第14話 面倒ごとに巻き込まれました。 ★フェスカ視点

――数日前


 可愛い盛りの娘の、少し伸びた髪をお団子にして縛る。

 汗っかきな所はパパに似たのかな? 首筋が涼しくなって気持ち良さそう。


「まだ遊ぶの?」

「うん! ママ、お城大きいね!」

「そうね……もしかしたら、パパはお城でお仕事するかもしれないんだって」

「えー!? パパすごーい!」


 大きな目を更にまん丸にして、娘のマーニャは「すごい」を連呼しながら駆けずりまわる。

 お城でのお仕事になるのかどうかは、試験次第なんだけど。


 アルちゃんから急に特例試験の話が出てきた時には、心の底から驚いた。

 戦争から生きて帰ってきただけでも私は十分嬉しいのに、彼は家族の為にまだ頑張るんだ。

 愛おしく思えちゃって、一秒でも離れるのが嫌で、迷惑も考えずに付いてきちゃったけど。


「パパ、今日はすぐ帰ってくるのかなー?」

「そうねぇ……お友達と勉強してからだから、遅いかもしれないわね」

「えー、早く帰ってくればいいのになぁー」


 娘の気持ちは、そのまま私の気持ちだ。

 付いてきて良かった。やっぱり、一か月も離れるのは……もう、耐えられる事じゃない。

 

「そろそろ帰ろっか、ママ、ご飯作らなきゃ」

「分かったー! 今日の夜ごはんってなにー?」

「お肉があったから、お肉を焼こうかな? あとは野菜炒めと、お芋のスープ……あら?」

 

 マーニャと手を繋ぎながら、屋台通りを抜けて家族寮へと向かう帰り道。

 日暮れを伝える鐘の音が鳴り響く中、その景色はとても異様なものだった。

 

「人が倒れてるよ、ママ」


 屋台通りを抜ける途中の石畳、通行量が多いこの道で、女性が一人、うつ伏せで倒れ込む。

 周囲を通る人達は厄介ごとに巻き込まれるのが嫌なのか、誰も手を差し伸べようとしない。

 私もそうすべきだったのかもしれないけど……出来なかった。

 

「……もし、大丈夫ですか?」


 斜陽に暮れる街並みで、倒れていた女性へと声を掛ける。

 返事はない、けど、苦悶の表情を浮かべた彼女は、とても苦しそうだった。

 

「魔術:治癒の実……初歩魔術だから、あまり効果はないかもしれないけど」


 いつの日か、アルちゃんが傷ついて帰ってきたら使ってあげよう。

 そんな思いから、必死になって覚えた回復魔術を、彼女へと使用した。

 緑色の光が女性全体を包み込むと、表情は和らぎ、落ち着いた呼吸へと変わる。


「ママ、この人、治る?」

「どうだろう……ママ、魔術あんまり上手じゃないから」


 傷は治る、でも、病気を治すのは別の術式だから。

 いずれは衛兵さんにお願いして、教会か魔術医院に搬送して貰えればいいのだけれど。

  

「けほっ……けほっ……」

「ママ! この人、目を開けたよ!」

「そうね……貴方、大丈夫? 意識はある?」


 うつ伏せだった彼女は、弱弱しく手を付きながら上体を起こすと、視線が定まらない瞳で私達を見る。屋台通りに似つかわしくないドレスの様な服装、けれども背中が大きく開いたそれは、王族や貴族が袖を通すような服ではない。


 夜の街、そこで活躍しているであろう女性からは、どこか淫靡な雰囲気が漂う。

 履いているヒールのある靴、股の隙間から見える下着も、魅せる為のものかな。

 

「ぁぃぁ…………ぁぇ?」


 謝礼の言葉を言おうとした彼女だったけど、咄嗟に自分の喉を抑える。

 

「……ぉぇ…………ぁぁぃ……」


 声が出ない、そう言っているように聞こえる。

 女性は必死になって声を出そうとするも、一向に声は出ず。

 次第にその顔は真っ青へと変わっていき、今にも死んでしまいそうな顔で私を見た。


「ごめんなさい、私の使える魔術じゃ、その喉は治せそうにないの。衛兵を呼んでくるから、ここで待っててもらえる? 王都ですもの、魔術医だってきっと優秀な人がいると思うから」


