第16話 決着は、静かに。

「毒!? レイディーラに毒を飲ませたってのか!?」

「ええ、毒素名カーバ・ダソウ、最強最悪の毒を使用した兵器だそうです」

「最強最悪の毒兵器ぃ!?」


 店主の悲鳴にも近い叫び声が店内に木霊する。少々大袈裟やもしれないが、毒なんて物騒な言葉を耳にすれば誰だって叫びたくもなるというもの。そしてその言葉を耳にした店内にて飲食中の来店者たちも、まるで金貨が床に落ちた時のように、俺達の方へと注目する。


「なんて、なんてヒデェことしやがる……ちくしょう、許せねぇ! 一体誰がそんな事を!」

「とにかく、一刻を争う状況です。すぐさま閉店し、店主も避難するようお願い致します」

「わ、分かった! おおい皆! 今日は店じまいだ! すまないが帰ってくれ!」


 店主の合図をきっかけに、蜘蛛の子を散らす勢いで散開する来店者たち。

 毒の混入を恐れてのものだと思うが、中には無料で酒が飲めたと喜ぶ者たちの姿も。

 明日以降、この店の客足が遠のく可能性もあるが……そこは、本家歌姫の活躍に期待しよう。



――



「すまない、この手紙をジャスミコフ一等書記官から預かったのだが」


 月の光を反射し、どこか青白い色に染まるブリングス城。

 正門にて槍を携えている門兵は、やはり俺の職場ヴィックスとは覇気が違う。

 凛々しい表情に、堅牢さを感じさせる佇まいは、流石としか言えない。

 

「かしこまりました、内容を拝見しても宜しいでしょうか?」

「ああ、構わない。そこに書いてあること、全てが真実だ」


 手紙の封を切ると、門兵の男はジャミからの手紙を一読する。

 ややもって読み終わると、共に役務についていた相方へと手渡した。


「手紙、間違いなく上長へとお渡しいたします」

「信じてくれてありがとう、感謝する」

「いえいえ……貴方は城内では有名ですから。サバス隊長殿」


 指先を揃えた敬礼をされ、自然と答礼をする。

 兜から覗く目じりのシワ、四十を超えた年齢を感じ、そっと身を正した。

 

「貴方が僅か一日で鍛え上げた兵達は、昨日までと目の輝き方が違いました。是非とも特例試験を合格し、我らに教鞭を振るって頂ける日が来る事を、兵士一同、心から願っております」


 はにかみながら言われると、どこか照れてしまうな。

 買いかぶり過ぎだ、だが、そんな野暮は言葉にはしない。

 相手の誠意に対してこちらも誠意で返さなくては、信頼関係は生まれないものだ。


 さて、そろそろ歓楽街に変化が訪れる頃だろうか。

 人の口に戸は立てられぬと言うからな。

 レイディーラさんの噂、店主から漏れ出た毒という言葉。

 一体どこまでの騒ぎに広まっているのやら。



――



 酒場、ブルースフィア。

 そこに務めていた歌姫、レイディーラを襲った言葉を失う猛毒。

 査察隊ジャスミコフ一等書記官の口添えもあり、群衆は彼の言葉を盲目に信じる。


 あの歓楽街で、魔術兵器が使用された可能性。

 王都での毒の使用は問答無用で死罪だ。

 戦争中に使用されたと噂される魔術兵器だとしたら、死罪は当人だけでは済まない。

 一族郎党、全員が処刑される事となるのであろう。


「……嘘みたいに静かな夜ね」


 家族寮の二階から見える景色も、昨日までとは違う。

 歓楽街を包み込んでいた喧噪もなく、夜を昼にしていた魔術灯も点いていない。

 輝く宝石箱の蓋を閉じてしまったような、そんな感じがする。


「王都からのお触れこそ出ていないが、レイディーラさんを襲った事件は、歓楽街のほとんどの人の耳に入ったからね。今日はどこも営業を自粛し、皆が一日でも早く、事件が解決することを祈っていると思うよ」


 夜、既に娘のマーニャも寝静まった夫婦の寝室にて、愛する妻を背後から抱き締める。

 触り心地のいい二の腕をさすり、腰に手を回したあと、振り抜いた彼女とキスをした。

 甘い香り、唇をはむっと噛ませながら、腰に回した手で彼女をぐっと引き寄せる。


 大きい乳房が形を崩しながら密着するも、その柔らかさは俺には伝わらない。

 そこで気づいたのだろう、俺が寝間着ではない事を。

 

