第10話

 賢太の目の前で、麻衣が制服の上着から袖を抜いた。


 続いて、ブラウスのボタンを上から順にひとつずつ外していく。

 健康的な鎖骨と、華奢な身体の線があらわになる。

 黒いキャミソールを中に着ていた。

 その裾に手をかけたところで、麻衣の手が止まった。


「こ、この下も……だよね?」


 賢太は首をかしげた。

 そんなことを聞いてどうするつもりなのか、と思った。


 ただ、かつて真冬の曇天の下で自分が服を脱がされたときは、

 何ひとつ身につけてはいなかった。


 麻衣はごくりと唾を飲み込むと、深く深呼吸をし、

 ぐいっと一気にキャミソールをまくり上げた。


 細かな刺繍のあしらわれた水色のブラジャーと、

 それに包まれた二つの乳房が上下に揺れた。


 麻衣はそのままスカートのホックを外してファスナーを下ろすと、

 それを足元に落として両足を順に抜いた。

 同じ柄と色のショーツから、瑞々しく艶やかな肌の生足が伸びている。


 麻衣は片手を抱き、頬を朱色に染めて視線を逸らしていた。


「じゃ、じゃーん。ど……どうかな?

 あはは、やっぱり恥ずかしいなー……とかって」


 麻衣は、気弱な媚びるような半端な笑みを浮かべている。

 なにが面白いのか、賢太にはわからない。


「続けて」


「え? ちょ、ちょっと待ってよ!

 だ、だって、言われた通り脱いだじゃん。

 これで十分――」


「僕はあのとき、なにも着てなかった思うけど。

 そんなことも覚えてないの?」


「そっ――」


 麻衣は絶句し、身体を震わせた。


「べつに、僕は強要はしないよ。しょせん、ただのなんだし」


「……!」

 

 賢太は本当に言葉通りの意味で言ったのだが、

 麻衣はそれを圧迫のように感じたらしい。


 リップの塗られた薄い唇を小さく噛み締めると、

 震える指先を、自分の背中に回す。

 

 ブラのホックを外し、肩紐をずらすと、

 もう一方の腕で胸元を隠しながら、ゆっくりと、

 ブラジャーをはぎ取った。


 その目は、屈辱に充血し涙に濡れていた。

 

「………………ごめん、なさい……もう許して……」


 麻衣はすすり泣きながら肩を揺らした。


 賢太は何も感じなかったが、少なくとも、

 麻衣を柿原と同じような末路にしようとは思わなかった。

 それは好意などではなく、単なるイジメへの関与の程度の差によるものだった。


「じゃあ、行こうか。ミーティア」


「え?」


 賢太が呼ぶと、空き教室の奥。

 積まれた机の奥に隠れるようにいたミーティアが、

 平然と姿をあらわした。


「うん! じゃあね、水瀬さん☆ 風邪引かないようにね~」


「な、なんで……」


「なんで? 僕は話をするために、ここに来ただけだよ。

 この場所に他に誰もいないなんて一言も言ってない」


「それは……」


 賢太のみならず、他の人間――しかも世間でも学校でも超人気者のミーティアに裸の姿を見られたことに麻衣はショックを受けたようだった。


 力なくその場にへたり込む麻衣を置き去り、

 賢太とミーティアは空き教室を後にした。

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