第6話

 正木警部は、高橋恵に坪田のことを話さなかった。彼には「僕のことを話しちゃいけないよ」といわれていたので、約束どおり、あやしまれないように架空の事件をでっち上げて、目撃証言を集めるという名目で高橋の家に直行したのだった。警部は、やはり、多少の躊躇をしたのだが、けれども彼に「事件さえ解決すれば、きっと大目に見てくれるよ。一応、正義のためにすることなんだ。大沢在昌おおさわありまさの『新宿鮫しんじゅくざめ』みたいな現実の警察よりは、はるかにましだね。僕の作成したマニュアルにもとづいて行動すれば、万事休すにはならないよ」といいくるめられ、しぶしぶ、けれどもなかば積極的に、捜査に乗り出したのだった。

「ところで、まだ暑いですな」

「ええ、そうですね。もうすぐ秋になるんですけどね」

「お子さんの体調もお気を付けください」

 高橋は意表を突かれたようだ。

「ハイ、どういうことですか」

「いえ、一軒家に住んでいるので、お子さんがいらっしゃるのかと思いましてね。それに、自転車が二つ置いてある。旦那さんと、息子さんか娘さんの物でしょう」

「私、旦那はいないんです。大学生の娘がいるだけです」

「アッ、それはすいません。こみ入った事情にふれてしまったようで、まことに申し訳ない。娘さんは、大学生でしょうか。いや、これはちょっとした興味本位の質問で、聞きこみには全然関係ないのです。あつかましいかもしれませんが、私の知り合いに大学教授がいましてね。ほら、あの大学。エッと……」

「もしかして森沢大学のことでしょうか。それだったら、二人とも通っていますよ」

「なるほど、そうでしたか。そのう、警察ではいくらか犯人のトリックを考えてみたものの、私はあんまりこの土地にくわしくないので、そういった盲点をついて、犯人がこの地形を上手く利用した場合は、事件が迷宮入りになってしまいかねないんで……もし気付いた点がありましたら、連絡していただきたいので、住所と電話番号、それからお子さんのもおしえていたたけませんか」

 高橋はしばし躊躇した。

 正木警部は、予測通りの反応に思わず、笑みを浮かべそうになった。

「絶対でしょうか」

「できればおしえていただけると、こちらとしてはかなり助かるのですよ。それか、せめて名前だけでもおしえていただけないでしょうか」

「……わかりました。娘の名前はまいです」

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