「……どこかに、行くの?」

「ああ、動くなら、間違いなく今夜だからね」

「そうなんだ……アルちゃん」


 絶対に、帰ってきてね。

 そう言い残す妻ともう一度唇を重ねた後、ふわっと彼女の胸に触れる。

 

「あ、もう……」

「帰ったら続き、しような」

「……うん、絶対にする」


 少女の様な笑みを浮かべたフェスカを残し、俺は一人家族寮を後にする。

 月は姿を消し、闇夜は漆黒へと姿を変えた。

 歌姫毒殺事件も、そろそろ幕を下ろして頂こうか。



――



「どこへ行くつもりかな?」


 歓楽街を抜けた先、広場へと繋がる道で、俺は一人の女性へと声を掛ける。

 女性、と断定したのは、髪がとても長くスカートを穿いていたからだ。

 

 声を掛けられる事を想像もしていなかったのか、彼女は飛び上がるように驚き、我が身を抱き締めるように両肘を抱え込んだ。


「最近物騒な事件が起きていてね、手荷物検査をさせて頂けたら嬉しいのだが?」

「……イヤよ、なんでアンタなんかに見せないといけないの」

「一応これでも兵長なんだ、役務に就く者としての務めかな」


 一歩、また一歩と近づくと、彼女もまた同様に距離を取る。

 声を聞く限りでは十代、まだ若い乙女のような声だ。 

 

「噂を耳にして怖くなったんだろう? 自分が使ったのは魔術兵器なんかじゃない、王都を混乱に陥れるつもりも微塵もない。だけど、歓楽街はこうして静まり返り、店は営業を自粛してしまった。責任を取らされるかもしれない、捕まって死刑になるかもしれない」


 歩調を速め、逃げられないように彼女の腕を掴み上げ、壁に押し付ける。


「だから、今ならまだ薬物の処理をすれば逃げられる。そう考えての行動かな?」


 近くで見た彼女は、とても綺麗な栗色をした髪を二つに縛る、可憐なお嬢様だった。

 緑色をした瞳を歪ませて、大きなリボンが背中に着いたワンピース姿で、ガタガタと震える。

 そんな彼女が抱え込むようにして持つ、液体が入ったガラス瓶。

 

「それが、レイディーラさんに使った毒薬だね」

「違う! 毒じゃない! これは――」

「ああ、知っているさ。これはジガラシの実を摩り下ろして寝かせたもの、パーティなんかで余興として使う変声グッズの一つだ。ただ、濃度を上げて使用すると、今回のレイディーラさんのように声が出なくなる症状に襲われる」


 彼女の言葉を遮るように、手にしている薬物の説明をした。

 三日間ほど治らないという事は、本来の濃度の数十倍は濃くしてあるのだろう。

 喉は腫れあがり首にまで影響を及ぼしているが、いずれは完治するはずだ。

 

「だが、それでもレイディーラさんは一時でも声を失い、歌の場に立つチャンスを失ったんだ。君がした事は許される事じゃない……罪を償う必要がある」


 大方、歌姫と呼ばれるレイディーラさんを妬んでの犯行だろう。

 用意したジガラシも、店売りの物を自分で混ぜ合わせ調合した感じかな。

 

 声を掛けた時に逃げ出さない辺り、迷いが生じていたのだろう。

 逃げるべきか、このまま正直に罪を償うべきか。


「サバス隊長、まもなく衛兵が到着しますよ」


 コツコツコツと、闇夜の中を規則正しい歩調が聞こえてくる。 

 見れば、顔を出した月に照らされた白髪を、銀に輝かせる男が一人。


「ジャミか……ありがとう、レイディーラさんの様子は?」

「途中でネタばらししました。自分が死ぬかもしれないって泣き始めてしまいましたのでね」


 迫真の演技だったからな、それも止むなしか。

 ジャミは目を細めながら、俺の前で蹲って涙する少女を見やる。


「妬み嫉妬、大体の犯罪の原動力はそこにありますね。この少女を待つのは、縛り首か斬首か」

「ご、ごめんなさい、ごめんなさい! 私、全然、こんな騒ぎになるなんて思ってなくて!」

「……許しを請う相手が、違うんじゃないんですか?」


 彼女が謝るべき相手は、たった一人。

 

「今ならまだ、衛兵が来るまでに直接謝罪が出来ます。行くのならご一緒しますよ、お嬢さん」

「――っ、はっ、はい! 行かせてください!」


 彼女を許すかどうかは、レイディーラさんに任せるとするか。

 俺はもうお役目御免かな、帰りを待つ嫁もいるし、とっとと帰って夜を楽しむとするか。

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