第26話 蜂と蜘蛛(7)

ツリースパイダーには一つだけ思い出があった。

……思い出したくない思い出。


感情を無くすため幼少期を完全に孤独にされた時

一度だけそこを抜け出した。

そしてすぐ近くの別の家で同じように育てられて

いた子どもに会った。

その子が男の子だったのか女の子だったのか

今ではもう分からないけれど、

人に出会えた彼はとても嬉しかった。

彼は孤独が辛かったのだ。

2人はすぐに仲良くなった……だが…

その子からの一つの願い事をされた。

「私、もう耐えられない、ねえ○○、

私を殺して。」

なら一緒に死のうと提案しても拒否された。

「あなたは生きてほしい。あなたなら耐えられる。」と……


「勝手な言い分だよネ。まったク……」


ツリースパイダーはそれが良いことだと思い、

素直にそれに従った。

彼の与えられた環境で考え方に応用力が

無いことは仕方のないことだった。


それから彼は何かを感じることを止めた。

その為途中までは(イーダにとっては)

とても優秀であったのだが、不意に訪れる

虚無感と心苦しさをイーダを信じることで

穴埋めし続けたのだった。

それは彼の心を常に安定させることを難しく

させた。


「ねエ、キラービー……君はどう…して……

平気なの…?君は…どうして…耐えて…きたノ…

君は…僕と…同じ……?君は…僕ト……」


そして何かを呟きながら息絶えた。


ラビはそれを静かに見送った。


『お前の毒が私の腕に残った……

お前のものを受け取るなど気の進まないことだ

がな。』


そして、それはラビにこれからの事を

予感させるのだった。



やがて外からガヤガヤと音がした。


レオルが他の警官達を説得して救援に

やってきたようだ。


「ラビーー!ジルーー!無事かーー!?」


建物内が静かなため、外から大きな声で

レオルが呼び掛けた。


「レオルーーー!」


ジルは大きな声で応じた。


その声を聞き、レオル達は玄関のドアを突き破り

中に侵入しようとした。


「待って!」


ジルがそれを止めた。

ラビは大きな声を出せないのでジルに伝える。


「この建物は毒を塗った蜘蛛の糸が張り巡らされて

いるから入って来ちゃダメって!!」


外が一斉にザワザワとした。


「君達は無事か!?」


「私達は大丈夫!今から2人で出るから!」


ジルは元気よく答えた。


2人は糸に触れないよう慎重に順路を選びながら

漸く外に出た。

太陽は真上を少し通過していた。


「2人とも無事で良かった!それで、例の死神は?」


ジルが目を伏せて答える。


「中で……」


「死んでいるのか?」


「うん、多分……」


玄関から中の様子を伺うが、中で人が

倒れているようだった。


「彼の遺体を調べたいだろうが、彼は身体に

あらゆる毒を仕込んでいる。迂闊に触らない

方がいい、このままこの屋敷ごと燃やした方が

いいだろう。」


ラビはそう助言し、ツリースパイダーを

振り返った。


「あの男は決して誰も愛さない。

あの男にそんなものを求めるのは無駄と

言わざるをえない……だが……」


「私はもうそれを愚かだとは言わない。」


ラビはこの時初めて、人が何かに囚われ

思い焦がれる気持ちを受け止めたのだった。

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