第23話 蜂と蜘蛛(4)

『よくやったジル、上手く蜘蛛の気を惹きつけた。』


ラビはジルにそう声を掛けたいと思ったが、

まずはツリースパイダーの気をジルから

離すことを優先した。


「態々私を追ってこんなところまで来るとは

そんなに私に会いたかったのか。」


ラビは真っ直ぐ目を見てそう伝えた。


「はあア!?お前なんか、二度と会いたく

なかったヨ!この世で一番見たくない顔

だからナ!」


「なら態々来た理由があると言うことか。」


ツリースパイダーはラビと一定の距離を保ち

ながら毒糸を放ってきたが、ラビも距離を

詰めずにそれを交わしたり、外套で払ったり

した。


そうして少しずつジルから引き離して

いくのだった。


「うっ、それハ……!」


「どうした?イーダに言われて来たのではないのか?」


「アンタ!やっぱりおじ様のことを知ってるのネ!?おじ様はどこにいるノ!?」


「さあ、どこだろうな……」


「そりゃそうよネ、お前が知っていたら

アイツらがアンタを殺せば教えてくれるなんて

言うわけないモンネ。」


「アイツらのアンタ嫌いは僕ちゃんを超えてる

みたいネ。御愁傷様〜」


ツリースパイダーは糸を投げるのを止め、

ヒヒッと笑った。


「あんな男の為に息子共の言いなりに

なっているのか。落ちたものだな。」


ラビは冷たく言い放ち、ツリースパイダーは

カッとなった。


「ふざけるナ!言いなりになんかなっていなイ!

僕ちゃんはあんなバカ共よりずっと優秀なんだゾ

アイツらがイーダおじ様の居場所を

隠すから仕方なくやっているんダ!」


怒りに任せて針やナイフを投げてくるが

ラビは全て避ける。

張ってある毒糸に追いつめようとするが

そこにも引っかからない。


(ツリースパイダーは火器が苦手なため

銃は使ってこない。)


「クッソちょこまかト!」


「未だに『おじ様』なんて呼んでいるのか

息子達に遠慮して、忠義の厚い奴だ。」


「貴様!」


「お前のその厚い忠義がせめてあの男に

届いていたらまだ報われるものを。」


「五月蝿い!黙レ!貴様に何が分かル!

あの役立たずのバカ達が『お父様』と

呼ぶことを許しているのはおじ様の優しさから

であって、おじ様が本当に愛しているのは

アイツらではナイ!!」


本来ツリースパイダーは接近戦が得意ではなく

ターゲットにはほとんど近付かないが

激昂した彼は拳を振り上げ殴り掛かってきた。


『元々感情を制御出来ない不安定さから

“失敗作”と呼ばれ苦しんでいたのに……』


ラビの目は何よりも冷たかった。

せめて感情の拠り所を全て預けるのなら

その価値がある相手を選べばいいのに……

そう思えてしまうが、それを思ってしまうと

憐れんでしまう。


ラビは自分に相手の感情を入れるわけには

いかない。


「殺ス!絶対殺ス!僕ちゃんはずっとずっと

お前が憎かっタ!嫌いだっタ!

お前さえいなけれバ!お前さえいなけれバ!」


ツリースパイダーの拳は当たらない。

けれど殴り掛かるのを止めなかった。

まるで小さな子どもが感情のままに

襲い掛かるように……それはとても稚拙であった。


「私がいなければお前は幸せか?

お前は満足か?」


「そうダ!いや違う…やっぱりそうダ!いや、

だって、お前がいなければ、お前さえいなければ

僕はこんなコトには……」


ハアハアと息を切らし、動きが鈍ってきた。

目からはたくさんの涙が流れていた。


「僕は何で、お前なんかになりたくないの二

お前なんか大嫌いなのに…おじ様がお前ばっかり

お前ばっかり褒めるカラ……」


ツリースパイダーは憎しみと悲しみで

頭がおかしくなりそうだった。


「お前さえいなければ僕が一番ダ!

いやそもそもお前さえいなければあんな『家』は

生まれなかっタ!

お前に分かるかあの『家』の地獄が!

お前を作ろうとして、お前を再現しようとして

あんな『家』ができたんダ!

全部お前のせいダ!!」 


「『家』を作ったのはイーダだろ。

その『家』でお前達をそう扱ったのもイーダだ。」


「違う!『家』はお前のせいだ!お前のせいだ!」


「私のせいじゃないとそんなに都合が悪いか。

イーダにとっては自分以外の人間全てが

玩具であり、実験動物であることくらい

お前も本当は分かっているんだろう?

それは私とて例外ではない。」


「ウルサイ!ダマレエッ!言うな!言うなああアア!」


ツリースパイダーは叫び、

全身で突進してきた。

それはラビに当たるわけもなく、

避けられ勢いが衰えることもなく、

大広間の横手にある2階へ続く大階段の

手摺りに頭を激突させた。


額が割れ、大量の血が流れていた。





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