 立ち上がり衛兵を探そうとしたのだけど、座ったままの彼女にぎゅっと袖を掴まれた。

 首を振り、衛兵は呼ばないでって顔をしているけど……声には出せないみたい。


「おい! レイディーラ! どうしたんだ!」


 大きな叫び声と共に、恰幅のいい男性が走り込んできた。

 座り込んでいた女性も名を呼ばれ、はっとしながら男性を見る。


「レイディーラ……買い出しから戻らないから心配したんだぞ? 早く店に戻ろう、歌姫としてのお前を待っているお客様が沢山いるんだ。さぁ、こんな場所に座ってないで、ドレスが汚れちまうじゃないか」

「……ぁぇ……」

「どうしたんだレイディーラ、立てないのか?」


 俯いたままの彼女は、震えながらぽたぽたと雫を落とす。

 歌えない歌姫に価値はない、でも、彼女の先の素振りからして何かおかしい。


「声が、出ないんだと思います」

「なんだと……? レイディーラ、お前、声、出せないのか!?」


 病気とかじゃないのかもしれない、そもそも彼女が倒れていた状態もおかしかった。

 女性が倒れているのに、誰一人として声を掛けなかったあの状況は、普通じゃない。

 彼女が倒れた瞬間を見た人がいるかもしれない、聞き込みをしていれば、もしかしたら。


「……ちくしょう、ウチがそんなに繁盛するのが悔しいのかよ……」


 赤髪の彼女を抱き締める男性から出てきた言葉に、若干の興味を持つ。

 

「どこの店だ……絶対に復讐してやる」

「復讐って、まだ誰かにやられたと決まった訳じゃ」

「レイディーラは奇跡の歌声の持ち主だった、彼女目当てのお客だって沢山増えてきてたんだ。王都ブリングスには数えきれない程の飲み屋がある、その中で台頭をしてきたウチの店をやっかむ奴等がレイディーラを襲ったんだ……! ああそうだ、きっとそうに違いねぇ!」


 歌姫さんだったんだ……昨晩、アルちゃんとの一夜を過ごしたあと、家の二階から外を眺めてたから、どれだけのお店があるのかは何となく分かる。夜とは思えない程に明るくて、あんな場所で遊んでたら朝まで遊べちゃうねって、二人で笑ってたっけ。 


「あの、それなら復讐よりも、先にレイディーラさんを魔術医さんに診て貰った方が……」

「高くて魔術医の所なんか連れてけねぇよ、それだけで破産しちまう」

「なら、教会は?」

「教会? 祈るだけで何もしねぇ所に連れていった所で、レイディーラの喉が治るはずがねぇだろうが。店には彼女の歌を待ってる連中が山ほどいるんだ、もし彼女の喉が潰れたなんて知れ渡ってみろ、ウチの店にいる客は明日には別の店に行っちまうよ」


 落胆しながらも、男は私の全身を上から下まで見やる。

 いやらしい目つきではない、真剣な瞳で、じっくりと。

 

「……アンタ、よく見りゃ相当な美人さんだな」

「ふぇ?」

「歌とか、歌えたりしないのか?」


 正直、歌には自信がある。

 村一番の歌い手として、毎年年始めの儀式で歌ってたから。

 美貌はレイディーラさんには遠く及ばない。

 出産もした、身体のラインだってきっと昔よりは崩れてる。

 

「ママ、お歌上手だよね!」

「あ、マーニャ」


 ぽんっと出てきた娘の言葉を聞いて、男性は凄い速度で両手を地面に付けて頭を下げる。


「頼む! レイディーラの喉が治るまでの間でいいから、ウチの店で一曲歌ってくれねぇか!? アンタなら代行として申し分ねぇ! この通りだ!」

「そんな困ります、私、もう三十手前ですよ?」

「大丈夫だ! 美人なんだから何の問題もねぇ!」


 断ろうにも断れそうにない、背後で赤毛のレイディーラさんも涙目で頭を下げてるし。

 娘のマーニャもキャッキャと大はしゃぎして……うぅ、何も分かってないくせに。


 でも……しょうがないか。

 乗りかかった船だ、それにアルちゃんはこの城で働くかもしれない衛兵さん。

 きっと彼なら悪事は見過ごす事が出来ない、出来る限りの事はしてあげたいってきっと言う。


「……分かりました、レイディーラさんの喉が治るまでの間ですからね」

「本当か! おお、娯楽の女神イシュバレルよ! この出会いに感謝いたします!」


 大袈裟なんだから……でも、人前で歌うのも何年ぶりだろう。

 恥ずかしい思いだけはしないように、声だしの練習だけでもしておこうかな。

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