グーと鳴る腹を押さえ、ジャミは気まずそうにピシャリと、手を首裏へと回した。

 


――



 夜の歓楽街をジャミと俺の二人で歩く。

 勧誘が凄くて、とてもじゃないがマーニャを連れて歩くなんて出来やしない。


 裸同然の女性が道端で今宵の相手を誘い、男はどの相手と一夜の恋人を過ごすか見定める。

 相手が未婚か既婚かなんてどうでもいい、この場所では金と容姿が全てだ。

 一本裏道に入れば、そこかしこから嬌声が聞こえてくるだろう。


 家族寮から歩いて行ける場所にこんないかがわしい場所がある。

 これは教育上宜しくないな。 


「マーニャを連れて来なくて良かった」

「娘さんくらいの子が働いてる店もありますよ?」

「嘘だろ? マーニャは五歳だぞ? 一体何を楽しむってんだ」

「性癖は人の数ほどありますからね……さて、こうして舞い戻ってきた訳ですが」


 酒場ブルースフィア、先ほど来た時のような熱気はないにしても、お客の入りは上々だ。

 外まで賑やかな声が聞こえてくるのだから、歌姫効果は間違いなくあるらしい。


「どうでしょう、奥様同行ならばそのままレイディーラさんのご自宅へと行けたでしょうが、男二人で寝込んでる女性の部屋に入れると思いますか?」

「まぁ……無理だな」

「店内へと通されて、お客様扱いされて終わりだと思います。二階に上がる階段が見当たらないですね、店内から直接行くしかないのかもしれません。致し方ない、肩書に頼るとしますか」


 肩書に頼る?

 どういう意味だ?

 

「そこの君、私、ブリングス査察隊一等書記官、ジャスミコフだ。店主をお願いしたいのだが」

「さ、査察隊……! かしこまりました、少々お待ち下さいませ!」


 スイングドアをくぐるなり出くわしたウェイトレスにジャミが問いかけると、彼女はすぐさま店の奥へと走り去ってしまった。近くにいた酒場の客も「査察隊だってよ」と互いに耳打ちを始め、しまいには帰り出す客もいる始末。


「……査察隊って、凄いのか?」

「叩いて埃が出る人間からしたら、この世で一番会いたくない人間ですね」

「そうか……なぁジャミ、レイディーラさんに関して、一点お願いしたい事があるんだが」

「なんでしょう?」

「もし、症状が声だけの場合、思い当たる原因が一つだけある。それに該当する場合であっても、大袈裟に振舞って欲しい」

「……? 何故です?」

「それはな――――」


 俺の話を聞き、眼を細め、したり顔をしたまま歪む笑顔が微妙に怖いんだが。

 この男は味方にしておいた方が、色々と便利やもしれんな。


 そんな事を考えていると、俺達の前に怪訝な顔をした恰幅の良い店主が現れる。

 叩けば埃が出るタイプなのかもしれない。

 事情を説明すると、脂ぎった顔にようやく笑顔が戻った。


「魔術医なら早く言って下さいよぉ! 何事かとビクビクしちゃったじゃないですかぁ!」 

「はははっ、まぁそうお気になさらずに」

「そんで、隣のアンちゃんがフェスカさんの旦那様かい!」

「ああ、そうだ」


 そう答えると、店主は両手を足にぴったりとくっつけて、深く頭を下げた。


「アンタの奥様には本当に助けてもらってる! 心の底から感謝するよ!」

「……どうも、それよりも、レイディーラさんの容体が診たいんだが」

「ああ、この店の二階で寝込んでるから、ぜひ診てやってくれ!」

「では、失礼」


 店主から部屋の鍵を預かると、賑やかな店内を抜けて二階へと上がる。 

 狭い階段なのに、所せましと物が置かれている。上がり辛い階段だ。

 上がった先にある廊下にも洗濯物が干されていたり、床に物が置いてあったり。

 歩くだけで誰かの下着が顔にかかるような、そんなレベルで物が沢山放置されている。


「これは指導案件ですねぇ」

「火災の恐れあり、だな」

「飲食店を営む者として、これは落第点です。……さて、こちらがレイディーラさんのお部屋でしょうか。――――店主から派遣された魔術医です、レイディーラさん、入りますよ」


 コンコンコン、とノックした後に、返事を待たずして鍵穴へと差し込む。

 ガチャリ開けると、ジャミは何の遠慮も無しに部屋へと踏み込んだ。


「お邪魔します……おや、驚かせてしまいましたか? ご安心下さい、正規の魔術医ですよ」


 部屋の中は廊下とは違い、とても綺麗に片付いていた。

 小さな部屋用のローテーブルの上に、きちっと並べられた小物の数々。

 鏡の前に置かれた化粧品や、壁際に多数干されたままのドレスや洋服。

 そして部屋の奥、シングルのベッドで寝ていたであろう赤毛の彼女が、一人布団から上半身を起こし、俺達を不安げな瞳でじぃーっと見つめる。


「俺は、フェスカの旦那だ。心配しないで欲しい」

「…………ぁぃぁぇぇ…………」


 フェスカの名を聞くなり、涙ぐんで頭を下げる。 

 すいません、とでも言ったのだろう。

 確かに声が出ていない、少なくとも三日は経過しているのに、治っている気配が一切ないな。


「失礼しますよ。レイディーラさん、口を大きく開けて頂けますか」

「…………」

「口腔内に腫れ、咽頭部分の肥大化、はい、閉じても大丈夫です。熱はなし、他の以上も見られない……失礼、眼を見させていただけますか?」


 ジャミが魔術医というのは、どうやら本当のことらしい。

 同じような事を、お爺ちゃん先生もよくやっていた。

 術式を選定する為に、肉体のどこがダメなのか、何が原因なのかを調べる。

 最適な魔術を使用しないと、回復魔術が逆に毒になってしまうんだと言っていたな。


「どうだジャミ、レイディーラさんは治りそうか?」

「……これは」


 レイディーラさんの瞳を見ながら、彼女の瞼の下をぐいっと下げる。 

 何か異様な雰囲気を察し、俺も黙ったまま見ているのだが。

 ジャミはそこから脈を図り、彼女を寝かせると更に耳の裏をも触れる。


「少々、想定以上やもしれません」

「想定以上?」

「すぐさま部屋から出て下さい。そして店主へと酒場を閉店するようお達しを。私はこの場に残り、彼女の看護に当たります。……ああ、いや、これが誰かにやられた可能性があるというのか? だとしたらもっと自体は深刻に」

「どうしたんだ、俺にも分かる様に頼む」


 腕組みしながら顎に手を当てたジャミは、冷や汗を垂らしながらこう言った。


「猛毒が使用された可能性があります……毒素名カーバ・ダソウ、かの十年戦争における最悪の魔術兵器です。使用した者を特定し、すぐさま炙り出さないといけません。今すぐ手紙を書きます、サバス隊長はこれを城の衛兵へとお渡しください」


 カーバ・ダソウ……ねぇ。

 これは、逆から読むと……。


 なるほど、これは演技の方か。

 なら、俺も予定通り動くとするかな。

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