第5話

「本当はロールシャッハや内田クレペリン検査もしたかったんだが、それでも、ずいぶんと収穫があったよ」

 正木警部は、坪田の言葉がどれだけ正しいか、結果を見てわかった。


 消極的で過去になんらかの秘密がある。執着心が強い。目標が外部によって阻まれている。臆病おくびょうで、空想家の傾向がある。


「なんだこりゃ」

「まさしくサイコパスだね。あんまりにも文字がショッキングだから、この事実は高橋さんにもまだいってないよ」

「でさ、あんたのいう西村渚の話はいつからはじまるんだ」

奇遇きぐうだね。今からそれを話そうとしていたんだ。僕は現代国語を学生におしえていて、その中の一人が西村君なんだ。彼女は、世代でもないのに僕を知っていてね、普段はめったに話しかけてこないのだけれども、唐突とうとつにとある相談を受けたんだ。つい最近のことだね。現在、この二人の依頼を同時進行で調査しているんだが、それがちょっとおかしくてね。偶然とはいえないところまで来ているんだ。お互いに、安田道夫についての相談なんだけど、高橋さんの場合は奇行を、西村君の場合は安田道夫の養親と家族構成をしりたいというんだ。あきらかに異常だよ。第一、安田道夫への執着が、ただの詮索せんさくとは異なるんだ。なにか隠しているようでもあるし、時々狂気の目をしているんだよ。こういう状況では、目はウソをつけないんだ。本人には、さすがにそんなことを調べられないし、おしえることもできないといった。それからすぐに例の匿名電話だよ。実際の声と電話でのそれは必ずしも一致しないけれど、僕には、そんなことよりも、犯人の特定ではなく動機が知りたいんだ。それで、僕個人として可能な限り調査してみることにした」

 坪田は、この事件について警察よりもくわしく知っていそうだった。

「西村君自身の客観的事実を集めてみると、彼女は同学年に恋人がいて、名前を荒井大輔という。荒井君は金持の家で生まれたらしい。二人は大学一年生の頃から付き合っていて、ちなみに、ここまでは大学生たちのおかげで簡単にわかった。つまるところ、調査というほどでもないんだよ」

「それで、他にわかったことはあるのか」

「あと、わかったことといえば、西村君の友人いわく、彼女は夏休みには絶対に海に行くということだ。そして、大学生になってからは一度も海に行っていないということ」

 正木警部は、この天才をつつきたくなったのだが、正面に座っているためできなかった。いきなり、こんなどうでもいいことをいうとは、やはり、坪田の徹底した調査と冗談を警部にいいたかったからであろう。

「そんないらん情報を調べて、なんになるんだ。あんたの冗談に笑う人は、どこにもおらんよ」と正木警部。

「そうかい。僕にとっちゃ大事なことをいったつもりなんだがね。じゃあ、もし君が本当に事件を解決するつもりがあるなら、僕の指示にしたがってもらおうか」と坪田。

「ちぇ、わかったよ」

 坪田は気が付いたようにいった。

「……ア、そうそう。逆探知の範囲内には高橋さんの家もあるね。ちょうどラインの上に」

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