第20話 蜂と蜘蛛(1)

いつ元死神である『蜘蛛』が襲ってくるかも

分からないと不安がるジルを


「今は来やしない。あいつは潜入の暗殺も

できるが、得意なのは罠を張って待ち伏せる

ことだ。私を相手に得意な戦法を取らないと

いうことは考えにくい。それに……」


「あいつは私相手に殺意を隠せないやつだ。

大丈夫、今は近くにいないよ。」


そう言って安心させたのだった。


ジルはラビの言葉に安心して眠ったが、

レオルはとてもじゃなかった。


『信じられない台詞の連続だ…!

これが死神に関わるということなのか……』


嘘のような噂話ならいくらでも構わない、が

これが現実に起こっていることなのかと思うと

冷や汗が溢れ出るのだった。


レオルはその後自分の部屋に戻って寝る準備を

していたが、暫くするとラビが尋ねてきた。


「少しいいかい。」


「ああ、構わない、どうしたんだい?」


レオルは快く応じた。


「明日、私は蜘蛛の様子を探る。

それにジルを連れていくわけにはいかない。

私の代わりにあの子を孤児院に届けて

くれないだろうか。」


「……ああ、分かった。引き受けよう。」


『引き受けるのは構わないが、ジルは嫌がるだろうな……』


そうレオルは思った。


「では頼む。あと……」


ラビは付け加えるように


「君の父親の名前、見たことがある、思い出した。

明日あの子を届けてくれた後に教えよう。」


そう言って部屋を出て行った。

レオルは一瞬何を言われたのか理解できなくて

ハッとした時にはもう遅かった。


『明日、必ず聞かなければ……!』


レオルは逸る思いでなかなか寝付けなかった。



翌朝、皆で朝食を済ませた後に

ジルに事情を話した。


ジルはやはり嫌がった。


「ラビと離れたくない、一緒にいたい。」


と泣くのだった。


「しかしこのまま蜘蛛を放っておけば

いずれどんな被害が出るか分からない。

今は狙いが私でも、悪戯に殺人をしない

というやつでもない。とても危険な人物だ。」


そう説得して泣き止むのを待った。

これまでのラビを知る者がいれば、

ラビが人を説得するなど考えられないことで

あるが、ラビ自身、自分の変化を分からずにいた。


「じゃあ蜘蛛がいなくなったら私に会いに来て、

必ず会いに来て。約束してくれたら孤児院で

待ってるから。」


「分かった。」


ラビは「約束する」とは言わなかった。

ジルはどうしてもその言葉を待った。


ラビは今まで一度も人と『約束』をしたことが

なかった。その言葉の意味も大事さも

自分とはまるで関係の無いものととらえていた。


ラビは少し思案した後何かを思い付いたように

右袖を捲り、右手首に巻いている

薄汚れた子供用の靴紐を解き、それをジルに

渡した。


「何も持っていない私だが、唯一これだけは

手放せなくて持ち続けている。

これを君に“預ける”。用事が済めば取りに行くから

それまで“預かって”いてくれ。」


ジルはよく分かっていなかったが、その靴紐を

大事そうに握りしめた。


「うん、分かった。大事に“預かる”ね。」


ジルも気持ちの中で何かの決心が着いたようで

レオルに向かって「よろしくお願いします。」

と頭を下げた。


「気を付けて行ってらっしゃいねジルちゃん

ワシアの孤児院はとても評判が良くて教育も

しっかりしているからとても気に入ると思うわ。

私も時々会いに行くわね。」


「ありがとうございます、オバさん!」


ジルはレオルの母親に抱き付き、別れの挨拶をした。


一晩の出会いであったが、レオルの母親は

ジルを自分の家で引き取れればと思ったが

病気がちで自分のことで精一杯なため

それは贅沢な願いだと諦めた。


せめてこの子がこの先幸せになれますようにと

願い、3人を見送るのだった。

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